第17話 調宮悠里の場合:中等部
中等部になって、ツバサは身長に悩むようになった。
確かに彼の身長は高い方ではない。
悠里とほぼ同じか、もしかしたら、少し小さいくらいだ。彼の隣に並んで可愛らしく見えるのは紗雪くらいだろう。
「おはよう、ツバサ」
「おはよう、悠里」
校門で鉢合わせて挨拶を交わす。
見慣れてきた中等部の制服は、彼の線の細さを助長しているように見えた。
隣に並ぶ。クラスが離れて久しぶりに見る横顔に悠里は少しだけ目を細めた。
「予定はどんな感じ?」
「俊介は乗る気だし、宮本も興味はあるみたい」
ツバサは小さく微笑んでそう答えた。
海斗が提案した別荘への旅行。
毎年滞在する彼にとって、同学年の子たちと過ごせるのは新鮮のようだ。
悠里も長期休暇を誰かと一緒に過ごしたことは初めてで。どうなるのか、静かなワクワクが胸の内には広がっていた。
「じゃ、男の子は予定通り、田中くん、宮本くん、ツバサの3人ね」
ツバサの隣で指折り数える。
こうやって気軽に話せる人ができるとは思っていなかった。
出会いが衝撃的だったせいで、自然と会話ができるようになった。大切な友達、なのだけれど。
「あと、海斗。許婚を忘れちゃ駄目でしょ」
「忘れてたわけじゃないわよ。招待主だから、数えなかっただけ」
ツバサの言葉に悠里は頬が引きつるのを感じた。
許婚。
散々聞いた言葉なのに、ツバサの口から聞くとまったく違う響きになる。
幸い、バレたことはない。
表情に出にくい体質に、初めて感謝することができた。
「女の子は紗雪ちゃんと小野寺?」
「それと私、ね」
紗雪とさくらの名前に悠里はザラザラとした感情が現れたのを感じた。
羨ましいのだろうか。初等部から一緒で、今もツバサと同じクラスのふたりが。
よく話しているのも見かけるし、保健室に紗雪が来たのも悠里はしっかり覚えていた。
ツバサは何も覚えてない様子で肩を竦めるだけだった。
「そのメンツで何を話すのか、気になるところだね」
「クラスでのツバサの恥ずかしい話でも聞こうかしら」
ツバサの言葉に悠里は軽く返した。
何を話すかなんて決まっていると悠里は思う。
女の子が集まれば恋の話になるものだし、シオン学園に通っている生徒には悠里と同じく許婚や婚約者がいる人間も多い。
理想と現実を天秤にかけ、自分にあった相手を見定めるのだ。
だが、ツバサにはそういった想像は難しいだろう。
「ちょ、止めてよ。紗雪ちゃんには投げられるとこばっか見られてるし、小野寺だって喜んで話しちゃうじゃん」
「そんなに恥ずかしいことある?」
「悠里はないかもだけど、わたしはあるの!」
悠里はツバサの恥ずかしそうな顔に首を傾げた。
投げられるのは稽古なんだから当然だし。
さくらが見ているツバサの恥ずかしい部分は、ぜひ知りっておきたい。
それはツバサのことで知らない事があるのを許せない自分がいるからで、つまりは独占欲なのだろう。
ツバサは悠里の興味を引いたことに気づいたようで、眉間にシワを寄せてため息を吐いた。
「もう女子部屋に突撃しようかな」
「男の子ひとりは居心地が悪いのではないかしら?」
「それでもさぁ」
下駄箱につき、悠里は一瞬ツバサと分かれる。
外靴を入れうち履きに履き替え、教室へと続く廊下へ進むと、ツバサはいつも教室側で待っていてくれた。
男の子の中じゃ恥ずかしがって並んで歩かない子も増えてるのに、ツバサは変わらず優しい。
また肩を並べて歩き始める。
「そっちこそ、幼馴染二人組と一緒じゃ、話すことないんじゃない?」
悠里の言葉にツバサは表情を暗くする。
「俊介は外に行きたがるだろうから、部屋にはほとんどいないと思う」
「大変ね」
体力のないツバサにとって、俊介に付き合うのは大変だろう。
龍之介のように、うまくいなせばいいのに。
悠里はそう思うが人の良いツバサにはそういう考えがないのだ。
だが、ツバサが次に顔を上げたとき、その顔は笑顔に切り替わっていた。
「バードウォッチングもできるっていうから、楽しみなんだ」
「ああ、言ってたわね」
ツバサが趣味と言っている数少ない娯楽だ。
最初に彼からもらったのも青い綺麗な鳥の置物だった。
カワセミ。もしかしたら、その鳥も見れたりするのだろうか。
「久しぶりに遠出できるなぁ」
ツバサの口元が緩んでいる。
ほぼ真横にある顔は見やすくて、笑顔がうつってしまう。
悠里はずっと疑問だったことを聞いてみる。
「鳥ってそんなにいるものなの?」
「町中でも結構いるよ」
パァッとツバサの顔が明るくなる。
どうやら本当に好きなようだ。この分では遠出しないだけで、かなりの回数を行っているのかもしれない。
この間見た綺麗な鳥について話し始めるツバサに悠里は相槌を打つしかできなかった。
「ふぅん」
「朝方が涼しいし、見やすいし、写真も撮れるから好き」
キラキラとした笑顔でツバサは笑う。
その顔はまるで女の子のような可愛らしさで、妙に胸がドキドキした。
そんなに無邪気な笑顔を向けられたのは久しぶりだったからかもしれない。
そっと胸元に手をあてて、悠里は呟いた。
「……私も行こうかしら」
「行く? いいよ」
反応は明らかだった。
ツバサにしては珍しい大きめの声で、肩と肩が触れた。
先に悠里の教室についたので立ち話の形になる。
隣をクラスメートたちが通りすぎ、ツバサと悠里にたまに視線が投げかけられる。
「スカートだと引っ掛けたりしやすいから、動きやすい服がいいよ」
「わかったわ」
何点か持って行く予定の服はあった。
ズボンも入れていたから、問題はないだろう。
悠里が素直に頷くとツバサはさらに頬を緩めた。
「悠里と一緒に行けるなんて楽しみー」
「ふふ、良かったわ」
久しぶりに見た幼い表情に悠里は頬を引き上げる。
こんなに喜んでくれるなら、もっと早くに連れていってと言えばよかったかしら。
悠里はポカポカした気持ちのまま、教室に入ることができた。
今日はツバサとたくさん話すことができた。
家の門から玄関までの間に今からすべきことを整理する。
そして、敷居を跨いだ。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
靴を脱いで揃える。中へ進む前に母親がすでに待ち構えていた。
背筋を伸ばして一礼。
調宮家では何より形式が大事とされていた。
感情は読み取れないやり取りも悠里にとっては慣れたものだ。
「悠里さん、別荘へ行く準備は整っているかしら」
「はい、できています」
「朝倉家の別荘なのだから、粗相のないように」
「はい」
海斗ーー朝倉家と許婚になったのも、曽祖父の約束と聞いている。
別に意見はなかった。調宮が朝倉と繋がれれば、家族も喜ぶ。それが一番良い。
そう思っていたのに。
「あと、ほかの男の子も来るということだけど、あなたは海斗さんの許婚なのだから注意しなさい」
「ただの同級生です」
母からの注意に悠里は目を瞬かせた。
まさか、そんな注意を受けるとは。
気まずさと不快感がごちゃ混ぜになる。
どちらかといえば無愛想な悠里に対する注意が今までは多かった。
「……ツバサくんも来るのでしょう?」
「ええ」
悠里はピクリと片眉を上げた。
わざわざ一人だけ名前を出す意味を感じないわけがない。
何より初等部の芸術祭があってから、ツバサは我が家の有名人なのだ。
「あなたたちは仲が良いから、誤解されないか心配だわ」
「ツバサには助けられているだけです」
悠里は助けてと言えたことがない。
だけれど、不思議とツバサは悠里が助けて欲しい時に手を差し伸べてくれる。
だから、つい甘えてしまう形になる。
母親はそれを見抜いているように視線を鋭くさせた。
「中等部なのだから、距離を考えなさい」
それだけを言って、部屋に戻っていく。
華道の稽古へ行く時間が近づいていた。
悠里は自分の部屋に戻ると鞄を机に下ろす。
「距離、ね」
どちらと、どのように距離をとれと言うのか。
手放したくない。そう言いそうになる自分を悠里は必死に押し留めた。
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