その棒は、新たなる神と成り得るか

 今後、運び屋Iとの取引を禁ずる。

 食堂でそう宣言したが、全ては手遅れだった。

 必死になって留められていた食糧は正しく平等に行き渡り、全ての男子が等しい飢えに襲われる。頭取と言えども例外ではなかった。


 大いなる飢餓が、彼らを襲った。


 通行止め、四日目の夜。

「くれェェエエエ……飯をくれぇえええ……!」

 悲痛な叫びが男子寮に木霊する。三度の食事で到底足りず、男たちは苦しみ彷徨う。その手にうまか棒を握りしめ、残った食糧を奪い合う。

 

 ビビりな頭取は布団を頭から被って震え、後生大事にうまか棒を抱える。これが無くなれば自分も破滅だ。とにかく棒。うまか棒があれば乗り越えられるはずだ。これ以上減らしてはならない。元手を減らすことがあっては計画が破綻する。

 Mは震えながら、自らの将来に思いを馳せた。


 きっと全てはうまく行く。計画通りだ。このまま棒を死守し、また自分が街に降りて棒を買い足せばいい――全ては順調だ。

 Mは誰もがうまか棒を大切に扱うと思っていたのだ。ある意味で、共に過ごした寮生を信じていた。

 この夜までは。


「お……お前! 何してんだ! 大事な棒を!」

「腹が減った! もう耐えられない!」


 事件は正に、食堂前の自販機で起こった。

 今まで一度も破られなかったうまか棒の封を破り、一人の生徒がその口に向かって突きつけている。

「ち、近寄るな! 来るんじゃない! この棒がどうなってもいいのか!」

 口に近付け、今にも食べそうな勢いだ。飢えた頭に、スナック菓子の香りは余りに刺激的だった。

 生徒は意識が朦朧としているのか、恨めしそうにうまか棒を見つめている。

「そこまでだ」

「頭取!」

「お前、自分のやってることの意味を分かってるのか?」

 脅迫犯はニヤリと微笑み、頭取に向かって捲し立てる。

「ああ分かってるよ! このクソッタレなスナック菓子が、俺たちを苦しめてるってことはな! どうせアンタはがっぽり持ってんだろ!? なのに俺たちを助けようともしない! 食糧を持っているのに売ってもくれない! 俺は腹が減ったんだよ! なんでもいいから食いたいんだ!」

「いや、晩飯からまだ一時間――」

「こまけぇこたぁいいんだよ!! とにかくありったけの棒を持ってこい! あとカップ麺! 出来ればごつ盛りがいい! 俺は焼きそばが好きだ!」

 あまりの空腹に頭までイっちまったか? 頭取はそう言って、呆れた様子で肩を竦めた。


 貧しいものは暴走する。かつての頭取が、うまか棒で成り上がろうとしたように。

「あの頃が、一番楽しかった、か――」

 息を吐ききってから、頭取は俯いた。深く息を吸う。


 彼は覚悟を決めた。


 いつもより数段低い声で、威厳を示すように語りかける。

「うまか棒を食ってどうなる?」

「は……?」

「それは、お前の大事な大事な財産だろう。ここでお前のようなテロリストに屈しては、他の者まで取引を行えなくなるんだよ」

「だから! こんなの間違ってる!」

「落ち着くんだ。いいか、深呼吸して。そして俺の声をよく聞くんだ」

 優しい頭取は今夜で終わりだ。

 Mは悲しそうに、頭のネジを一本緩めた。


「棒の声を聞け。彼らは決してお前を傷付けない。彼らはいつも傍にいらっしゃる。我々に利益をもたらし、共に災害を乗り越える力を授けてくださるのだよ」


「はぁ〜? 何言ってんだオメー」

「ひっ捕らえろ」

 かつての倉庫が、牢獄に変わった瞬間だった。

「意味あったんですかね、これ」

「もちろんだ。他の者は生き延びた。それが全てだ」

 寮内に立ち込めた暗雲が晴らすように、依然毅然とした態度のまま、彼は言った。


Pray to rod棒を崇めよ! 今こそうまか棒を護る時だ!」


 立てよ寮生、ジークうまか棒。

 決して手放すな。

 棒に祈りをPray to rod棒に希望をPray to rad


「うまか棒こそ我らの神! 破る者は異教徒だ! 軒並み牢屋にぶち込んでやれ!! サーチアンドデストロイ! サーチアンドデストロイだ!!」


 頭取はもう、寮生の良性を信じない。うまか棒を護るためなら手段を選ばないと決めた。

 運び屋から頭取へ。

 友との決別を経て、教祖へと。

 自らの未来を護るため、彼は上へと駆け上る。

 うまか棒は、最早ただのお菓子でも、通貨でも無くなった。

 今この瞬間、神としての成ったのである。

「Pray to rod! そうだ! Pray to rod!!」

 果たして望んだ姿か否か、それは神のみぞ知ることだ。神のみぞ、知っていればいい。他の誰も知らなくていいのだ。神へと変えた、本人すらも。


 有明寮は変わってしまった。

 取引は全面的に制限され、教祖監視の元、決まった場所で、決まった時間に、決まった儀式を伴って行われることになった。

 実質的な禁止。厳しい値段設定。

 四日目の夜に行われた集団取引は、戦後の配給によく似ていた。被災地には相応しいと言えるかもしれないが、彼らはまだ、年若い少年たちである。同い年のよく分からんメガネから下される決定は、今まで頼ってきたとは言え、正直めちゃめちゃ腹立たしいものだった。


 食糧は減っていく。補給の目処も未だない。

 一度晴れたはずの暗雲は東の空から再び立ち込め、男子寮を満たそうとしていた。

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