スナック菓子は、ただのお菓子なのか
「お前のパン、六棒で売ってくれ」
「あいよ。他に欲しいもんないか?」
「んや、今は大丈夫かな。カップ麺もまだあるし」
食堂でカップ麺をすすりながら、Mは学生同士のやり取りを見ていた。
自分が食べ終わるまでにもう五件。いくらなんでもハイペースすぎる。きっと他の場所でも、同じようにやり取りが行われているだろう。
通行止めが成されて二日。
食糧にはまだ少々の余裕があったが、時間の問題だった。
一日三食の食事はあれど、男子高校生の胃は底なしだ。間食には限度というものがない。頭取であるM自身も、今こうしてカップ麺を食べているのだから。
昼食から僅かに二時間。夕飯まではまだ時間がある。取引はもっと増えるだろう。紙幣の発行を急がなければなと、頭取はぼんやり考えていた。
ぼんやりと。
頭取は分かっていなかった。
うまか棒の数には、限りがあるということを。
「ふざけんな! なんだその法外な値段は! 足元見やがって気に食わねぇ!」
午後三時、おやつのゴールデンタイムに怒号が響いた。一人の生徒が胸ぐらを捕まれている。
「パン一個に五十棒だと!?」
掴まれている側はへらへらと笑っていた。分かってるじゃないかと煽るように言い放ち、余裕の表情で両手を挙げている。
「で? 払えるのか、払えないのか? 問題はそこだよな?」
「テメェ! これのどこが取引だ!?」
どちらが加害者か分からない。
棒を払えば手に入る。少々痛い出費だが、一週間なら生き残る分はまだあるはずだ。それに、食糧の分配も、皆に平等に行った。早々足りなくなることは無いはずだ。
「だから、言ってんだよ。お前はまだカップ麺があるじゃないか。おやつにそれでも食っとけばいい」
「舐めやがって! 俺のティータイムはシュークリームとフレンチトーストに濃いめのブラックコーヒーって決まってんだよ! フレンチトーストはお前しか持ってないだろうが!」
「それこそ分かってないな。俺しか持ってないなら、それに相応の値を付けるのは当たり前だろ?」
需要と供給。
求めるものとその希少性を、生徒たちは理解していた。相手が何を求めていて、それが後どれくらい残っているのか。頭取が管理するまでもなく、自分たちで共有もせず、相手の反応を見て知っていたのだ。
取引の平等性は崩れ始めた。
頭取はすぐさま二人を引き剥がす。こうなった理由をもっと深く知らねばならない。うまか棒を、ひいては有明寮の経済を司るものとしての責務があった。
「フレンチトースト! 寄越せよ! 俺のティータイムを返せェ!」
「バーカ! 泥水でも飲んでろ珈琲貴族が!」
「やめろ! これ以上煽るな!」
言っても聞かない二人をなんとか離そうとするが、やはり頭取一人では何ともならない。焦りもあったし、空腹もあった。ここで一緒になって怒鳴るわけにもいかないが、埒のあかない現状に苛立つ。
「まぁまぁ、お前はこっちで俺と話そうや」
メガネを正そうとした時、颯爽と、助っ人が現れた。
「Mはそっちな。お互い落ち着くまでちょっと離れとこか〜」
運び屋のIだ。
その細い体のどこにそんな馬力があるのか、もう一方へと生徒を引っ張っていく。
「上手いことやれよ」
そう言い残して、Iは別の部屋へ入っていった。
取り残された頭取は、ふぅと一息ついてから、自販機から缶コーヒーを二本買う。
「仕方ない。こちらもティータイムと行こう」
脅された生徒に、一本手渡した。
「初めはほんの冗談だったんです。他の仲間に、昨日より高めに吹っかけてみた。絶対交換出来ないと思っていたのに、今日は飛ぶように売れたんですよ。それで気付いたんです。食糧は確実に減ってきているし、交換するためなら多少は高くしても取引は成立するって」
食堂でコーヒーを飲みながら、生徒は言う。
「そしたら、アイツはフレンチトーストが好きだから、これならいけるんじゃないかって。多少法外な値段でも、俺のうまか棒はまだまだあるんだから、相手だってそうだろうし、取引はできるはずだって思ったんです」
頭取は缶コーヒーを開け。
「すると、相手はそんなに出せないと言ってきた……と?」
「はい」
一口飲んで。
甘ったるい考えだと思った。
食いたいのなら自分でどうにか手に入れるしかないと言うのに、相手はそれをしなかった。全く不思議な話だなと、頭取は言う。
「棒五十本は少しやりすぎだな。次からはちゃんと値引き交渉に応じるように」
棒が無いのだとしたら、諦めるしかない。
持たざる者は何も手に入れることが出来ないのだ。
缶コーヒーは徐々に苦味を帯びていく。残りを自室でゆったりと飲みながら、棒の総数と、誰に何本残っているのかを確認した。
確かに偏りはある。だが、それは仕方の無いことだ。台風が来る以前から、稼げるものは積極的に仕事を請け負って棒を、資産を増やしていただけの話。それに対して軽率な出費を行った者達が、そのしっぺ返しを食らっているだけだろう。
棒を持たぬ男は指を咥えて、食糧を見ていることしかできない。
当たり前のことだ。
自ら動かない者に利益は産み出せない。
かつての自分がそうだった。
Mはほくそ笑み、自分の立場に満足げな息を漏らした。
欲しいものは手に入った。準備は整ったのだ。後はこの災害を乗り越えるだけで、うまか棒を現金に変えることができるだろう。
夢の実現は近い。
「行ける。このまま、目標金額まで」
缶をぐいっと傾ける。一口残ったコーヒーは、砂糖水より甘かった。
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