神の一声、そして災害の終わり
五日目の朝、二度目の配給が終わった頃、絶望はいよいよその全貌を現した。
あれだけあった食糧は底を尽き、残ったのは、最早使い道のないうまか棒だけである。
寮生は光を失い、太陽の元を屍のように彷徨い、あるはずのない食糧を求めた。パン、おにぎり、カップ麺。口から
腹が減った、腹が減った。誰か食い物をくれ。なんでもいい。この際砂糖でもいい。叫び出した腹の虫を満足させてくれ。誰でもいい。
彷徨いながら、人々は集った。
そして、祈った。
余ったうまか棒の山を積み上げ、うまか棒の山を神輿とし、禁足地へと赴いた。
自分たちの神を捧げ、祝詞をそこへ残していった。
『お菓子作ってください。なんでもします』
それが、禁足地――つまり、女子寮――に捧げられた、ささやかな祈りだった。
「なんじゃこりゃあああ!!」
教祖は叫ぶ。昨日の夜護ると決めた我らの神が、早くも生贄に捧げられている。その上、あろうことか禁忌を犯そうと言うのだ。舎監がいつ帰ってくるか分からないというのに、その行動はあまりにも危険すぎた。
教祖は走る。うまか棒を失いたくなかった。
頭取は走る。やっとここまで積み上げてきたのに。
運び屋は走る。それにしても、腹が減った。
Mは走った。
食堂へと。
「お前らズルいぞ! 俺もお菓子食いたい!」
そこに現れたのは、教祖でも、頭取でも、運び屋でもない、寮生のMだ。
男子高校生は、いつも腹ぺこだ。
その食欲は留まることを知らないし、お腹が空いて眠れないなんてしょっちゅうだ。
彼は、ずっと叫びたかった。お腹が空いた、甘いものが欲しいと。
彼はずっと叫びたかったのだ。
年相応に、不安を顕にしたかった。
日に日に大きくなっていく、餓えることへの不安など、皆で笑えば吹き飛ばしてしまえることを、本当は最初から知っていた。
「あのさ、俺、黒糖好きやねん! まだスーパーに置いてるんちゃうかな! そんでな、芋けんぴと、あと、かりん糖が食べたくて――」
食堂で、頭を下げて女子へお菓子のリクエスト。呆れた上で、仕方なく受け取る女神のような存在たち。
そうだ、何て馬鹿なことを。うまか棒を神だ何だと持て囃す前に、単に皆で手を取り合って行けば良かった。道が塞がれたあの日、取引を終わりにすれば良かった。
確かに出費は痛いけど、皆の笑顔を見れるなら、Mは最初から満足だったしその後をもっと上手くやれただろう。
「なぁ、男子なんかやつれてへん?」
女子の一人が言った。
「食うもん無くてさ……」
男子の一人がそう返した。
「え? うまか棒食べたらええやん」
男子たちはワッと驚きの声を上げ、女子達はまた呆れたように言う。
「男子アホか? しゃーないからウチらがなんか作ってあげるわ」
これが後世に語り継がれる男子アホか事変、その全てである。
先生は言われた。「おーなんや、皆集まっとんな! 良かった良かった」。先生は集まった生徒を見て、良しとされた。先生はまた言われた。「ほっておいて悪かったな。開通は明日や。皆家に帰って、親御さんに無事を伝えてくるように!」。そのようになった。
田舎は娯楽なく、むなしく、鹿が山の麓におり、干からびた蛙が水のおもてを覆っていた。
夕となり、また朝となった。
先生は「行ってこい」と言われた。すると道があった。神々が拓いた泥だらけの道を見たところ、それは、はなはだ良かった。
夕となり、また朝となった。
災害の終わりである――。
「よし、こんなもんでええかな」と誰かが言って、図書館で一人メガネを正す。
「おもろく仕上がった?」と、誰かが鼻の頭を搔いて言った。
「当然よ。俺を誰やと思ってんねん」
「うーん。成り上がりのアホ、かな?」
「クソが! 座布団一枚やるわ」
「そりゃどーも」
「まぁ、いつ道が崩れるか分からんし。残しといて損は無いと思う」
「そうかなぁ。そうやなぁ。反省文としては、結構ええかもな」
「反省……? なんのことや?」
「え、だってもうやらんって」
「ああ、それな」
朝が毎日来るのなら、夜もまた訪れる。
彼は不敵にニヤリと笑った。
「協力者もまぁ、あれやったし。何より食いもん使うのが良くないな」
運び屋Mのいい所は、諦めの悪いところである。
「次は、食えないやつを使うよ」
寮長報告:2011年9月号 04号 専用機 @PKsamurai
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