第1話 最終兵器な俺達

「どうした元気、頭なんか抱えて?『あの日』か? 始まったのか?」



 ナチュラルにデリカシーのない発言をしながら頭を抱える元気の席へとやって来たのは、教卓の前でクラスメイトである三橋みつはし倫太郎りんたろうと『女性の乳首の色について』かれこれ1時間以上激しく議論を交わしていた小学校時代からの腐れ縁である幼馴染み、大神士狼おおかみしろうであった。


 相変わらず帰宅部とは思えないガッシリした身体つきに、真っ赤なリーゼントが目に眩しい。




「いや、なに? ちょっと今後の人生設計について悩んどった所や」

「ふぅ~ん? あっ、そうだ! ついでだし、元気の意見も聞かせてくれよ!」

「……別にワイは女性の地区エリアBなんか見たことないから、力になれへんで?」

「あぁ、もうその話は終わったんだ。そんな事よりも日本国憲法第二十五条の『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』の話をしようぜ?」




 珍しく知的な話題を口にする士狼。


 腐っても進学校へ通っている生徒なだけあって、士狼はこういった議論が大好きなのだ。


 不真面目に見えるが、根っこの部分は真面目なのである。


 士狼は、どこまでもんだ曇りなきまなこで、




「俺達に彼女が居ないのはさ、日本国憲法的に重大な憲法違反だとは思わないか?」




 ――バカ・フルアクセルなことを口にした。




「……思わないが?」

「嘘だろ!? 元気、おまえ正気か!?」




 女性の乳首の色について1時間以上議論しているようなやからに正気を疑われるのは酷く心外だった。




「そもそも、何で彼女が居ない状態が憲法違反になるんや?」

「バッカ、おまえ!? それでも進学校へ通う学生か!?」




 今日の『お前が言うな』スレはここかな?


 士狼は呆れた瞳を浮かべる元気を無視して、日本国憲法の矛盾を口にし始めた。




「いいか? 我が日本国憲法が定める【最低限度の生活】とは、多くの国民が所持して当たり前のモノ……つまり一般的に普及しているモノを持つという事だ! そこで、もう1度考えてみて欲しい?」




 恋人、要するに『つがい』関係にある異性を有するのは、有機生命体として基本的な状態、つまり一般的に普及している状態であると考えられる。


 さらに言えば、精力を持て余すことは精神的・肉体的にも不健康であり、このまま放置すれば日本の犯罪率が跳ね上がることは容易に想像できよう。


 これらは前者の『健康で文化的な最低限度の生活を営み権利』に大きく違反している。


 それを踏まえた上で、第二十五条後半の『国は、すべての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』を見てみよう。


 そう、国は全ての生活面において、我々国民のクオリティ・オブ・ライフを上げる義務があるのだ!


 よって恋人は全ての国民にすべからく与えられるモノであり、国は我々に彼女を与える義務があるのだ!




「よって今の日本の在り方は重大な憲法違反であり、これは是正ぜせいしなければならない大きな問題である! それを踏まえた上で元気よ、このエロ本を見てくれ。おまえはどのを国から支給して欲しい?」

「相変わらず相棒は曇りなき眼でゲスい事を言うなぁ」




 もはや聞いていてホッとするレベルだ。


 ぜひとも彼には、このまま荒唐無稽な妄想を将来のヴィジョンだと信じ、己の夢に邁進まいしんして欲しい。




「相棒の言いたい事は分かった。けど、ええんか?」

「??? なにが?」




 元気の問いの意味が分かっていないのか、コテン? と小首を傾げる士狼。


 元気はそのあまりのプリティーさに小首だけ抱きしめてやろうかと思った。




「いや、相棒の論法やと明らかに50オーバーの圧倒的質量を持った名うての熟女マダムが支給される可能性もあるけど……本当にええんか?」

「ッ!?」




 瞬間、ようやく事の重大さに気づいたらしい士狼が、その筋肉質な身体を震わせた。




「そ、そうか!? お、俺はなんというミスを!? 日本国憲法第二十五条には……その年齢を定義する法が存在しない!?」

「そうや。つまり、必ずしもワイらと同じ10代の女の子が支給されるとは限らないワケや」




 仮に同じ10代の女の子だとしても、『100人切り余裕っすわぁ~♪』と言わんばかりの男性経験3ケタを誇る歩く性病の塊のようなコッテコテな百戦錬磨のヤリマンギャルを支給される可能性だってあるのだ。


 もちろん、年上美人の爆乳グラマーなお姉さんが支給される可能性だってある。


 だが、もし仮に、自分の親よりも年上な熟女マダムを支給されようモノなら……もう目も当てられない。


 士狼たちのような岡山県産箱入りチェリーボーイズには、あまりにも荷が重すぎる。


 士狼は憤怒に顔を歪め、この腐りきった日本社会を恨んだ。




「チクショウ!? ふざけやがって日本政府め! こちとら熟女趣味に目覚めるほどの英才教育を受けていない純粋な男子高校生なんだぞ!? 裏金を受け取る前に、法整備をしっかりするのが先だろうが!?」




 おねショタが大好きな士狼の唇から、悲しみの声が漏れる。


王蟲オームの怒りは大地の怒りじゃぁぁぁぁぁっっ!!』と言わんばかりに声を荒げる士狼の肩を、ポンッ! と何者かが優しく叩いた。




「落ち着け、大神。まったく、オレが居なかったら大変な事になっていたぞ?」

「アマゾン……」




 相棒の背後、そこには士狼と共に教卓の前で『女性の乳首の色について』1時間以上議論を交わしていた1年A組のクラスメイト、アマゾンこと三橋倫太郎が立っていた。


 アマゾンは「やれやれ」とでも言いたげに、軽く肩を揺すってみせると、




「おまえら、生活保護法第二章を思い出せ」

「生活保護法……? ――ッ!?」




 瞬間、士狼は「ハッ!?」とした表情になった。


 アマゾンはニヤッ♪ と笑みを深め、




「どうやら気が付いたようだな。そう生活保護法第二章『保護の原則』における第九条には、こう書かれている」




 ――保護は、要保護者の年齢別、性別、健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする。




「つまり、支給される女性は有効つ適切、我々の性の対象になる女性というワケだ!」 




 気がつくと士狼と元気は席を立ち、アマゾンと熱い抱擁ほうようを交わしていた。




「まったく、日本は最高だぜ! 今日ほど日本に生まれて良かったと思った日はないね!」

「完全に同意や! ワイらは法のもと平等や!」

「その通りだ、猿野! 熟女が好きなら熟女が、ロリが好きならロリが、日本政府によって支給されるぞ!」




 勝った。


 まず間違いなく、この瞬間、士狼たちは何らかに勝利した。


 日本の法律は俺達に女の子を与えてくれる。


 それも性癖ドストライクの最高の恋人を!


 今日ほど誇り高き日本の民であったことを感謝した日はなかった。




「よしっ! アマゾン、元気! さっそくどのを国から支給して欲しいか、みんなで議論しようぜ!」

「「了解!」」




 元気たちは士狼が持って来ていたエロ本を中心に円になると、将来支給されるであろう未来の恋人に想いを馳せた。


 そう、この時の彼らは気づいていなかったのだ。


 男の子に性癖ドストライクな女の子が支給される可能性があるという事は、女の子にもまったく同じ可能性があるという事を。


 完全無欠のパーフェクト熟女に士狼たちが支給される可能性がある事を。


 そんな事にも気づかずに、彼らは若さに任せて支給されるセクシー女優を吟味ぎんみし続けた。

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本作のイメージは男版『のんの●びより』です。

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