第5話 初クエスト(中編)①

 アイナが教えてくれた情報は貴重だった。モンスターの種類から生態、難易度と注意点、各エリアで必要な道具や冒険者の心構えなど、基本的なことでも彼女は丁寧に教えてくれた。

 そして、俺の腰にはアイナがくれた小刀が1本装備されている。戦闘経験が無くても、武器の有無で生存率が全く変わってくることから、彼女が厚意で予備の武器をくれたのだ。

 内緒だが、武器を持ってきてないことがバレた瞬間に彼女のゲンコツが脳天を直撃した。たんこぶと引き換えに、俺は転移してからはじめての武器を手に入れた。


 4体目のモンスター討伐では、早速教えてもらったことを活かした。

 まずは装備していたマントを脱ぎ、周りの風景や地面を転写した。これを被って隠れることで景色と同化するので、モンスターから発見される確率を下げることができた。

 さらに、土や植物などを体や装備にすりこんだ。こうすることで、自分の匂いも消えて嗅覚が鋭敏なモンスターへの対策になる。

 これらの対策のおかげで4体目のオークから見つかることは終始なかった。転写による情報収集も上手くいき、ベテランの冒険者たちの手によってオークは難なく討伐された。


「最後のモンスターが最難関だ。こいつは今日倒したモンスター達とレベルが違う」


 イオが真剣な顔付きで言う。それほど強敵ということか。


「俺達でも手に余るほどの強さだ。だがそれ以上に、こいつを転写するのは少々骨が折れるかもしれないぞ」

「転写が大変? どんなモンスターなんですか?」


「キマイラというモンスターだ。獅子の体に様々な生物の頭や部位が複合している。あと羽が生えてた気がする」


 名前を言われてピンと来た。ゲームなどにもよく登場しているが、確かに複雑な姿をしている。思い出しながら描けと言われたら、ほとんど描けないと思う。

 フィレリさんの絵もほとんど表現できていなかったと思う。ライオンっぽい絵の周りにハテナマークが散りばめられていたことから、発見者の記憶も要領を得なかったのだろう。


「とはいえ、今日はこれで最後だ。大丈夫か、初クエストで疲れてないか?」

「結構疲れました。でも、そんなに難しいモンスターなら、ぜひ転写して情報を持ち帰りたいです」

「その意気だ。クエスト中は心を弱らせるな。弱音や不満は終わったあとにいくらでも吐き出すといい」


 その通りだ。生き残ることが最も優先される事項である。改めて自分が死と隣り合わせにあることを認識し、麻痺していた恐怖が思い出される。

 だが、今はそんなことに心を奪われている暇はない。恐怖心は帰ってからベッドででも思い出せばいい。

 それに、それだけの高難易度モンスターなら情報の価値もかなり高い。この情報を持ち帰れるのは少なくとも、現在のところ俺だけだ。

 初めてかもしれない。俺がこの異世界に来て、俺だけにしかできないことで役に立てるのは。

 それだけで気分が高揚する。このクエスト次第で、この世界での俺の立ち位置が決まるかもしれない。


 話しているうちに、最後の目的地であるキマイラの巣にたどり着いた。岩山の洞穴に奴の巣があり、まずは巣の中からキマイラを引きずり出す必要があった。


「私がやる」


 アイナが弓を引き、全身の力と「貫通」スキルを込めて洞穴に矢を叩き込んだ。前線であるイオを除いて、全員が姿を隠す必要がある。射った後に3人はすばやく身を隠した。

 咆哮と共にキマイラが飛び出してきた。

 唐突に自分の住まいで攻撃を受けたため、怒り狂っていることが見て取れた。

 飛び出した瞬間、イオが死角から全力で重力攻撃を加える。ファーストアタックは無事に成功した。

 キマイラはイオを目標に定めて攻撃態勢に入った。しかし、またもや死角から貫通が施された矢の攻撃を受ける。

 キマイラは攻撃の方向を見たが、敵の姿を捉えることはできなかった。

 岩山は、森に比べれば隠れる場所が少ない。それでもキマイラが俺達の姿を見つけられないのは、俺の転写スキルによって、岩山を写され背景と同化した装備を全員が身につけているからだった。

 アイナのマント、ナウルのローブにも背景が転写されているため、後ろの岩山と見分けることは困難だった。

 アイナは次々と場所を変えながら、矢を放っていく。

 凄まじい威力の矢が牽制となり、キマイラは目の前のイオとの戦いに集中することができなかった。

 俺は俺自身の役割に集中する。

 キマイラの姿を焼き付けるために、瞬きひとつせずにその姿を転写し続けた。モンスターは生命を失うと肉体が朽ちてしまう。姿を写せるチャンスは、モンスターが生きている間しかないのだ。

 キマイラは獅子の頭と体に、ヤギと鷲の頭が付いた三つ首のモンスターだった。さらに背には羽があり、尾は蛇の姿をしていた。確かに、こんな感じのモンスターだったと思う。

 情報量が多いので、部位ごとに転写して1周してから全身の転写を繰り返していた。このサイクルを繰り返すことで、それぞれの転写の解像度が上がっていった。

 攻撃を受け続けるキマイラは突如、動きを止めて大きく息を吸い込んだ。

 イオの表情が焦りに変わり、キマイラの眼前から横に飛び抜けた。イオが転がりながら、後方の我々に向かって叫んだ。


「避けろ!!!」


 キマイラの口が開くと同時に、巨大な火炎が放たれた。ブレス攻撃である。急いで岩山に身を隠す。ある程度、隠れながら転写していた俺はなんとか避けることができた。


 では後の2人は──────────


 急激な不安感から後ろを振り返る。

 ナウルは地べたに四つん這いになっているが、火炎攻撃を受けた様子はない。範囲外まで避けれたのだろう。

 アイナも無事だった。

 しかし無事なのは身体だけだった。火のついたマントは半焼し、アイナの姿を隠すにはあまりにも不十分だった。


「くそっ!!」


 アイナが焼けたマントを脱ぎ捨て、急いで場を離れる。

 キマイラは、先ほど来から続くうっとおしい攻撃の元凶を漸く見つけると、アイナの方向に向かって飛び出した。


「させるかよ!!」


 イオはキマイラに飛び乗り、重力のスキルを発動する。自重に耐えられず、キマイラの足元の岩場にヒビが入っていった。

 イオもスキルに全神経を注ぐためか、剣を鞘に納めて両手で重力をかけ続ける。しかし、その表情から今のこの状態が限られた時間でしかないことを示唆していた。

 もう姿を隠している場合ではない。そう言わんとするばかりに、アイナが正面から連続で矢を放ち続けた。

 イオはスキルが尽きるとキマイラに振り落とされた。着地したばかりのイオを、尾の蛇が狙う。

 しかし、イオは居合切りの要領で尾の蛇を切り落とした。キマイラは耳をつんざくような咆哮を上げた。耐え難いほどの痛みと屈辱で、キマイラの顔面は恐ろしいほどに歪んでいた。

 すでにイオのスキルは尽きている。俺のようなただ転写するだけのスキルならほぼ無尽蔵に使えるが、イオの重力のように強力なスキルは、使用する程度によって容量に限りがあるのだ。一度尽きたスキルは、肉体のように時間経過で回復を待つほかない。ただ、目の前の化け物がそのような時間を与えてくれるだろうか。


 イオが殺される。

 最悪の結末が頭をよぎった瞬間、俺はとっさに走り出していた。


──────────キマイラは目の前のアイナに対し、小さな火炎で牽制した後、振り返って仇敵の姿を目で追い、その鋭利な爪を持つ前足でイオの姿を打ち砕いた。

 そう、文字通り打ち砕いたのだ。キマイラが攻撃したのは、俺がイオの姿を転写した巨大な岩石だった。


 俺が走り出した瞬間、スキルの尽きたイオをナウルがローブごと覆いかぶさったのだ。背景と同化したローブのおかげで、キマイラからはイオの姿を見つけることは不可能だった。

 それなら俺の役割は変わる。イオをかばうことが目的だった頭を切り替える。イオの命をナウルが守るなら、俺はイオが攻撃可能な状態に持っていくことが俺の役割だ。

 フェイク、フェイント、ブラフ。言葉は何でもいい。1秒でいいから、この倒すべき敵の隙を作らなければならない。

 イオのそばにある岩石に触れて転写。岩石にみるみるイメージが広がっていく。岩石の表面には膝をつき、弱った姿のイオが写し出された。


 倒したと思った相手がただの岩だったことにキマイラが呆気にとられている間に、イオが姿を現す。

 イオは普段のような一撃必殺の攻撃ではなく、高速移動しながらキマイラの様々な部位を斬りつけた。足の関節、羽の付け根、眼球、腹、首筋……。イオは目にも止まらぬ速さで、キマイラの致命傷となり得そうな部分に次々とダメージを与えていった。

 今日見せたような全重力を剣に込めた一撃ではない。己の移動の負荷となる重力は軽く、剣の威力は重く、絶妙なバランスで発動させた重力のスキルで、人間の運動能力では実現できないような連続攻撃を繰り出していた。


 血を流し過ぎたのであろう。生命力を失ったキマイラは立つ力も尽き、大きな音とともにその体を横たえた。キマイラの目から光が徐々に失われていき、程なくしてキマイラの肉体は砂のように朽ちていった。

 イオは荒い呼吸をしながら、自身の体を支えるために手に持つ剣を地面に突き立てた。


「おいおいおい! すげーな! どうやったんだよ今の攻撃」


 アイナが弓をしまいながらこちらに向かって駆けてきた。当然の疑問である。


「はぁっはぁっ……速く動くためには、重力を軽くするだけじゃダメだ。だから動く方向に向かって重力のスキルを発動する……。でも、剣まで軽くするわけにはいかないから、あくまでに自重を支える体幹の部分を……、はぁっダメだ、口じゃ説明できん!」


 イオは説明を諦めて、地べたに座り込んだ。


「でもスキルを使う力は尽きたはずじゃ……」

「私の回復のスキルは回復力を急激に向上させるタイプのスキルだ。だから傷だけじゃなく疲労も取れるし、尽きたスキルも回復させることができる」


 俺が口にした疑問に、ナウルが答えてくれた。


「治療士と言っても、治療の手段はスキルによって様々だ。中には時間を巻き戻して回復させるスキルもあるらしい」


 なるほど。一人1スキルのこの異世界では回復といった漠然としたスキルではないということか。確かにこの異世界には魔法のような共通言語はない。あくまで個人が持つ1スキルをどのように活かすかが肝となっているわけだ。


(何にしても、おかげで助かったよナウル)


 口にしようとしたナウルへの感謝の言葉は、思考しただけで口にすることができなかった。

 突然、悪寒と共に血の気が引いていき、体の芯から冷えるような感覚に襲われた。今でもこの時の状態を表すことに難儀するが、一言で表すなら「死」だ。その感覚は、自分の背中側から強く感じた。

 自分の身に突如降りかかった原因を探るために、無理やりに首を曲げ視線を後ろに向ける。

 そこには、ボロボロの布切れをまとった骸骨のような化け物が宙を浮いていた。そうか、こういうタイプのモンスターもいるのか。確かに、今日出会ったモンスター達から考えれば想定できるかもしれない。


 討伐目標ではないモンスターの乱入。さらに、それがアンデッド系モンスターであること。

 アタッカーのスキルが尽きたパーティーに、この状態から生存する方法があるのか、俺には見当もつかなかった。



 


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