第2話 勇者チカチル…十九歳 from南のカジノ


 世界は四つの大陸に分けられている。

 北を占める竜の大陸、東を占める蛇の大陸、そして南西を占める虎の大陸だ。

 三大国家と呼ばれるそれぞれの国には傘下となっている小さな国がいくつかあり……合わせて十二か国が国として認められている。


 南に位置する魔王領は厳密には国ではなく、世界の王の大陸だ。各地の十二か国は魔王領の傘下、と言うことになっているが……多くが望まぬ王とは魔王のことだ。


 世界に散らばる20000の勇者は魔王を討伐し、世界を解放することを目的としているが、その肝心な魔王の姿はどこにもない。……魔王領を探索しても手がかりのひとつも見つけられなかった。――であれば、竜、蛇、虎……大陸を虱潰しに探すしかない。


 異変があるところに手がかりがある。

 逆に言えば、異変さえ作り出してしまえば勇者を誘い出すことは簡単だということだ。


 魔王の血を引いた魔人たちは各地で異変を作り出し、勇者を誘い込んでいる。勇者側も罠であることは知っているが、数少ない手がかりとなる以上は足を運ばない理由もない。

 絶妙なバランスで魔王と人間の勢力図が拮抗しているならまだしも、やはりまだ、魔王の支配の中にいる……、放置できる世界バランスではなかったのだ。


 一刻も早く、魔王を討伐しなければならない。


 手傷を負って身を隠している魔王が復活してしまえば、せっかくのチャンスを棒に振ることになる。ゆえに、たとえ罠でも立ち向かうしかなかった――。

 逆に言えば、罠だと分かっている分、気持ち的には身構えることができるので楽だった。


 なにかが起こる。

 予測できれば対処もできる。



 黒い髪をひとつ結びにした十九歳の少女が降り立ったのは、南の島だった。

 竜、蛇、虎、そして魔王領の大陸がざっくりと東西南北を占めている中、地図の中心部分は大半が海であり、多くの島が点在している。

 昔は小さな大陸があったようだが、天変地異によって大陸は割れ、複数の島に分かれた、と言われているが……長命のエルフにしか分からない真実だろう。

 人間は推測でしか歴史を語れない。


 こそこそとしている彼女は勇者チカチル。教会から得た情報を元に、権力者の裏ルートを辿って南の島のカジノへやってきたのだ。

 どうやら秘密裏で運営されているカジノのようで、管理しているのはどこの国でもないらしい……いや、三つの国がそれぞれ一枚噛んでいると言うべきか。


 表立ってはいない。


 それが怪しさ満点だった。

 三つの大国がそれぞれ出資し、しかし責任は負いたくないから管理者としては手を挙げない娯楽施設。カジノと言えば、ちゃんとした娯楽として認められているのだが、わざわざ隠すということは、人には言えない『そういうこと』が渦巻いている施設なのだろう……。


 民間人が正規ルートでは立ち入れない場所……、ゆえに選ばれた者しか利用できないのであれば、魔人の手によるものよりも人間のどす黒い下心で運営されているものなのではないか――と、無駄足を心配するチカチルだった。



 魔法で動く潜水艦に潜り込んでいたチカチルは、行列を作る人の波が去ってから、砂浜から崖上へ跳び上がる。

 勇者の恩恵は筋力強化も含まれている……――気づけば、辺りは夜になっていた。

 暗い景色の向こう側、樹海に囲まれているが真上からは丸見えなほどに強い光を放つ建物があった。――あれがカジノだ。


「うわ、眩し……っ」


 横からだと樹海が光を遮ってくれている。おかげで通りすがりの船からではカジノの建物は見えないようになっている……が、上から見れば丸見えだ。


 強い光に、手でひさしを作りながら建物に近づく。

 一応、お忍びなので入場がばれるわけにはいかないのだが――――、



「――勇者様ですね?」


「え? ……っっ!?」


 チカチルの背後に立っていたのはサングラスをかけたディーラーだった。

 ……眩しいことは自覚があるようだ。派手さを演出するためだとしても、不都合であればやめればいいのに、と思うチカチルだ。


「勇者様のご利用を制限することはありません。企業の社長様などの権力者、御用達のカジノでございますので、勇者様も例外ではございませんから。入場券は必要ありません。資金もお貸しすることも可能です。――なぜなら勇者様はこの世界で最も権力を持つ方々ですからね」


 それは、一国の王よりも。

 ケースバイケースではあるが。


 そういう人たちが羽目を外して楽しむためのカジノのようだ。……ただ、チカチルは少々困った顔で、気になることを聞いてみた……「年齢制限は……?」


「ありません。勇者様であれば、未成年でもご利用は可能ですよ」


 チカチルであればどちらにせよ問題はなかったが。


 その後、細くて長身の男に案内され、カジノの中へ。

 中で出迎えてくれたのは長い耳を頭につけた……バニーガール? 見えている肌も多く、きわどい衣装だ。水着や下着よりは布面積は多いけれど、大人の女性たちが見せる『まだ踏み込み切れていない』表情を見ると、よりいやらしく感じてしまう……。


 高い天井、慣れるまでは耳が痛くなりそうな騒音。利用客は多いようだ。

 想像通りのカジノの光景が目の前に広がっていた。

 そして社会の上に立つような権力者の、普段は見れないような緩んだ表情ばかりがあちこちにあって……、彼らの傍らにいるのはバニーガールである。

 多数を侍らせている者、入れ替わりでたくさんのバニーガールを利用している者、たったひとりを専門として抱えている者もいる。楽しみ方は人それぞれだ。


 宿泊施設もあるようで、全身が金色に輝いている若い男と、その脇にいる三人のバニーガールが部屋の鍵を受け取って扉の先へ消えていった……――あれは、つまりそういうことだろう。


「わぁ……っっ」


 嫌な部分も見えたが、同時に純粋にカジノとしてのわくわく感もある。

 テーマパークの入口をくぐった後に広がるアトラクションの数々を前にして気分が高揚するようなものだ。未知の世界――異世界感がある。


 勇者になる以前はごく普通の田舎の町で日々を過ごしていたチカチルからすれば、目の前の世界は絵本や夢の世界と同じだ。そこを歩けるだけでも充分に楽しい。


「勇者様、こちらへ」


 名前、生年月日を書き込み、会員登録を済ませ、初回サービスとしてチカチルは大金を手に入れた。……手に入れた? 貸すのではなく?


「ええ、構いませんよ。初めてのご利用のお客様には例外なくサービスしていますので」

「でも……カジノ側は損じゃないですか?」

「総合的には得をしますからね」


 損得ではなくお金を回してくれるだけでもありがたいのかもしれない。まあ、それでもやはり得をすることを見越しているからこそ、奮発してサービスしてくれるのだろう。


 黒いお金かもしれないと疑うのは今更だ。秘密裏に運営している時点で黒いお金である。それでもお金はお金だし、許可を得ていない施設であっても生死をエンターテインメントにしていなければチカチルは寛容な方だ。


 カジノで遊ぶかどうかは本人の自由だし、負けて大損してもそれは自業自得である。カジノを利用するならまずイカサマ自体は疑うべきだし。


「それと、利用するお客様にはアドバイザーとしてひとり(でなくとも)のバニーガールをつけることができます。強制ではありませんが、いかが致しましょう?」


「誰でもいいんですか?」

「はい」


 チカチルは周囲を見回し、目に入ったひとりの女性を選んだ。

 チカチルよりは年上だけど、まだまだ若い。


「じゃあ、あのバニーさんで」

「かしこまりました――ウィニードール、ご指名だ」

「……承知しました」


 ぴんと立った長い耳。

 きわどいバニースーツは周りと同じだ。薄く肌色が見える黒いストッキングと、お尻にはもふもふの白く丸い尻尾。ピンクにも見えるし紫にも見える長い髪が目を引いたと言えばそうだ。


 そして、強い目力があった。

 チカチルが彼女を選んだのは、それが最大の理由だった。――訴えかける目。


 周りのバニーガールたちは俯いていたり逆にやる気に満ち溢れていたり、自分を殺して別の誰かになりきっている人が多い中で、彼女はその目力で不満をぶつけていた。

 助けて、ではなく。

 手伝って、とでも言いたげな目で。


 チカチルは遊びにきたわけではない。異変の中に潜む魔王への手がかりを求めてやってきた勇者なのだ。カジノを潰すことを目的とはしていないが、手がかりが箱の中に入って取れないのであれば、その箱を壊すことも視野には入れている。


 そう思えば、彼女――バニーガールの存在は手がかりへの足がかりとなる。


「ではウィニードール、くれぐれも勇者様に失礼のないように」

「……かしこまりました」


 そして、ディーラーが自分の持ち場へ戻っていく。

 注意深く見ていたけど、彼は魔人ではないようだ。正体を隠すことに長けている魔人を見抜くことも難しいのだが……、女の勘である。いや、勇者の勘だ。



「……では、勇者様」

「むう」


 と、頬を膨らませる年下の少女に戸惑うバニーガール。


 上司に「失礼のないように」と言われてすぐに失礼なことをしてしまったのか、と不安になったバニーガールに、チカチルが顔をずいっ、と近づけて言った。


「様はいらないし、わたしはチカチルだから!」

「は、はぃ……?」


「チ・カ・チ・ル!!」


 大声で距離を詰めるチカチルの圧に身を引いたバニーガール。

 チカチルはむすっとした表情に加え、呆れた様子でぼそっと、


「……なんだよもう、せっかくやる気があるバニーさんを選んだのに……」

「っ! ……あなた、私の合図が分かって……」


「わたしがバニーさんを選んだんじゃないんだよ。バニーさんがわたしを選んだの。だったら仕事なんか関係なくわたしをパートナーとして認めてよ」


 視線を回すバニーさん。本人からの要望とは言え、やはり人目を気にしてフランクに話すことはできないようだ。

 だが……、途中でバカバカしくなったのか、バニーガールはくす、と笑って緊張を解いた。


 力を入れていた肩を落として、


「……分かったわ、よろしくね、チカちゃん」

「こちらこそ。じゃあバニーさん、どのゲームがおすすめ?」


「ちゃんと遊ぶのね……いいけど。運要素が強いルーレットでいいんじゃないかしら。チカちゃんにトランプをやらせても勝てるわけなさそうだし」


 単純なゲームであればそうとも言い切れないが、トランプの中でも読み合い、騙し合いが当たり前のゲームしか用意していない。チカチルには難しいだろう。


「……それはそうだけど……、わたしのことバカだって言ってる?」


「うちのディーラーに勝てるわけないでしょ。そこらじゅうで魔法が使われてるんだから、イカサマなんてし放題。指摘すればノーゲームだけど……、まあ見破れる人もなかなかいないわよね。どのタイミングで魔法を使い、どこに魔法陣があるのか。そこまで指摘しないとイカサマとはならないのよ。……ばれなければイカサマではなく不都合だから」


 挑戦者からすれば。


 運営側からすれば好都合ということか。


「じゃあ――ひとまずルーレットにしよっか」

「軍資金はあるから、ぱーっと使いましょう」


 特殊なコインだ。このカジノでしか使えないお金である。


「でもこれ、そのまま持ち帰れば……」

「サービスで渡したお金は換金できないわよ?」


 つまり、使い切った方が得のようだ。



 ルーレットがある区画エリアまで向かおうとすれば、下着姿の女の子が道の端っこで座り込んでいた。……チカチルよりは年下に見えるし、下着のセンスを見てもまだまだ子供だった。どうしてカジノにいるのかも気になるが、それよりも、その格好である。


 無理やり剥ぎ取られたわけでなければ、カジノで負けて身ぐるみを剥がされたようで……結果は同じだが、ゲームで負けた結果ならカジノ側に落ち度はない。印象は悪いけど……。


 もしも路地裏で服を剥がされたら、なによりも下着が真っ先に剥かれるだろうから……まだマシな方だろう。


「……あの子……」

「先週からいる子ね……実はあの子、エルフらしいのよ……」

「エルフ!?」


「ちょっ、声が大きいわよ!! ……あの子はお忍び、というか、エルフは世界に数少ないんだから、正体がばれたら厄介なことになるのは分かるでしょ? 勇者なら尚更、エルフの存在は貴重だって分かるわよね……?

 あの子が本物のエルフとは言えないけど、関係者だとは思うわ……。喉から手が出るほど、助けを求めたい相手なのは分かるけど、あの子の機嫌を損ねるのは推奨しないわ。気難しいエルフに嫌われたら、もう一生会えないと思うわよ?」


「それは……分かってるけど……っ」


「エルフって言っていたから、見た目が子供でも実際は百年以上も生きているみたいだし……カジノ側としては入場させたのよ」


 カジノのルールでは、入場条件は見た目ではなく年齢だ。それが証明できるものを持っている必要があるのだが、彼女の場合は振る舞いと圧で黙らせた形だ。

 数百年も生きているエルフにとって、小さな子供を掌握するのは簡単なことだった。


「……ちょっと声かけてくる」

「それは勇者として? チカちゃんとして?」

「困ってる女の子を助けるお姉さんとして」


 繰り返すが、彼女がエルフであるならチカチルよりも十倍以上も年上である。



 …続

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