勇者チカチルとバニーパラダイス!
渡貫とゐち
第1話 勇者チカチル…十歳
魔王が支配する世界――
世界には魔王を討つための勇者が、20000人はいると言う…………
十歳の少女チカチルは、母親に留守番を任されていた。
部屋の掃除や溜まっている食器を洗ったり……小さな少女はがんばって家事手伝いをしていたのだ――そんな時、それはやってきた。
乱暴に扉を開けて部屋に入ってきたのは…………見知らぬ男だった。
顔に傷をつけた筋肉隆々の男で――彼は「邪魔するぜ」とだけ言って、掃除をしたばかりの部屋に土足で上がって汚していったのだ。
「だ、だれですか!? どうして入って――」
「俺は勇者様だ。ちょっと資金不足でな……金か、金目の物を借りていくぜ」
勇者、と名乗る男は棚の引き出しを開けて中身を物色している。母親が必死に働いて稼いだお金を見つけては微笑み、片手で鷲掴みにして腰のカバンに入れていく。
他にも貴重なアクセサリーなど……祖父祖母の遺品などもまとめてカバンにしまっていた。
「だ、だめっ、それはお母さんの……っっ」
「おい、聞こえなかったのか? 俺は、勇者だ」
「ゆ、勇者だからっ、なんなのっ」
「あ? ……チッ、親はきちんと説明してねえのかよ……。まともな教育を受けてねえガキは無駄な時間を取らせやがる――いいか? 知らねえなら教えてやる。勇者ってのはなあ、人んちに勝手に入って金目のものを拝借しようが構わねえんだよ」
「う、うそ……」
「嘘じゃねえよ」
「ちがう……あなたが勇者なわけないもんっ!!」
「証拠ならあるぜ……ほれ」
男が手の甲を見せる。白く輝く勇者の証が見えており、偽装できないものだ……その証拠が、男が勇者であることを決定させてしまった。
勇者であると信用できなかった、と言い訳をすれば免れたかもしれない罰則だが、こうして確かめてしまい、証拠を突きつけられた上でこれ以上の抵抗をすれば、勇者の障害として処理される場合もある……それは子供だろうと関係ない。
女であろうとも――勇者の邪魔をすれば牢獄へ入れられるか、もしくは国に殺されるか……勇者には、それをする権限がある。
たとえ勇者が悪いとしても、国は裁くことができない。
――勇者とは、今の世界を支配する魔王に対抗できる、唯一の存在である。
「分かったか? 分かったならさっさとどけ――邪魔するなら叩き斬るぞ」
男が腕を払い、少女を押しのける。
尻もちをついた少女は荒らされていく部屋を呆然と見ていることしかできなかった……止めることはできない。止めれば……反逆者として……、少女の命は保証されなかった。
「チッ、大してねえじゃねえか……。まあ、豪邸ってわけでもねえ普通の民家ならこんなもんか……ついでだ、腹減った。テキトーにこのへんの食材も貰っていくぜ」
「あっ……」
「なんだよ」
勇者が睨みを利かせれば、少女は足がすくんで動けなくなった。……これが勇者? こんな悪党が? やっていることは野盗と同じだ。
魔王を討つことができると言われていても、本人にその気がなければ大義名分を得た野盗と変わらない。……いいや、野盗よりも、質が悪いだろう。
……勇者は裁けない。
だから横暴が許される。見逃される――苦しむ多くの人々が生まれてしまう。
魔王? 勇者? ……同じことだった。
世界の上に立つのが魔王だろうと勇者だろうと、力を持たない
「……やめ、て……」
「ん? おい待てよ……金目のものは隠しておいたりするもんじゃねえか? ……天井裏か、床下か――」
「やめてってば!!」
弱い力だった。少女が男を両手で押したのだ。攻撃にもならない拒絶の意思。
だが、勇者にとってはそういう行動で充分だった。――反撃できる理由にはなる。
「……おい」
「もうっ、出てって! 勇者だからってなんでもしていいわけじゃな、」
「ガキ――誰に向かって口利いてんだ、あぁ?」
腰から引き抜いた短刀。
屈強な男には似合わない小振りの武器だが、旅をしていれば必ず必要になる道具である。まあ、武器は大きければいいというものでもないが……。
彼にとっても短刀はサブとして使っているだけで、本命は別にあるだろう。
それに、重要なのは武器ではなくその武器に『転写』されている魔法陣の方である。不足している魔力を流す(足す)ことで作りかけの魔法陣を完成品にし、収められていた魔法を発動させる――この世の魔法は全てそういうシステムで機能しているのだ。
たとえ本来の用途が武器でなくとも、魔法陣が転写されていればたとえ調理器具でも武器として機能する――彼の短刀もそういうことだ。
魔法陣を持つ。
仮に刃がなくとも魔力さえあれば武器になる。
……少女と男の肉体差を考えれば、魔法どころか武器さえもいらないが。
「さっさと家を空けろ。バカな真似してねえで、」
「にげないよ」
「あ?」
今にも泣き出しそうだった少女は、今はキッと男を睨みつけ――
「こんな『りふじん』、だまったままじゃいられないっっ!!」
「そうかよ……だったら」
短刀が振り上げられた。
「(……俺を見ても恐れねえ心はご立派だが、こういうガキが成長すると後々厄介な先導者になるかもしれねえからな……今更、世界のルールを捻じ曲げることはできねえだろうが、念のためだ。大勢の意見が今の当たり前を覆すことも、ないわけじゃねえ。小さな光だ……が、ここで芽を摘んでおいた方がいい……俺らの……勇者のためにも)」
魔法は必要ない。
短刀の刃で、少女の柔らかい肉は切り裂ける。
「じゃあな、勇敢なお嬢ちゃん」
振り下ろされた短刀が、少女を、
「――ガキに今のセリフを言わせた時点で腐ってることは確定だな、勇者」
短刀を振り下ろしていた男の腕が掴まれた。
懐に入っていたのはフード付きマントで正体を隠した謎の男だった。
ちらりと見えたのは赤髪と……金色の瞳だ。
まだ若い青年の登場に勇者が戸惑い、その隙を突いて青年の掌底が男の顎を捉えた。
意識を揺さぶる一撃……――家の外まで吹き飛ばされた勇者が、大の字で地面に倒れる。
だが、まだ勝負はついていない。
「え……、だ、だれ……?」
「通りすがりだ」
「え?」
「……家の壁、壊しちまった。あとでちゃんと直す……だからお前は隠れてろ」
「ま、まってっ、相手は勇者で、強い、から……ッ」
「知ってる」
青年が答えた。
百も承知で挑んでいる、と。
その分、強者と呼ばれる勇者の殺し方も熟知している――そうとも取れる一言だ。
「理不尽には黙っていられない、か……――その通りだ」
風が吹いた。
強風が、青年のフードを後ろへ流す……、
見えた赤髪と、振り返った青年の顔が、少女には強く印象に残った。
「勇者はオレが殺してやる。賛否はあるだろうが、少なくともオレは、勇者がいない世界の方が平和だって思うぜ?」
その意見は、よく考えればもう片方に傾倒している意見だとも言えたが、少女からすれば疑問にも思わなかった。
彼女からすればピンチに駆け付けてくれた正義の味方で、勇者よりも勇者に見えたのだから……いや、もはや勇者に正義の印象はない。犯罪者の中のひとつの呼び名が勇者……、そのくらい、世間から勇者への印象は偏ってしまっている。
それだけ勇者の横暴が目立ってしまっているのだ。
もちろん、勇者本来の役目を全うしている勇者だっているのだが……。
悪印象に引っ張られてしまう。
どんな正義も、一部が黒く染まれば全体が黒い疑惑を持たれる……そういうものだ。
「――ガキ。あぁいや、これじゃあ乱暴か……女、いや、嬢ちゃん? 姫? ……チッ、面倒だ――お前、名前は!?」
「ち、チカチル!」
「そうか、チカチル――勇気ある反抗、カッコよかったぜ?」
そして、青年は吠える男に立ち向かっていった。
繰り広げられた魔法の衝突によってチカチルは途中で意識がなくなっていたが……、目を覚ました時、家の中は綺麗に元通りになっていた。
壊れた壁も、荒らされた棚も――奪われたはずのお金も、アクセサリーも……手元に戻ってきていた。
彼女を抱きしめているのは、買い物から帰ってきていた母親だった。
「お、かあ、さん……?」
「ごめんねっ、私が、いない時に……ッッ」
「ううん、だいじょうぶ、だから……、優しい人に、助けてもらった、から……」
母親に聞いたが、赤髪の青年を見てはいないそうだ。
町の人たちに聞いても、目撃情報はなく――
分かったことと言えば、町に訪れていた勇者の姿がどこにもないということだ。既に去っているのかもしれないし……探すだけ無駄かもしれない。
勇者が隠れているとも考えにくく……、もうひとつの可能性としては、死体も残らないように消されたか、だが……。
魔法があれば、難しいことでもない。
「あの、人……」
赤髪の青年。
勇者ではないけれど、本当の勇者に見えた人。
会ってお礼を言いたかったのに、勝手にどこかにいってしまうなんて…………
それこそ、チカチルが想像する勇者のようだった。
そして、九年後――――
少女は成長し、あの日、命を救ってくれた青年に身長だけならあとちょっとのところまで迫っていた。
十九歳。
長い黒髪をひとつ結びにしてまとめる。活発に動く彼女なら短い方が利があるのだが、女子として大胆に髪をカットするほどの勇気はなかった。
髪は女の命……とはよく言うが、彼女の場合は命の危機が迫れば容赦なく切り落とすくらいには割り切れるタイプだ。
だから、伸ばしているのは念のため。
もしも、あの人に再会できたなら――――今の自分を見てほしいから。
『綺麗になったわたしを見て!』
それが、彼女――勇者チカチルが旅をする理由である。
「ん――っと、さて、魔王の居場所を見つけるための手がかりはどこにあるのかなー、っと」
勇者にしては軽装の彼女は、町娘とそう変わらない見た目だが、できるだけ荷物を軽くした結果だ。基本、必要なものは現地で調達する……もちろん、民間人から奪うわけではなく、きちんとした勇者に協力してくれている教会などを頼ることで、だ。
なので彼女が抱える荷物は胎児ほどのカバンのみであり……、入っているのはタオルと着替えのみ。……武器の類は一切ない。全ては現地調達。魔法も、その場で。
勇者だが女子である。
武器を使った肉弾戦は最初からあてにしていなかった。
これが、彼女の勇者としての戦い方だ。
「ふむふむ…………カジノかあ……一獲千金も夢じゃないかも!!」
世界の三大国家のどこにも属さない南にある島のひとつ――――表向きには一切の情報がない裏世界の当然。カジノが、急に教会の情報網に引っ掛かったのだ……意図的に?
情報を流したのか?
であれば――、違和感をわざわざ残したのは理由があるだろう……たとえば。
――誰かを、誘き寄せるために?
…続
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