第15話 砂利

 『御狩り』参加者がそれぞれ、すごい勢いで森に散ってゆく。二人はその前にすることがある。シャラモンが複合鎧の男の所へ行くのにトーマはついて行った。


「衛士長様、衛士長様」


 『御狩り』を取り仕切っていると思われる複合鎧の男は衛士長らしい。話しかけたシャラモンに振り返る。会釈をするトーマに目を移すと、しばし見つめてきた。


「領民のシャラモンです。こっちが、えーっと、旅の戦士トーマです。『御狩り』に参加させてください」


 衛士長が後ろにいる部下に何か言って、板に張り付けられた獣皮紙を受け取る。確かめて何か書き込んだ。


「よし、参加を認める。金を受け取って早く森に行くように。いい獲物が取られてしまうぞ」


 装飾の多い布服を重ね着し、宝石もいくつか身に着けた前領主の娘。マールギットは地面に置かれた輿こしの上で、肘置きに体重を預けだらしなく座っている。輿を運んでいた男たちも衛士のようであり、あわせて7人ほどはマールギットの側を離れないらしい。

 若い衛士から大銀貨一枚を受け取って、トーマたちは他の参加者の後を追って森に飛び込んだ。




 先端が鋭く幾十にも枝分かれした角の突撃を、大きな金属盾で受け止める大柄な戦士。金属音が鳴り響く。腐葉土の柔らかい地面に戦士の脚は膝まで潜り込んでしまった。

 4人の男が八重角やえづのアオジカを取り囲んでいる。太さはともかく体長なら大クロジシと変わらないほどの巨体だ。

 角の一部が金属盾に刺さって抜けなくなり、魔物がもがいている。横から鉄鎚で肩の骨を打たれ、魔法使いの使う『水鞭ニーロヴィーポ』が破裂音と共に顔面を切り裂く。


 トーマの腕ほども太さのある弓から短槍のような矢が放たれた。後ろから八重角アオジカの背中に刺さる。刺さっている矢はもう3本目だ。


「手助けは要らないようだな」

「うん、行こうぜ」


 かれこれ3刻間ほど森の中を駆けまわっている。

 『御狩り』参加者が隊を組んで手頃な魔物を狩っている現場には出くわすが、他は見つからない。普段なら足跡や痕跡を探して魔物を追跡することもできるが、約50人が荒らしまわっている森ではどうしようもなかった。


「どうする? 一匹も狩れないとさすがにまずいか?」

「いや、別に大丈夫じゃないか? 去年も一昨年も俺は獲れてないけど、怒られたりしなかったぞ」


 そんなものかもしれない。これくらいの浅い森で、逃げずに積極的に人を襲うような魔物がわんさか居たらそっちの方が問題と言える。参加費は褒美の前払いではなく、頭数を集めて安全性を高める目的なのだろう。


 半分あきらめ、休憩のつもりで川に行くことにした。森の中を流れるこの川は水深もあり、川幅は20メルテ近い。ティズニールの北まで流れ続いていて、水堀や水路の水源になっている川だ。小石が堆積する川原で大きめの岩に腰かけ、トーマは水袋から水を飲んだ。


「俺にも飲ませて。水持ってくるの忘れちゃった」

「いいけど、あまり残ってないぞ」


 いっぱいに詰めれば一日は持つオオトカゲの皮袋だが、今日は日帰りだと思ったので半分しか詰めていなかった。受け取ったシャラモンは残りを全部飲み干した。


「川の水でも詰めておこうか? 沸かせば飲めないこと無いよな?」

「沸かす鍋が無いだろ」


 まぁそうか、とつぶやきながらもシャラモンは水面に近づくと「誰か水魔法で浄化してくれるかもしれないし」と水を汲み始めた。こぽこぽという音が聞こえる。


「うおぉっ!」


 水しぶきと共に茶色い影がシャラモンを襲った。

 川面から飛び出し抱きつくように前足を交差させた魔物。だがそこにはもうシャラモンは居ない。

 しゃがんだ体勢から一挙動で数メルテ飛びのいたシャラモンに、魔物は驚いた顔をしている。ような気がする。


「びびった、クソびびった」


 水入れの皮袋をほうりだし、シャラモンは背負っていた鍋の蓋くらいの小型盾を外すと、背負い紐ごと左手で持つ。右手で細身の短剣を引き抜いた。

 トーマはナラの枯れ枝を手に岩から立ち上がった。


 人間と同じほどの体格の、丸みのあるネズミのような顔をした魔物は川石に水滴をしたたらせながらゆっくりと陸に登って来る。背後に灰色の鱗に覆われた長い尾が揺らめいている。竜尾たっぴカワウソだ。


「どう思う、トーマ」

「何が」

「俺一人でやれるかな」


 トーマはシャラモンの背中をしばし見つめた。

 竜尾カワウソは小物ではない。子攫こさらいイヌやつのザルの魔石では、もう25階梯であるシャラモンの成長の足しにはならない。トーマの記憶が正しければ、竜尾カワウソなら、通常28階梯までは成長素が得られるはずだ。つまりそれだけ脅威度が高いということ。しかし。


「牙が危ない。首と顔は守らないと死ぬ」


 今日のシャラモンは盾を持ってきているだけでなく、金属の首当て付きの革胴鎧も着ている。新しく買ったのだろうか。旅ではなく戦いのための装備だ。

 シャラモンの『五芒星の力』の構成は肉体派だ。竜尾カワウソは敏捷だが、そこまで破壊力を持つ魔物ではない。ちょうど階梯に見合う魔物と1対1で戦えないのならば、戦士としてのシャラモンに将来は無い。


 「わかった」と前に出るシャラモン。

 トーマはいつでも割って入れる距離に下がった。

 短い四つ足で這いながら、灰色の長い尾を一旦前方に伸ばし、うしろに振る勢いで一気に飛びかかる竜尾カワウソ。右前足の爪が振り下ろされるのを盾ではねのけ、左の追撃を短剣で受ける。

 横に回転したカワウソの、1.5メルテはある尾がシャラモンの足元を横薙ぎにする。跳びあがって避けようするも、足先をひっかけられてしまった。側転して頭から地面に衝突する。トーマの背中が一瞬ヒヤリとした。


「うらぁ!」


 横倒しになった獲物に食いつこうとする竜尾カワウソのアゴを、シャラモンが倒れたまま左拳を横薙ぎに打ちぬいた。盾は手放してしまっている。意外な反撃にたじろぎ、体の左側面をシャラモンに向けて魔物が飛びのく。

 一度四つん這いの態勢をとったシャラモンは砂利を蹴散らしながら加速、片手で短剣を突き出す。魔物は身をよじって避けようとするも、胸部の皮に剣先がひっかかり切り裂かれたようだ。「ケケケケッ」と情ない声を出して魔物は怯えを見せる。


 シャラモンが何度も斬りかかる。砂利の上で戦っていることもあり足元がおぼつかないが、体勢を大きく崩すことは無い。斬撃を受けた竜尾カワウソの頭部から血が噴き出る。

 素早く横回転し、再び尾で足払いをかけようとする竜尾カワウソ。シャラモンは避けなかった。脚幅を横に広げ、腰を落として太く長い尾の一撃を右脚で受ける。身体ごと左にずれたが、倒れない。


 敏捷なこと以外にとりえはなく、そもそも水中が得意の竜尾カワウソである。出血も少なくない。この場において自分に有利が無いことを悟れば、逃亡を選択することもあるのだろう。しかし、その長い尾が最後には祟った。


 川に向かって走り出した竜尾カワウソの尾の先端が、シャラモンの左手に捕まった。5本の指が尾を覆う灰色の鱗にめりこむ。

 『マナ出力』、『マナ操作』が育っていない分、シャラモンの『力』は大きい。

 片腕で竜尾カワウソを引き戻す。

 食いしばった奥歯から「むんっ」と声を漏らしたシャラモン。足元の砂利をまき散らしながらもがく魔物の腹を、渾身の一突きが貫いた。




「いでぇー……」


 尾の一撃を受けた右腿を、短剣を握ったままの右手でさすって、シャラモンが顔をしかめている。

 尾の横薙ぎは鞘と一体形成の装具の上から当たったらしい。そうでなければ骨折までいかなくとも、歩くのに支障が出る程度の打撲傷になっていたかもしれない。

 息の根の止まった竜尾カワウソを確認して、シャラモンがトーマに向き直った。


「じゃあこれ、丘に持って行っていいよな?」

「いや、その前に魔石抜いて食っておけよ」

「なんでだよ、褒美もらえなくなるだろ!」

「成長素にならなくても褒美って出るのか?」

「ん?」

「たぶん竜尾カワウソだとマールギット様の成長素にはならないよ」


 マールギットの階梯は30を少し超える程度、おそらく31だ。『御狩り』の一番の目的が階梯上げにあると聞いていたから、森に入る前に当然「魔眼」で確認済みである。

 『魂の器』の種類は珍しいものだった。

 体の外に出したマナを巧みに操作できる≪体外マナ操作向上≫という異能を持つ【マナ操士】。高度な魔法操作が可能になるらしいが、どういうふうに高度になるのか、見たことも話を聞いたことも無いのでわからない。トーマが【マナ操士】を見たのはマールギットで3人目だ。


 魔石は献上せず早く消費すべきという、トーマの言葉にうなづいたシャラモン。

 落胆する様子もなく腕まくりをすると、竜尾カワウソの死体の胸部を切り裂き始めた。

 いくらか金をもらうよりも、自分の階梯上昇の糧にする方が戦士の本能としては嬉しいものである。

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