第4話 チカチルvsバニー衣装
軍資金が底をついた。だけどこれは想定内……、残してしまうと損をした気持ちになるので使い切って正解だった。
できれば勝って増やしたいところだったけれど……初めてのカジノで勝って帰れるほど甘いところではないだろう。
併設されている宿泊施設に泊まるため、部屋の鍵を借りて指定された部屋へ。少々高めの値段設定だったけれど、潜入任務ということで教会から資金は貰っている……、
勇者特権として民間人から集めたお金が回されているので使いにくい面もあるが、勇者は命を懸けて戦っているのだから、これくらいは使っても罰は当たらないだろう。
逆に言えば潤沢な資金を与えられているのだから結果は出さないといけない――カジノの裏で暗躍する魔人を特定し、魔王の手がかりを得る……さて、日付を跨いだが、仕事の時間だ。
『チカちゃん……探し物は地下にあるわ』
バニーガール(通称バニーさん)が教えてくれた情報を頼りに、チカチルはカジノの地下へ向かった。
……しかし地下への入口が分からない。下水道を通っていくのはできれば避けたいので、怪しいところを探す……いや、見えるところ全部が怪しいのだけど。
(……スタッフルーム……)
可能性があるとすればここか。少なくとも客は入れない部屋だ。バニーガールとディーラー、そしてカジノの管理者しか出入りができない場所となれば、中心部に繋がっているはずだ。
「…………」
こそこそと子供の頃の鬼ごっこを思い出しながら、足音を気にしてここまできたものの、思えば勇者が入り込んでいることは既にばれているので監視が厳しくなっているはずだ。
この場所を突き止めることも、相手からすれば織り込み済みで……。であれば、周りを気にしてこそこそとしていても行動が遅くなるだけだった。大胆に行動する。
「お邪魔しまーす」
中は更衣室だった。バニーガールの衣装がいくつも置いてあって……、新品? 使い古し? ……どっちもあるのだろう。
香水の匂いが充満していて……、過剰な消臭はつまり消すべき匂いで満たされていたことを意味しているから……まあ、更衣室だし、仕方ないよね、とチカチルは嗅がなかったフリをした。
これもヒントである。
バニー衣装を観察すると……やはり、あった。
転写された魔法陣だ。
(魔法陣があるのは分かるけど……でも内容まではさすがに……、分かりやすくラベルが貼ってある商品じゃないから、魔力を足してみないとどんな魔法かは分からないんだよね……。いや、わたしの知識不足じゃないから! 魔法書を見ながらだったらどんな魔法が出るかは分かるんだけど……)
一目見ただけでは分からない。
分かる人が重宝されているのだから、分かる方が少数派だった。試しに魔力を足して魔法陣を完成させ、効果を見てみる……という確認作業は、さすがにできない。
魔力を流したら実は爆発魔法で、更衣室ごと爆破され、どかんと命を落とすこともあり得る……過去に実例があるから警戒しなければならない。
(バニー衣装に魔法陣があるとして、どんな魔法を付ける……?)
作成者の意図を読めばおのずと魔法も限られてくるはずだが……それでも読み解く難易度に差はないだろう。
自由自在、不意を突くような組み合わせが当たり前だ。想定外こそ想定内としておかないと、魔法には驚かされてばかりだから……。
すると聞こえた、きぃ、という音。
複数あるひとつのロッカーの扉が……開いていた。
「――え?」
振り向くチカチルは、しかし気配を感じ取れなかった。仮に透明人間がそこにいたとしたら、見えなくとも気配は感じるはずだ……だけどそれもなく……、
ロッカーだけが、ひとりでに開いていた。
「…………」
チカチルが開いたロッカーに手を伸ばした時――――その手首が掴まれた。
「は!?」
手袋。
バニーガールがはめていた白い手袋『だけ』が、チカチルの手首を掴んでいる。
「なにが、」
たたん、と足音がすると思えば、靴だけが動いている。ストッキングが歩いていた。遅れて、上半身のバニー衣装がストッキングについてきている……、透明人間がバニー衣装を着ているわけではない……これは……――きっと中身はないのだ。
空洞で――バニー衣装、各々が動き、まるでひとりの人間がそこにいることを演出しているかのように……活動している。
もちろん顔はない。肌色はない。
付け耳が頭の輪郭を浮かび上がらせているようにも見える。……誰? とかではない。バニー衣装に転写されている魔法。これは……、
「……近いので言えば≪人形化≫、かな……。魔法使用者の思い通りに動かすことができるなら……じゃあ働いているバニーさんたちは……」
無理やり、動かされている……。あの笑顔もノリの良いテンションも、カジノに合わせた仕事ぶりも全て……バニー衣装に操られていたとすれば納得する。
チカチルも違和感を感じていた。……メイクで誤魔化していたけど、目の下の隈は深く、顔色が悪いことも隠していた。
無理をしているのがすぐに分かった。だけど本人が頑張っているなら、と指摘はしなかったけれど……操られているなら話は別だった。
(働いてたバニーさんの中には……妊娠してる人もいたような……?)
お腹の膨らみは目立っていなかったけれど、勇者の耳であれば聞き取れる声がある。胎児の、まだ言語にはなっていない声だ。
店内で流れているBGMよりも鮮明に聞こえた多くのそれは、たくさんのバニーが妊娠していることを意味していた。だけどせっせと働くバニーガールたちは、恐らく……孕まされても働かされている……無理やり、魔法で。
そして、苦痛も不満も絶望も、魔法による笑顔で上書きされ、来場した客の前ではいつも通りのバニーガールとして振る舞っていたのだ…………なら。
チカチルを担当してくれたバニーガールも……。
「バニーさんは妊娠はしていなかった……体調は悪かったのかもしれないけど……」
そこでふと気づいた。
チカチルに秘密にするべき情報を教えたのは、魔法に反抗した彼女の独断行動なのではないか。……秘密をばらしたことが管理者に露見していないわけでがなく、反抗したバニーガールがどんな目に遭うかくらいはチカチルも想像できる。
今頃……彼女は……。
「ッッ!!」
チカチルの頭を蹴るように飛んできたバニーの靴を、顔面寸前で受け止める。
連結しているわけではないだろうが、ストッキングもバニー衣装も、チカチルが靴を受け止めたことで止まった。まるで服を着た透明人間が片足立ちで立っているように――――
「いくところがあるの……だから邪魔だよ」
バニーの長い耳を片手で鷲掴みにする。
自立して動く魔法なら、さらに魔力を与えればどうなるか……。魔力を与えれば与えるほど際限なく出力が上がる魔法もあるが、過剰魔力で自壊する魔法もある。
目の前の魔法は、前者のようだが……それでいいのだ。
過剰な魔力で自立する出力が上がればどうなるか。
もう片足の靴が飛んでくる。
反射的に避けたチカチルがぼそっと呟いた。
「はい、いってらっしゃーい」
与えられた過剰な魔力によって、靴、ストッキング、バニー衣装と付け耳が、自発的に吹き飛んでいった。更衣室の壁を突き破り、止まることなく突き進んでいく……。
たった一歩動こうとしただけで、際限のない出力がブレーキを壊したのだ。
……止まらない。
止まり方を分からなくなった人体を持たない衣服は、魔力切れになるまで走り続けるのだろう……その内に、チカチルは門番不在の隙間を抜けて、今回の事件の中心部へ向かうことにした。――更衣室の壁の向こう……先には隠し階段がある。
その先には――――、
……勇者の勘が言っていた。
魔人の気配がする。
…続
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