第4話 勇者の俺、魔王様と婚約しました

「魔王様、俺と結婚してくれるってことでいいですよね?」


そう言いつつ。

魔王様を後ろから抱きしめた状態で。

魔王様が赤くなったまま動かないのをいいことに。

魔王様のサラサラな髪の毛に顔をうずめた。


なんだろう、これは。

香水のような匂いなのに、香水ほど不自然さを感じない。

むしろ、吸えば身体が浄化されていくような、

そんな透明感のある爽やかな香り。

これが、美少女の香りか...。

うーん、Good smellごちそうさまでした


「な、な、なに勝手に嗅いでるんですか!?」


さすがに魔王様も乙女のようだ。

匂いを嗅がれるのが気に障ったみたいで、俺のハグを振りほどき、俺から距離を取った。


さみしいなぁ。もう少し抱きしめていたかった...。


俺から離れた魔王様は、

威嚇した猫みたいに尻尾を立てて、目を三白眼にしながらいう。

「貴方何なんですか!勇者じゃないんですか!?

さっきからバカの一つ覚えみたいに結婚結婚って!

頭おかしいんじゃないですか!?」


どうでもいいけど、

魔王様って怒るとしっぽ出るんだ。

かわいいなぁ。


それに俺がおかしいのは魔王様のせいでもあるんだけどなぁ。


「勇者?そんなもの、周りが勝手に言ってるだけです。俺が魔王様に会いに行こうとしたら、勝手に祭り上げられてただけですよ。

俺は最初から魔王様と争うつもりはありません」


魔王様は絶句したのか、口をぱくぱくさせた。


「そんな...。私に会うためだけに、魔王軍の幹部が軒並みやられたというの...!?」


聞き捨てならない発言。


「魔王様に会うため『だけ』?

...その発言はいくら推しでも許せませんね。

訂正してください。

『魔王様に会わせて頂くことが至上の喜び』

これが正しいです」


エイトから いてつく はどうが ほとばしる!


「い、意味が分からないよ...」


「さぁ!早く!俺の気が収まっているうちに!

どうなっても知りませんよ!」


俺は魔王様に詰め寄って、

吐息が感じられるほど顔を近づけた。

魔王様と視線を合わせる。泣く子も黙る凄み。

これには魔王様も目を泳がせて、あわわ状態だった。


急かされて焦ったのか、もしくは俺が怖いのかもしれないが、魔王様は自分でもよくわからないまま復唱した。


「えっと...。わ、私に会わせて頂くことが、

し、至上の喜び。...これでいい?」


魔王様は恐る恐る問いかけてくる。

少し涙目で、紅潮した顔。


いいです!!!!!!

と、言いたい。

なぜなら、ものすっごく可愛いから。


しかしーーー


「まだ足りません。次はこれです。

『世界で一番魔王様がかわいい』」


「世界で一番、わ、わたしがかわいい」


「『みんな魔王様のことがいっちゃん好き』」


「みんなわたしのことがいっちゃん好き」


「『魔王様はエイトと結婚する』」


「わたしはエイトと結婚する...」


「よし、言質は取ったな」

ニヤリ。


「は?へ?あっ!?しまった!?」


俺の天才なる策にハマった魔王様は、顔を真っ赤にして怒り出した。


「だましたな!?

さっきのは流れで言わされただけだもん!

証拠もないし、言質にならないから!」


「証拠?...ありますよ」


「『わたしはエイトと結婚する...』」

俺は録っていた録音魔法を再生した。


「さ、最低!信じらんない!勝手に録るなんて!!」


「魔王様。残念ながら、これで貴方は俺と結婚するしかありません。

さもなければ、氷龍王グレイシアは勇者エイトに求婚するような可愛い人だって、王国中にバラ撒きます」


魔王様は涙目になっていう。

「な、なんで...!?なんでそんなこというの...?」


推しの涙に、罪悪感で胸を潰されそうになる。

クッ...。

よしよし、大丈夫だよ、泣かないでってやりたい!!


しかし、これも全ては魔王様のため!

魔王様には幸せになって貰いたいからやるのだ!

俺には魔王様を幸せにする自信がある!


「でも安心してください、魔王様。何も悪気があってこんな事をしているわけじゃないんです」


「そうなの...?」


「ええ、そうなんです。

確かに最初は俺も魔王様に会いたい一心でした。

ここまで来たのも、それだけが理由です。

でも今は違います。

魔王様が住まうこの地、この国の現状を見て、俺はどうにかしたいと思いました。

魔王様さえ良ければ、ぜひ協力させて下さい。

魔王様だって、別に戦争がしたくてやってるんじゃないんですよね?

この国の未来のためですよね?」


俺が魔王様に優しく問いかけると、魔王様はと気づいたように勢いよく答えた。


「...そうなの、その通りなの!」


魔王様は今まで溜まっていたものを吐き出すようにこう続けた。


「...この国はわたしが生まれたときからこの有り様だった。わたしが魔王になりたての頃は、それはもう大変だった。

他国から食料を輸入して飢えをしのいでいたんだけど、この国には輸出するものが無い。

軍を貸して、お金を貰う傭兵家業ばかり。

とてもじゃないけど、それだけじゃ賄えなかったの。...それは、今も変わらない」


魔王様の沈痛な想い。

俺は確かに受け取った!


「そこで、提案です。

魔王様が俺と結婚してくれるというのなら、俺は何でも致しましょう。

俺の持てる限りの力を使って、この国を変えてみせます。これは夢物語じゃありません。

魔王様は俺の実力、ご存知ですよね?」


「...うん、貴方の、勇者エイトの武勇は魔王軍でも轟いているわ。そんな貴方の力が限られるのなら、ものすっっごく心強いと思う...」


「じゃあ!」


「でも!...でも、わたしは恋をしたことがないの。

今までこの国のことで必死だったから...。

急に結婚しろだなんて言われても、何をどうすればいいか分からないの」


魔王様は期待と不安を織り交ぜた表情だった。


「でしたら、こんなのはどうでしょう?

結婚ではなくて、魔王様は俺とする。魔王様が俺と結婚したくなったらすればいいし、

嫌だったら断ればいい。

婚約している間は俺が手を貸します。

勇者の力の全てを掛けてね。...どうです?」


「婚約...。嫌なら断れるし、好きになったら結婚すればいい...。

それなら大丈夫かも...?

でも、いいの?わたしに有利すぎない...?」


「いいんです、いいんです!

俺は魔王様の側にいられれば!

それが本望ですから!」


「そうなの...?

えっと...、それじゃあエイト。

ふつつか者ですが、今日からよろしくね...?」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします!」


俺は、見事な話術で魔王様と婚約することに成功した。

夢の結婚はできなかったが、一歩前進することができたのでは!?


我ながら、自分の才能が怖くなってきたぜ...!


まあとにかく!

こうやってお近づきになれた以上!

俺は貴方を幸せにするまで、絶対に離れませんからね!

覚悟してください!

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