第3話 イカサマタイムライン
青く澄んだ長い髪。
下着姿で通路の端っこ、顔を俯かせて座っている少女に声をかける。
「負けちゃったの?」
「…………あん?」
思ったよりも攻撃的な子だった。生きている年数を考えれば、きっと≪子≫、ではないのだろうけど……。負け続けて弱り切っているのかと思えば、彼女にはまだ闘志があった。
今こうして塞ぎ込んでいるのはここからどう巻き返すかを考えていたからなのかもしれない。
「だって、下着姿だから……身ぐるみ全部剥がされて絶体絶命! なのかなって」
「まあ……、焦ってはいないけど、それなりに絶体絶命ではあるな……」
「わたしの軍資金、分けてあげようか?」
「それで? お前の言うことを聞けとでも? エルフを見つけて飛びかかってこないだけまだマシだが、恩を売って言うことを聞かせようとするところは女でも勇者だな」
「あ、自分でエルフだってばらしちゃうんだ……いいの?」
「…………、私がエルフだって、知ってたんじゃないのか……?」
「そうなのかな、どうなんだろう……くらいだったかな。確信があったわけじゃない」
正体を自白したエルフが頭を抱えた。彼女も想定外だったらしい。
「……まあいい。手助けはいらない。自分でなんとかするし、別に困ってない。服は取られたけど、下着はまだある。それに……最悪の手段だけど起死回生の一手は掴み取ってきた」
「へえ……魔法で?」
「魔法で、だ」
小柄なエルフが下着の中から一枚のコインを取り出した。
最悪の手段を使い、起死回生の一手を打つための資金として残しておいたのだろう……下着姿になる前に使えば良かったのに……と思ってしまうが、本当にやばいのが今なのだ。
指でコインを弾き、手の平で受け止める。
そして、彼女が向かったのはルーレットである。下着姿で大胆に椅子に座って――「全額だ」と。……格好良く言っているが、コイン一枚なのだからそりゃ全額である。
本当に全財産を賭けていた。
「では、
「ルールは分かる。さっきまでやってたんだからな……リベンジだ」
「……では、始めましょう」
カジノで最も有名なゲームだろう……ルーレット。
円形の盤の上。回転する番号とふたつの色。その盤に玉を投げ入れ、どの穴に入るのかを予想するゲームだ。エルフが選んだのは黒……数字は……、
彼女は自信があるようで、迷いがなかった。
結果…………、
「……お客様の勝ちです」
「もう一度だ」
さっきまでの敗北を全て取り返すように、勝利を掴み取っていくエルフ。
十回、二十回と連勝していく内に、奪われた服も取り返していき……、下着姿があっという間にディーラーによく似たタキシード姿になった。
エルフは場に合わせて変装し、溶け込むと聞くが……。
最後に帽子を取り返して元通りだ。やや大きなシルクハットを被って席を立つエルフ。
「奪われたものは取り返したし、これ以上は卑怯だからもうしないよ――別のゲームを楽しませてもらう」
「…………ありがとう、ございました……っ」
連敗したディーラーだったが、感情的にならずに丁寧に頭を下げた。
彼もエルフのイカサマを疑ったのだろうが、魔法陣が発見できなかったので指摘できなかったようだ。魔法を使われた痕跡もなく……、恐らくは素の実力……もしくは、既に魔法は発動され、終わっているか、だが……。
「――すごいね! なにやったの!?」
チカチルが詰め寄った。
体を仰け反ったエルフはチカチルの顔を両手で押しながら……
「教えるか、バカ……ッ!」
「魔法でイカサマをしたわけじゃないなら……運が良いってこと!? それともコツとかあったりして……――」
「チカちゃんチカちゃん……抑えて」
バニーガールに首根っこを掴まれて冷静になったチカチルが、おほん、と咳払い。
「ところでエルフさん……どんなイカサマをしたの?」
「イカサマ前提なのがなあ……まあしたんだけど……」
「どんなどんな!?」
興味津々なチカチルはもう止まらず、エルフの両肩を押さえて逃げられないように。
……説得は無駄だと悟ったエルフが渋々答えた。
「……未来を視たんだよ」
「未来を……」
「ああ。だからボールが入る数字が分かったんだ。事前に未来を視て正解を知っていれば、後はその通りに賭けるだけで勝つことができる……だからやりたくなかったんだ。これじゃあゲームじゃなく作業だ。カジノにきて作業をやりたくなんかないし……」
「未来を視る魔法……」
チカチルが首を傾げながら、
「そんな魔法、魔法書にあったっけ?」
エルフは、チカチルの疑問には答えなかった。
「――そういうわけで、私は帰るからな」
「帰るって……宿泊じゃなくて?」
すぐそこに宿泊施設があるが、エルフは利用する気がなさそうだ。
「もう充分遊んだし、これ以上いると面倒な勇者に見つかりそうだ。お前も充分面倒だけど……まだ優しい方だしな。ヤバイ奴は私を捕まえて檻に入れて、『魔法陣を転写してくれ』とか言ってくるんだ……頭おかしいだろ」
エルフが肩をすくめる。その時は魔法で檻を破壊し脱出したようだ。
転写された魔法陣と、彼女がその場で発動させた魔法では、
世界で唯一、魔法を自力で発動できる種族はエルフだけである――彼女のような野良エルフと、魔王だけだ――。
半エルフと人間、生物は、各地に散らばる魔法陣に魔力を流して再利用するしかなく……借り物でないオリジナルに勝る借り物はない。そのため、エルフは貴重なのだ。
そして単純に強い。
彼女を追いかけ回すのは自由だが、彼女が本気を出せば束になった勇者など蹴散らされるだけだろう……。ただ、エルフは勇者の数の多さから、処理するのが面倒で避けているだけなのだ。
「チカチル」
「ん? あれ、名前教えたっけ?」
「未来で視た」
「それ、汎用性が高いね……」
なんでも知っていることを説明する時に便利だ。
「私は帰るけど、私に用事はあるか?」
「?? どうして?」
「いや、だって私はエルフだぞ? 勇者は私に、求めるものがあるだろう?」
新たな魔法陣を転写してほしい、魔王の手がかりを教えてほしいなど、勇者特権ではどうしようもない部分をカバーしてくれるのがエルフという存在だ。
エルフが自分からこうして言うことはなく、それだけエルフがチカチルを気に入ったということなのだが……、チカチルは彼女の厚意に、「いや、特にないかな」と断った。
「本当にいいのか?」
「エルフさんと一緒かな……それじゃあつまらない」
「つまらない、か……」
「実はね、わたしは魔王を倒すって、別にどうだっていいんだよね――会いたい人がいるから、勇者として活動してるだけで……魔王の件は他の勇者に任せてるの」
「なら、その会いたい奴の居場所を知りたくは、」
「自分で探すから邪魔しないで」
声のトーンが少し落ちた。
……本気の目だった。
ネタバレすれば刺されるような、そんな感情が読めた。
未来を視るまでもなく、迂闊に喋ればエルフであろうと殺される。
「……分かったよ、言わない、教えない。会えるよう見守っておくよ」
「うん、ありがと、エルフさん」
エルフを見送り、チカチルはバニーガールの手を引いてルーレットの席についた。
「軍資金があるから――今日はたくさん楽しもう!」
「……そうね」
チカチルの当初の目的は今は後回しにされ、ひとまず目の前のカジノを堪能することにしたようだ。……当然ながら、彼女が楽しむ裏では極悪非道なシステムが蠢いていたのだが……、今の彼女は知る由もなかった。
…続
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