第16話 目

 太陽は西の空に傾いている。現在時刻は日の9刻の中程だろう。

 内臓を抜いた竜尾カワウソの死体を担いだシャラモンと、集合場所のヴィドラの丘目指して森を行く。

 魔石は無くとも皮にも肉にも需要はある。魚臭い肉なので高値はつかないらしいが。シャラモンによると魔石も魚臭かったらしい。

 シャラモンの階梯は、見合った魔石をあと2つ摂れば26に上がるだろう。

 「魔眼」によって見える、「成長素が溜まっていく様子」が『魂の器』という呼び方の由縁だ。


 ヴィドラの丘に着いたが、他の『御狩り』参加者はまだ半分も戻ってきていない。

 日よけの下でだらしなく座るマールギッテを載せた輿こしの前には、数体の魔物の死体が並べられている。

 いや、魔物の一匹はまだ生きているようだ。体を破壊され、戦闘能力を奪われたタツノコモドキが、綱と杭で地面に張り付けられている。

 持ち主の死の瞬間から成長素が抜け出ていく魔石の性質を考えれば、合理的なのだろうが、残酷といえば残酷な気もする。


 衛士の一人が魔物の死体から魔石を抜き取った。4人組の隊が戦っていた八重角やえづのアオジカである。水で洗い清められた魔石をマールギットが受け取る。両手のひらで包み込み、空に掲げるような仕草をしてから、砕いた。砕くための道具を握りこんでいるのだろう。

 成長素がマールギッテの体積の大きい体にしみこみ、『魂の器』に溜まるのがトーマの「魔眼」に見える。


 魔石から成長素を得るのに、口に入れて噛み砕く事は必須ではない。自分の体に接触させて破壊すれば同じである。噛み砕く方法がもっとも多くの成長素を得られるという説もあるが、どっちにしても厳密な実験をしなければわからないほどの小さい差であるのは間違いない。

 八重角アオジカを倒して持ち帰ったであろう4人組が、衛士長から金貨1枚を受け取っている。後ろで若い衛士が獣皮紙に記録をとっていた。


「あれ? あの魔物これと一緒じゃないか?」


 担いでいる死体をシャラモンが左肩でゆすった。確かに、今マールギットのために魔石を抜き出されているのは竜尾カワウソだ。シャラモンの他にも獲った者がいるらしい。

 先ほどと同じ作法で魔石を砕くマールギット。

 だが、魔石は砂になりマールギットの腹の上に散り積もった。階梯に見合わない魔石だとああなってしまう。


「あぁ…… もったいねぇ、俺にくれたら無駄にならないのになぁ……」


 シャラモンの言う通りであった。というより、そもそもマールギットの階梯を上げる事自体、無駄ではないかとトーマは思った。


 「『魂の器』は神が魔物と戦う者へ与える祝福である」と主張する新興の宗教がある。とくに信心を持たないトーマはその教義を支持するわけではないが、自分の狩りと言いながら一歩も動くことなく座っている人間が魔石を喰らって何になるのか。

 権力者としての暗殺対策という意味にもならない。

 仮に今、シャラモンとマールギットが戦えば、まず間違いなくシャラモンが勝つ。『魂の器』の影響は複雑で、単純な計算でその効果を表せないが、階梯が高く『五芒星の力』が大きくても元の体の運動能力がダメであれば自分の身も守れない。

 それだけではない。急激な階梯の上昇は恩恵どころか、悪影響さえもたらすのだ。


「そういえば俺なんでいつまでも担いでるんだろ」


 そう言ってシャラモンが竜尾カワウソの死体を地面に下した。とくにする事もない者たちは各自解散ではだめなのだろうかと、トーマは思った。


「おーい、そこのお前。魔物が獲れたなら早くマールギット様に献じろ。成長素が抜けてしまうぞ」


 衛士の一人がシャラモンに近づき話しかけて来た。マールギットの輿を運んでいた4人のうちの一人で、30歳くらいの体格のいい男だ。


「いや、これはもう魔石無いです。献上するやつじゃありません」

「なんだと? お前『御狩り』の獲物を勝手に食ったのか⁉ 『御狩り』に参加しておいてそんなことが許されると思っているのか!」


 食ってしまえと言ったのは自分なので、責任をもってトーマはとりなしに入った。


「お待ちください、これは竜尾カワウソです。竜尾カワウソがもうマールギット様の階梯に見合わない魔物であることは、分かっているはずです。衛士長様の方で記録をとってらっしゃるようですから確認していただきたい」


 トーマがマールギットや衛士長のいる方を手で示す。そこには無駄に魔石を抜かれてしまった竜尾カワウソの死体も転がっている。


「……それは! 結果論だろうが!」

「結果論かもしれませんが事実です。仮にこの竜尾カワウソに魔石が残っていたとしても、マールギット様に献じるのは失礼にあたるはずです。マールギット様は『御狩り』開始を宣言なさった際、ご自身に見合った強い魔物を献じろと、おっしゃられましたよね? 成長素にもならないこの程度の魔物を、マールギット様にお似合いであると、献じるべきだったと、衛士殿は言いますか?」


 そう言って周りを示す。帰ってきている『御狩り』参加者の中には、マールギットの階梯には明らかに見合わない肥満ヤマネコやクロジシの幼体などの死体を持っている者が数人いた。当然献上用ではない。

 魔石をどうしたかは知らないが、死体は街に持ち帰って売るのだろう。彼らが許されるならトーマたちも責められるいわれはない。


 前回の旅の経験から、権力者に利用されたり、利用したりすることにもトーマは慣れっこである。理屈も屁理屈も得意技であった。通用しない場合もあるが。


「ご、ごちゃごちゃと口の達者な! 貴様に『御狩り』の何が分かるというんだ、ちびすけが! やせっぽちのくせに、本当に『器』を持っているのか? 参加費欲しさに嘘をついたんじゃないだろうな⁉」


 トーマの口達者にあきれるように、黙ってみていたシャラモンが「あぁん?」と食ってかかろうとするのを手で押しとどめる。


 肌がそれなりにぴちぴちであり、背の低いトーマは年齢より若く見られることも、たまにあった。現在28歳にして、ちびすけと言われてしまった。若く見える事は関係なく、単に身長のことを言われたのであれば、穏便に済ませる気は無い。

 大きな声で話していたので、聞きつけた衛士長が向こうからやって来た。事情を聴かれたトーマは自分の口で状況を話した。


「——というわけで、今からこの衛士殿に私の『実力の程』を証明してさしあげなくてはならなくなったわけです。さて、どのような方法で証明しましょうか……」


 安っぽい革鎧の上から鳩尾に拳をめり込ませてやればご理解得られるだろう。そう考えてトーマは顔の下半分で笑ってみせた。

 衛士長は部下である体格のいい衛士の男に振り向いた。


「この者らの行動に問題は無い。行け」

「いや、しかし——」

「行け、命令だ」

「……了解です……」


 トーマをもう一度見て、首をかしげながら去った。衛士の男の階梯は30にわずかに届かない程度で肉体派構成。『力』と『耐久』だけがトーマより若干大きいがその分『速さ』の差が大きく、喧嘩で負けることは無かったはず。もちろん魔法は使うまでもない。


「すまんな。目の利かない者もいる」


 衛士長はマールギットの所へ戻った。強い魔物を献上して成長素の獲得が確認された参加者が、報酬の金貨を受け取るために衛士長に群がる。


 目と言われて一瞬「魔眼」のことかと思ったが、この場に集まったものの中に【賢者】が居ないことは確認済みだ。衛士長の言った意味は「経験を重ねた戦士なら戦わずして相手の実力を見極められる」というやつだろう。

 衛士長の『魂の器』は【剣士】と呼ばれる強力なもので、階梯はトーマと同じ40。もし戦えば、魔法無しでは必敗だろう。

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