第5話 カジノの王


 地下へ通じる螺旋階段の下でチカチルを待っていたのは…………


「………………うわぁ……」


 頭のてっぺんから足の先まで金色で染まっていた、日に焼けた若い男だった。そう言えばチカチルは彼の姿を見ていた……バニーガールを三人ほど連れて宿泊していたはず……。

 客かと思えば、この場にいるなら彼は運営側なのだろう。


 ディーラーのひとり? いや…………彼こそが管理者オーナーなのだ。


 彼は両手に花どころか花束のようにバニーガールたちを抱えていた。

 キングサイズのベッドの上で、今にも本番が始まりそうなくらいには準備万端だった……。

 想像したチカチルは顔を真っ赤には……しない。事情を知らなければ初心らしく反応できたかもしれないが、バニー衣装の魔法カラクリを知った後だと、今の彼女たちは無理やり『されている』わけで……。照れよりも嫌悪感が勝った。実際に妊娠しているバニーガールがいることを、『聞いて』知っているチカチルだ……許せなかった。


 魔法で言うことを聞かせて、拒絶する女の子を無理やり孕ませるなんて、最低だ。やっていることは実は立派な犯罪よりも悪質なのではないか……――人殺しに相当する。

 彼女たちの未来を奪っているという意味では、これだってれっきとした殺人なのだ。


「……んあ? 早い到着だな、勇者さんよお……門番には苦戦したか?」

「してないけど。今頃、カジノの外で魔力切れになるまで走り回ってるんじゃない?」


「あー……そうか、魔力を過剰に流すことで暴走させたか……、分かってた弱点に対策をしなかったこれは、オレが悪いな……」


 落ち込む彼をなぐさめるように、隣にいたバニーガールが彼の頬にキスをした。

 む、としたのはチカチルである。彼女には分かったのだ……、バニーガールの行動、表情に不快感を抱いた様子はないけれど、瞳が生きていなかった。

 心を殺して命令に徹している機械のようで……。全てが彼の思い通りに動いている。動かされている……。嫌なことを嫌と言えない環境で酷使され続け、声を上げてもすぐに相手の都合の良い展開に上書きされ、今度は声さえも上げられなくなる。

 やがて、これが当然の環境だと諦め、自分の立つ場所が異常であることも分からなくなっていき……――第三者に助けを求めることもしなくなる。

 自分ががまんすればいい、と勝手な答えを出してしまって……。


 心が死んでいく。


 そうなった時、彼女たちは男に都合の良いバニーガールとなってしまうのだ。


 発情したバニーたちはまるで望んで彼の傍にいるように見えても……違うのだ。


 全員が、できれば彼を後ろから刺したいと思っている……当然、『あの人』も。


「バニーさん……」


 彼を取り巻くバニーガールの中に、彼女もいた。

 チカチルを担当してくれていた、通称バニーさんのウィニードール。

 彼女だけはまだ、完全に魔法に屈したわけではなく、彼に異議を唱えるだけの精神力があるようだ……。――けど、今はもう、口は開くけど、言葉が出ない。

 悪化するほどには、彼女を縛る魔法が強力になっているのだ。


 カジノのオーナーによって追加された魔力により、さらに衣装の縛りがきつくなった……ウィニードールは、さすがに反抗できなくなったのだ。


「勇者さんよお、もしかしてコイツが担当だったのか?」


「…………」


 ウィニードールの耳が乱暴に掴まれ、彼に引き寄せられる。

 ベッドの上を雑に引きずられた彼女が、あぐらをかく彼の膝の上に跨り……、


 彼の吐息が、ウィニードールの頬に触れる。

 それだけで、彼女の瞳が揺れ、体を大きく痙攣させた。


「はぁう……っっ!?」


「嬉しそうに鳴くじゃないか……キミも、もうオレの虜かな?」


「バニーさんッッ!!」


 チカチルが一歩踏み出した瞬間、まるで闇の先から獲物を狙うように、彼女たちの敵意の瞳だけが、はっきりと見えるようになった。

 バニーでありながら狩人の瞳だった……発情期はもう終わりだ――ここから先は、狩るか狩られるかの、弱肉強食が始まる――。


「バニー衣装に転写された魔法は、思い通りにコイツらを動かせる『人形化』が記録されてる……、人体であれば不可能な動きも、命令すれば可能なところが得だよなあ?」


 可動域の限界を越えて動かすこともできる。限界以上の力を引き出すことも――……ただし壊れた体は酷使を続ければ自然と動かなくなってしまうが。

 痛みによる鈍化の影響を受けないというだけで、連結部分や力の伝達に支障があれば動かなくなる……当然だ。


「ただ、心臓が止まった個体は動かせないのが難点だが」


 ゆっくりと――バニーガールたちがベッドから降りて近づいてくる。


 チカチルへ、魔の手を伸ばす。


「ッ……こんの、ゲス野郎ッッ!!」


「おいおい、女の子がそんな言葉を使っちゃあ、ダメだぜ?」


 ――バニーガールが飛びかかってくる。

 その速度は人間が出せる限界を越えている……――勇者チカチルでさえ目で追うのがギリギリの身体能力を発揮し、現役の勇者を追い詰めていく――。


 金色に染まった彼は、その様子をベッドの上から高見の見物である……。


 まさしく、オーナーのように。


「(……さて、マィルメイル様に連絡は済ませてある……オレがするべきことはジュニア様が到着するまでの時間稼ぎだが……)」


 このまま勇者チカチルを始末できるとは、彼も考えていなかった。勇者殺しは、それを専門とするプロに任せるべきだろう……。

 つまり魔人ジュニアの到着を待つ必要があるのだが、一番近い大陸からでもそれなりに離れた南の島のカジノへ到着するのは、最短でも――……「ん?」


 すると、懐にあった通信端末に連絡があった。

 彼の直属の上司である魔人マィルメイルからだ……――連絡事項はひとつだけ。


『ジュニアは少し遅れると思うから……頑張って堪えてね』


 ……らしい。



「……は?」



「服に魔法陣が転写されてるなら、丸裸にする必要はなくて……――魔法陣の端っこ部分だけでも切り裂いてしまえば……魔力不足じゃなくて魔法陣の欠陥になる……。そうなれば魔法は発動しないってわけなんだよね」


 チカチルの周囲。まるでエネルギーが切れたように倒れているバニーガールたち……、魔法から解放されて晴れて自由の身、と言えるほど簡単な話ではなく、ボロボロの体を治療しなければいけないが、少なくともこれ以上の無茶ぶりはされないだろう……。

 既に魔法の効力はなかった。


 つまり、オーナーの周りを固めていたバニーガールたちが……一掃された。


 残っているのは、彼の膝に跨るウィニードールのみ…………。


 そんな状況で、魔人でもない平々凡々の人間――雇われオーナーの彼が、呟いた。


 繰り返した。



「は?」




 …続

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