第2話 (あん)ぽんのみち

「女の子の胸を大きくするには、どうしたらいいと思う?」



 ある日の放課後、1年A組の教室で士狼たちと一緒に麻雀マージャンたくを囲っていたクラスメイト、春風はるかぜ大地だいち少年が唐突にそんな事を言ってきた。


 士狼は同じく卓を囲っていた元気とアマゾンに視線をやり、3人同時に頷いた。



「「「揉め」」」




 瞬間、心、重ねていた。




「その話はよく聞くけどさ、本当に効果あるの? モテない男たちの希望というか、妄想とかじゃないの?」



 眉根を寄せていぶかしそうにそう口にする春風。


 確かに、その言い分にも一理ある。


 思わず春風の肩を持ちそうになった元気に、士狼が珍しく真面目な表情で口をひらいた。



「いや、あながち妄想でもないらしいぞ?」



 士狼は超一流の狙撃手がスコープ越しに獲物を捕らえる時のように、鋭い視線を春風に飛ばしながら、ハッキリとこう言った。



「とあるエロい――偉い学者が言うには、適度な刺激を与える事は発育を促す効果があるらしい。なぁ春風? いや、春風さんよ? オッパイを大きくしたい女の子が誰かは知らんが、俺が協力しようか?」

「待ってくれや相棒!? ワイも揉みたい!」

「ちょっと待て、春風? そんな話を聞きたがるという事は、胸を大きくしたい女の子が居るって事だよな? それはもしかして、お前の噂の美人の妹ちゃんか!? だとしたら、こいつらを亡き者にしてでもオレが!」




 3人は本当に近くの男共を皆殺しにせんばかりの殺気を体中から発散させ、お互いを牽制けんせいし始めた。


 このままでは麻雀そっちのけで本当に殺し合いに発展しかねないと思った春風は、慌てて「ち、違う、違う!」と声を発した。




「別に僕の妹が豊胸で悩んでいるとかじゃなくて、今なんとなく、ふと思ったから口にしただけで、深い意味はないよ」



 刹那せつな、士狼たちは烈火のごとく怒り出した。



「なんじゃそりゃ!? ふざけんな!?」

「期待させるだけさせておいて、なんて奴や!? ほんとに同じ人間か!?」

「純情な青少年の心を弄ぶなんて許せねぇ!? 罰として、お前の可愛い妹が1日履いたパンストを持ってこい!」

「「「もちろん気密パックした上でな!」」」



 まったく、男子高校生とはげに恐ろしい生き物である。


 勝手に誤解したあげく、ソレを優しく訂正したらブチギレられたうえ、仲直りの印として実妹のパンストを要求されるとは……。

 

 春風は思った。


『あぁ……こいつら、絶対にカノジョが出来ないだろうなぁ』と。



「そ、そんなに怒らないでよ? ちょっとした日常会話じゃん?」

「それもそうやな。悪いのぅ春風、怒ってしまって」

「オレとした事が、つい大神の本気に当てられちまったぜ」

「皆すま●こ。チャンスは逃さないたちゆえ、つい……な?」



 卑猥ひわいきわまりない謝罪をしながら、お茶目にペロ☆ と舌をだす士狼。


 可愛くない……。



「ちなみに、さっきの補足になるんだが、胸を大きくするには鶏肉なんかが効果的だぞ」

「鶏肉? 大豆やイソフラボンやのぅてか?」

「そりゃまた何でだよ、大神?」

「鶏肉に含まれる必須アミノ酸は女性のホルモンバランスを安定させ、バストアップに繋がるらしい」



 自信満々にそう応える士狼。


 傍から聞いていれば、実に理に叶った台詞に聞こえるが、発している人間が汚れを知らないサクランボーイである事を考慮すると、一気に胡散臭うさんくさくなってくるから不思議だ。



「まっ、アレだ春風。そんなに胸を大きくしたい方法が知りたいなら、おまえんところの巨乳の幼馴染に聞け」

「ソレって、マイちゃんのこと?」



 士狼の台詞に目を丸くする春風。


『マイちゃん』こと舞川麻衣まいかわまいは、春風大地の幼馴染で、士狼たちが所属するこの1年A組の学級委員長である。


 下ネタと下品な男がこの世で一番大っ嫌いな、クラス1の巨乳の女子生徒だ。



「む、無理だよ。そんな事を聞いたらマイちゃんに怒られるよ……」

「大丈夫だろ? だっておまえら付き合ってるんだろ?」

「……付き合ってないけど?」



 えっ!? と驚いた声をあげる士狼たち。


 そんな士狼たちのリアクションが理解できない春風は、目を丸くしながら3人を見返した。



「な、なに? その反応?」

「おいおい、春風よ? 家も隣で、毎朝起こしに来てくれて、両親が不在のときはご飯も作りに来てくれる幼馴染みがカノジョじゃないなんて、よく言えるな? 俺らに喧嘩を売ってんのか? あぁ?」

「べ、別に、喧嘩を売っているとかじゃなくて、幼馴染みなら普通の事でしょ、ソレ? 毎朝起こしにきてくれるのも、一緒に登下校するのも、夜、2人で勉強するのも、たまに一緒にお風呂に入るのも、幼馴染みなら普通のことで――」

「もういい。口を閉じろ、春風」



 士狼はゆっくりと息を吐き捨てると、隣に座っていたアマゾンへと視線をよこした。



「どう思う、アマゾン? 今の話を聞いて?」

「同志、大神よ。オレは1つ学んだよ。この胸に沸き起こるドス黒い圧倒的なまでの破壊衝動。ドライアイスよりも冷たく、マグマよりも熱い、この不愉快な感情……。なるほど、これが殺意か」

「あぁ、そうだアマゾン。それが殺意だ。この春風という男、俺たちが共有するべき感情を一切持ち持ち合わせていないどころか、シレッと女子おなごと半同棲していやがる。俺たちが喉から手が出るほど欲しいシチュエーションを、この男は……チッ。可愛い顔してヤルことがラブコメのテンプレ『なろう』主人公のソレだ」

「出て行きな、春風。この選ばれしハードボイルドしか入れない教室に、首輪付きワンちゃんの居場所はないぜ?」

「まぁまぁ! アマゾンも相棒も落ち着きぃや?」



 殺気立つ2人をなだめるようとする元気。


 そんな元気に、アマゾンと士狼が何故か食ってかかった。



「落ち着けって、猿野テメェ!? コレが落ち着けるか!?」

「そうだ! 春風の野郎、女の子と半分同棲しているんだぞ!? そんなのもう、夜は絶対に大運動会だろ!? 許しませんよ!? 高校1年生で大運動会だなんて、お母さん許しませんよ!?」

「誰目線なんや、相棒……?」



 勝手にエキサイトし始める士狼たちを前に、春風は今さらながら自分が2人の地雷を踏み抜いた事を悟った。。


 あぁ~? コレはもしかしなくても、勘違いされてるかな?


 春風は慎重に言葉を選びつつ、怒り狂う士狼たちに声をかけた。



「え~と……多分大神くん達は勘違いしているよ? 僕とマイちゃんはそんな関係じゃないよ。本当にただの幼馴染なんだ。ほら? 妹に欲情する兄なんていないでしょ?」

「俺の妹は画面の向こう側にしかいないんだよ!」



 ドンッ! と、麻雀卓を叩いて士狼が立ち上がった。



「コッチに居るのはクソみたいネトゲジャンキーの姉と、ゴミみたいな男の幼馴染しかいねぇんだよ!」

「どぅどぅ? 落ち着きぃや、相棒?」



 錯乱さくらんし始めた士狼を、ゴミみたい男の幼馴染がまた宥める。


 春風は思った。


 流石は新入生だというのに女子ゲリラ新聞部が発行している『器が小さい男子生徒ランキング』及び『世界が滅んでもコイツの子どもだけは生みたくないランキング』並びに『死んでもコイツの彼女にだけはなりたくないランキング』において2・3年生を差し置いてブッチギリの1位を獲得した期待の新人なだけある。


 言葉の節々から滲み出る小物臭が尋常じゃなかった。



「お待たせしました、大地くん!」



 ――ガラララッ!



 春風が「どうしたものかなぁ?」と人差し指で頬をポリポリかいていると、まるでタイミングを見計らっていたかのように、委員会が終わった舞川麻衣が教室のドアを開けた。



「あっ、マイちゃん。おかえり。そんなに待ってないから大丈夫だよ」

「本当ですか? 良かった――」



 と、急いで来たからか、肩で息をしていたマイが呼吸を整えようと教室内を見渡して……士狼と目が合った。


 士狼は先ほどまで発狂していた人間と同一人物とは思えないほど爽やかな笑みを顔に浮かべながら、「やっほー♪」とマイに手を振って、



「舞川ちゃんだ~♪ 委員会おつかれサマーッ!」

「ガルルルルルルルルッ!」




 全力で威嚇いかくされていた。




「ひぃぃぃぃぃっ!?」

「マイちゃん、ステイ!? ステイだよ、マイちゃん!?」

「ぐるるるるるるるるっ!」



 まるで狂犬のように士狼を威嚇するマイ。


 途端に士狼が捨てられた子犬のようにブルブルッ!? と震え始めた。



「すげぇ嫌われとるやないか、相棒?」

「一体ナニしたんだよ、大神?」

「わ、わかんない……」

「『分からない』だとぉ~?」



 カタギとは思えないドスの効いた声で士狼を睨むマイ。


 マイちゃんのこんな声、何気に初めて聞いたよ、僕……。


 と、1人静かにドン引きする春風。


 ほんとナニをしたのさ、大神くん?


 そんな春風たちの疑問に答えるように、マイが忌々し気に口をひらいた。



「喧嘩狼、キサマ……ワタシの大切な幼馴染みである大地くんにヤリ目ビッチを紹介するんじゃねぇ」

「ヤリ目……あぁっ! もしかして先週の合コンのこと!?」



 やっとマイがガルガルしている理由に得心がいったのか、ポンッ! と士狼が手を叩いた。


 そんな2人を尻目に、春風は必死に記憶の底を漁っていた。


 先週の合コンって……あぁっ!


 もしかしてアレかな?


 先週、人数合わせとして大神くんに誘われて参加したカラオケのことかな?


 そう言えば先週、そのことをマイちゃんに話したら、すごく不機嫌になってたっけ?


「合コン!? 聞いてないぞ大神!? 何故オレを誘わない、このカス!?」とわめくアマゾンを無視して、士狼が慌てた様子で口をひらいた。



「いやいや、誤解だよ舞川ちゃん!? 合コンに参加する女の子が全員お股のパッキンがユルユルな自動ドア系女子じゃないってば! ちゃんと貞操観念が倦怠期けんたいきの人妻並みの子もいるよ!」

「それガバガバのユルユルやないか、相棒?」

「それよりも!? 何故その素敵な集まりに『夜の得点王』『合コンの司令塔』と呼ばれているオレを呼ばない!? バカなのか、大神カス!?」



 保身に走ろうとするが、滲み出る残念さを隠すことが出来ず、ウジ虫を見るような目でマイに睨まれる士狼。


「なんてドM大歓喜の冷たい視線なんだ……俺がドMじゃないのが悔やまれるところだ」と、相変わらずワケの分からない事を口走る士狼が、何かを思いつたように戸惑う春風に声をかけてきた。



「春風からも何か言ってやってくれ! 合コンは別に『合体してずっこんバッコン♪』の略じゃないって!」

「でもこの間、連絡先を交換したD組の佐藤さんは彼氏が居たよ?」

「えっ!? 佐藤ちゃんカレピが居たの!? というか春風、佐藤ちゃんと連絡先交換したの!? 嘘でしょ!? 俺が狙ってたのに!?」



 ファ●ク!? と、頭を抱えて苦しみ始める士狼。


 ほんと子犬のようにコロコロと表情が変わるなぁ。


 毎日楽しそうだ。


 マイは『それ見たことか!』と言わんばかりに、士狼に侮蔑ぶべつの眼差しを向けながら、春風の手を取った。



「ほら、行きますよ大地くん? リーゼント頭をした男は全員漏れなくヤリチンなんですから、関わっちゃダメですよ? 存在そのものが卑猥です」

「クラスメイトから『歩く猥褻物』扱いされている件について……」

「いやいや、委員長? 大神はヤリチンじゃないぞ?」

「そうやで? 相棒は女というモノを母親と姉しか知らない、可哀そうな奴なんや」



 夕日が目にみたのか、目尻に涙の粒を浮かせる士狼。


 マイはそんな士狼たちを無視して、荷物と春風の手を取って、さっさと教室から出て行くのであった。

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高校時代、麻雀と遊戯王を合体させて遊んでいたのは僕だけじゃないハズ……

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