第8話 道連れ

 街道上に直径3メルテ、深さ1メルテほどの穴を作ってしまった。

 単地精霊大魔法03号登録、『大爆地アイナシーフォウ』がもたらした破壊の跡である。

 トーマのマナはこの大魔法1発で半分ほどになっている。地精霊との同調適正は『並』なのでしかたない。

 もし付けていた男と戦闘になった場合。挟み撃ちの形になるくらいならば、マナを減らしても素早くつのザルを処理した方がいい。男だけなら魔法を使わずに勝てると、考えての選択だった。

 小物でしかない角ザルとは言え、群れを相手に、一瞬で勝負を決し、なおかつマナ消費も少ない魔法などトーマは使えない。得意な魔法ではないが『大爆地』での一掃は最善の一手だったはずだ。


 角ザルを追いかけてとどめを刺すつもりは無かった。魔石の格が低くトーマの成長の足しにはならない。

 格の低い魔石を噛むと、砕けて砂になり、そのうちに消えてしまう。「マナへと帰る」らしい。

 自身の階梯に見合った魔石なら、噛み砕いた瞬間に解けて消え、甘いような刺激が全身に広がる。成長の素として『魂の器』に吸収されるのだ。


 魔石の格の高さは、魔物の一個体あたりの脅威度にだいたい比例している。現在、賢者だけでなく多くの学者が、魔物に『魂の器』に似た何かが宿っていると考えていた。




 予定通りに遺跡に到着し野営の支度をするトーマである。日のあるうちにやるべきことは多い。

 紀元前に滅んだ街の遺跡で、石造りの建物の跡が数十軒分点在している。トーマ以外に野営を試みる人間は今の所いないようだ。


 戸も屋根もないが、壁で囲まれていると何となく安心する。少なくとも風は防げる。

 途中で街道を少しそれて、枯れ木を一本引きずってきたので、へし折って薪として使用する。

 高さの近い石を6個、輪の形に並べて、ずっと背負ってきた鉄なべを乗せる。

 地面となべの間に出来た隙間に、細く割った薪を数本つっこんだ。水入れのオオトカゲの皮袋の中身を注ぎ、まずお湯を沸かす。

 湧いたお湯を、横に持ち手の付いた青鉄の杯ですくってラケーレのお茶を淹れる。

 鍋の残りの湯に片手に載るくらいの量の大麦を入れる。お茶を飲み、大麦の煮えるのを待ちながらトーマは今回の旅について考えた。



 強くなるための旅なので、強い魔物を狩らねばならない。

 これまでトーマ自身が訪れた最東端の地、ボセノイア地方の連合都市国家ワッセニー。その、さらに東へ向かおうと思っていた。

 大陸の東側の方が人間が少なく、脅威度の高い魔物が倒されずに、はびこっているはずだ。

 ワッセニーまでの道順は記憶している。



 大麦が膨らんできたので、塩スーロの開き干しをちぎって放り込む。食べ物が手に入らなかった時のための保存食なのだから、ここで使うべきだ。蹴散らした角ザル以外にのある動物は見ていない。角ザルがもし何匹か殺せていたとしても、食べたくはなかった。臭いし、形が人間に似ていて気持ちが悪い。


 鉄なべに遺跡で見つけたディルの葉をひとふさ入れ、魚に火が通るのを待っていると、人間が近づいてくる音に気が付いた。


「よう、あんた凄い魔法使いなんだな」


 かつては戸口であっただろう石壁の開口部から、結いあげた茶色の髪を頭の左側にぶら下げた、若い男が顔を出した。


「いやぁ、だいぶ遠くからでも土がどーんと吹き上がるのが見えたぜ。何事かと思って窪地に隠れちまった。あれ、あんただよな? ほかのやつじゃないよな?」


 男は背負い袋を下ろして勝手に火の前に座った。背負い袋の上には、麻袋に詰め込まれた「塩スーロの開き干し」がくくりつけてある。茶色の革胴衣の懐から細く切られた干し肉を出して噛み始めた。

 柄まで含めて半メルテほどの細身の短剣を、右腿に革の装具で固定している。


「んで、なんであんな所で魔法ぶちかましてたのよ? ひょっとして俺が後ついてってたからか? 俺は盗賊なんかじゃない。れっきとした商人なんだ、安心してくれていいぜ」


 なにか両手のこぶしを持ち上げて親指を上に立てている。上には屋根も何もないはずだ。年齢はトーマの5つほど下であろうか、痩せた犬のような顔で朗らかに笑っている。


「……魔物の群れを追い払うために使った、他意は無い」

「なんだそっか。怪しまれてるわけじゃないならよかったぜ。俺はシャラモンって名だ。あんたは?」


 乾物屋でも見たが、改めて男を「魔眼」で見通す。異能が無い。

 『魂の器』の中で、口の悪い物が「能無し」と呼ぶ種類だ。

 確かにどんな異能でも無いよりはあった方がいいが、異能が無くても『五芒星の力』の成長が劣るわけではない。階梯を上げれば十分魔物と戦う力がある。

 魔法の適正、つまり精霊との同調も一般の『魂の器』と変わりない。

 シャラモンも風の精霊の同調適正が『良』である。『マナ出力』がまるで育っておらず魔法を使っているとは思えないが。


「俺はトーマだ。ついてきた理由を聞かせてほしい」

「理由って、そりゃ同じ方向に行くなら道連れになりたいと思ったからだけど?」

「目的地は?」

「ティズニールに帰るんだよ。魚も買えたからな。聞いてたより高くてまいったぜ」


 ティズニールはここから北東に、トーマの足で3日ほどの距離にある内陸の都市国だ。大きな街なのでトーマも寄るつもりはあった。


「トーマも魚、買ってたろ? 俺の伝手なら銅貨36枚で売れるぜ。道連れになってくれるなら、口効いてやってもいいよ」


 スーロ10枚で銅貨140枚の儲け、いや1枚は今煮ているから126だ。そんな額の商売なんて4日もかけてするはずないだろ、と思ったが、まだトーマには気になることがある。


「アルビョンまで一人で来たのか? あんた…… いやシャラモンの腕では危険だと思うんだが」

「あ? これでも俺25階梯だぜ? トーマみたいに魔法は使えねぇけど街道に出る魔物なんかこわくねえよ」

「一人で来たってことか?」

「……4人できた。他の奴らはデュオニアのほう行ったよ。なんか、塩が高く売れるとか聞いたみたいでよ。しばらくあっちを行ったり来たりするんだと」

「なんでシャラモンはそうしない?」

「塩の商売なんてみんなやってるじゃねぇか! そんなのつまんねえだろ? 商人なら独自の販路を開拓すべき、なんだよ」


 どうやら嘘をついてトーマを嵌めるような頭の出来でも無いらしい。シャラモンは結われた左前髪を指ではじいている。


「悪いが一緒には行けない。俺は明日中にハリラック村まで行くつもりだ。山道だし、シャラモンの足で日暮れ前に着けるとは思えない」

「え? 二日連続で野営するのか?」

「え?」

「ハリラックってスコンブロ川下って北にちょいの所の開拓村だよな? あそこは2年前に住民みんな逃げ出して滅んでるよ。泊まるなら野営になる」


 ハリラックが廃村になっているなら、その先の街まで日中に到達できるか自信が無い。二晩連続でまともに眠れないのは、厳しい。

 トーマはあと1年半で30歳になるのだ。

 苦い物を舐めているような顔でトーマが黙り込んだのを見て、シャラモンはニヤっと笑った。


「決まりだな、明日は手前のペーリ市まで行ったらそこで泊まりだ。俺、水汲んでくるよ。近くにきれいな沢があるの、知ってるか? 知ってる? ああそう」


 そう言って荷物を置いたまま出て行ってしまった。向こうは警戒していないということか。


 スーロ入りの麦粥は水が多すぎて味が薄かった。

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