第6話 初クエスト(中編)②

 目の前のアンデッド系モンスターは、拳を振るうとか武器を使うとか、そういう分かりやすい攻撃はせず、ただそこにいるだけだった。

 それだけなのに、自分から生きるための根源的な力みたいなものがみるみる失われていくの感じた。これがこいつらの攻撃方法なのだろう。

 アイナにもらった小刀を鞘から抜き、目の前のアンデッド系モンスターを斬りつける。しかし、何度繰り返しても刀はこのモンスターの体を通り抜けてしまう。まるで煙や水蒸気を斬りつけているような感覚だった。物理攻撃は無効ということか。

 仲間たちはこのことに気づいているだろうか?

 力を振り絞って振り返るが、3人とも話に夢中でこちらに気づく様子はない。声を出そうにも、先ほどと同様にただ言葉が脳内を巡るだけで、音として発せられることはなかった。

 視界がぼやける。

 体から熱が引いていく。

 己の死が近いことを感じているにも関わらず、恐ろしいことに眠りにつく前のような心地よさを感じていた。だが、この誘惑にひれ伏すわけにはいかない。死への恐怖を理性的で考えて、無理やり体を奮い立たせた。

 いちかばちかだったが、俺はこのアンデッドに転写スキルを発動した。

 発動後、半透明だったアンデッドの体は全身真っ赤に染めあがり、そのローブには白い文字で大きく「助けて」と写されていた。俺の最後の意思表示である。この土壇場で、俺の転写スキルは霊体にすら転写できるようになるとは。だが、この使い方が今後も活かされるかどうかは、仲間たちが気づくかどうかに懸っている。

 

「イオ見ろ、レイスだ! ヨハネスが取りつかれているぞ!」


 いち早く声を上げたのはナウルだった。自分たちの会話に、俺が参加していないことに気づいたのだろう。ふと振り返った彼は、横たわった俺と転写により奇妙な見た目となったアンデッド、いやレイスと呼ぶのか、が目に映ったのだろう。


「クソっ! ナウル、聖水はあるのか!?」

「すまない、今日は持ってきていない。まさか、こんな予定外が発生するとは……」

「どうすんだ!? 聖属性の付与がないと、アンデッドに攻撃は通らないぞ!」


「私がやる」


 取り乱す二人を横目に、アイナは自分の矢を握りしめると自分の二の腕に突き刺した。痛みから苦悶の表情になっている。矢を抜くと、アイナの血液がたっぷりと矢じりに付着していた。

 その様子を見ていたレイスは、俺の元から去り空中へと上昇していく。

 アイナは弓を構え、自分の血液付きの矢をレイスに向かって放った。浮遊能力があろうが、全身が赤に染め上げられた目標物を射抜くのは、アイナには造作のないことだった。

 俺が使った小刀とは違い、すり抜けることなくアイナの矢はレイスの頭部に突き刺さった。

 普段モンスターの体をえぐりながら突き進むその矢は、通り抜けることなくレイスの頭に留まった。恐らく、あえて貫通スキルは使わなかったのだろう。

 レイスは声にならないような悲鳴を上げて、その場で消滅した。残ったのは、アイナが射った矢と、力なく横たわる俺だけだった。

 ナウルが駆け寄り、俺に向かって治療スキルを発動させた。


「よかった、まだ息がある。これなら助かるぞ」


 ナウルの手から発せられる温かい光を浴びていくうちに、段々と生気というか生きる気力みたいなものが戻ってきた。本当に、俺は何度この人たちに助けられているのだろう。


「これで体力は十分戻ったはずだ。だが、霊体のモンスターの攻撃は特殊でな。霊障を受けた部分に跡が残ってしまう。こればかりは、私にもどうにもできん」


 ナウルの言うとおり、俺の首の付け根から肩にかけてうっすらと濃い桃色で跡が残っていた。

 俺が前にナウルに治してもらった巨大蟻の攻撃の跡もまだ残っている。ナウルの回復力向上は、あくまで生物としての回復力の範囲であり、通常、傷が残るような怪我の場合は跡が多少残ってしまうのだろう。

 だが、命あっての物種である。跡ごときで不満を垂れるつもりは毛頭ない。


「あのよく分からんお化けによく転写できたな! レイスみたいなモンスターは自在に姿を消すことができるんだ。あの転写が無かったら、お前の魂ごと逃げ切られていたな」


 なんとなく、それは狙ったつもりだった。できるかできないかは賭けだったが。

 それよりもアイナが心配だった。キマイラ戦のダメージもある中で、腕に傷まで負わせてしまった。


「よし、今度はアイナだ。腕を見せてみろ」


 アイナは流れ出る血を、もう片方の手で押さえていた。ナウルはアイナの腕に手を当てると治療を開始した。

 自分の足で立てるようになった俺は即座にアイナのそばに近づく。


「アイナさん、本当に助かりました。アイナさんいなかったら間違いなく死んでました」

「おう、この貸しはでけーぞ。覚悟しとけよ」


 まだ腕に痛みが残っているだろうに、アイナはニカッと笑ってみせた。彼女のあまりの懐の大きさに、俺も今日からファンクラブに加入しようかと思った。


「そういえば、アンデッド系モンスターって、聖属性っていうんですか、聖水とかそういうもので濡らすなりしないと攻撃通らないんですね。でも、女性の血液も有効とは思いませんでした」

「いや、女性ってだけじゃダメだ。なんというか、肉体が清らかな女性じゃないと……」

 

 下卑た笑いを浮かべているイオのほほを、飛んできたアイナの小刀が掠め、後ろの大岩に突き刺さった。


「それ以上しゃべんな」


 アイナはキマイラを超えるような怒りの表情をこちらに向けていた。この話題はアイナの前では二度としないと心に誓った。


 こうして、本当の本当にクエストは終了を迎えた。

 俺は転写の報酬をフィレリさんからもらえるので最初断ったが、3人は討伐報酬の分け前を俺にも払うと言ってくれた。最終的にはイオが「お前のおかげでキマイラを倒せた」と言ってくれ、素直に分け前を受け取ることにした。


 クエストクリアの打ち上げは、フィレリさんの酒場で行われた。普段は職場だが、客として来ると料理や酒のクオリティの高さに感動し、改めて良い店だなと再認識させられた。

 イオもアイナも、またモンスターの転写の仕事があったらいつでも言え、と言ってくれた。ナウルはそもそも冒険者ではないので、クエスト自体あまり乗り気ではなかった。だが、傷を負ったらいつでも見せに来いと温かい言葉をかけてくれた。


 俺は店を閉めた後に、フィレリさんに今回の任務であるモンスターの転写結果を見てもらっていた。


「いやまいったね、まさかここまで正確に転写できるとは……。これなら冒険者のクエスト成功率がかなり変わってくるかもしれない」

「そうなってくれると嬉しいです。俺も初めてクエストに参加して、あんなに危険と隣り合わせなものだとは思わなかったんで」

「仕事としては100点超えて200点だね! これは報酬の払いがいがあるよ!」


 そこまで言ってもらえると、やってよかったと心から思う。

 何回か死にかけたし、実際三途の川を渡りかけた場面もあった。今回の経験はかなり強烈だったので、しばらく眠れない日々が続くと思う。今も死の恐怖からはとっくに離れたはずなのに、体の緊張も未だに取れていない。

 三途の川と言えば、まだ渡していないものがあった。


「フィレリさん。聞いたかもしれないけど、レイスっていうモンスターにも遭遇しました。その場では転写できなかったけど、後から記憶で転写したものがあるんで良かったらこれも……」


 レイスを転写した紙を机の上に乗せた瞬間、さっきまではじけるような笑顔だったフィレリさんの顔が段々と青ざめていった。その視線は転写された紙に注がれていたが、はっと気づくような仕草の後に、俺のシャツの襟をつかんで開いた。俺がレイスに触れられた部分が露わになり、変色した首と肩の跡はむき出しになっていた。


「あ、これはそのレイスにやられた部分で……。治療はナウルさんにやってもらいましたけど」


 シャツを掴んでいたフィレリさんの手は、力が抜けるように離れていった。


「ごめんね……。怖い思いしたよね」


 確かに死にかけたので、レイスはダントツで恐ろしかった。ただ、怖いと言えばクエスト全体で怖かったけど。


「ごめん、変なもの見せるね」


 そう言うとフィレリさんは、シャツのボタンを外して左肩を露わにした。前置きはあったが、さすがに照れる。直視するのも失礼かと思い、肌から目を逸らそうとしたが、フィレリさんの肩の一部分は俺と同じように変色していた。


 自分でも驚いた表情をしていると思う。

 会話の流れから推測できたが、俺は考えないようにしていた。

 フィレリさんは、レイスに襲われたことがあるのだ。

 俺は普段の明るい彼女しか知らない。

 そんな彼女が、これから自身の辛い経験を話そうとしていることを考えると胸が傷んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る