第二章 冒険の始まり

第14話 親の許可

 月日は経ち、俺は遂に十二歳になった。これ即ち、冒険者登録が出来るということだ。いわずもがな、四年経った今もノエルの『転生者ごっこ』は健在だ。


「ノエル、やっぱ言わないとダメ?」


「もちろんですわ。両親の許可が下りないことには先に進めませんわ」


「うう……」


 晴れて十二歳の誕生日を迎えた俺は、先程貴族を集めて大々的に祝われたばかりだ。父の後継として勉学に励みなさいと、何人もの人に言われたばかりだ。


 それなのに今俺は両親に言おうとしている。『勇者になってくる』と。


 トントントン。


「わ、ノエル、心の準備が」


 ノエルが父の書斎をノックした。部屋からは父の声が聞こえてきた。


「既に十分ほど扉の前に立っていますわ。心の準備は万全ですわ。お父様、失礼致します」


 俺に有無を言わせずノエルは部屋へと入っていった。父は書き物をしており、その近くには母の姿もあった。


「ノエル、オリヴァーも、先程は疲れたな。だが、今後は社交場にも顔を出すことが多くなるだろう。徐々に慣れていきなさい」


「はい……」


「どうしたの? 元気ないわね」


 俺はノエルをチラリと見ると、力強く頷かれた。


「いや、えっと……実はお話したいことがありまして……」


「改まってどうしちゃったの?」


「はッ! オリヴァー、まさかお前……好きな子が出来たのか?」


「え、そうなの? どこの御令嬢? 早速交流の場を設けましょう」


 父と母が勘違いしていると、ノエルが言った。


「お兄様に好きな方はいらっしゃいますが、まだ報告出来る段階ではありませんの」


「どういう意味だ?」


「その話はおいおい致しますわ。今回は別の件でお父様とお母様に承諾を得たく伺いましたの」


「承諾?」


 父と母は不思議そうな顔をして俺を見た。


 引き返すなら今だ。今ならまだ引き返せる。だが、引き返したらノエルが悲しむ。俺は最後までノエルのごっこ遊びに付き合うと決めたのだ。両親とノエルを交互に見て、俺は決めた。


「父上、母上、俺は……」


 一呼吸置いてから俺は意を決して続きを言った。


「俺は勇者になろうと思います!」


 父と母は呆気に取られて声が出ないでいる。


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。きっと馬鹿にされる。母なんてこの後激怒するに違いない。


 暫しの沈黙の後、父と母は顔を見合わせて困った顔をした。


「噂は本当だったのか」


「噂……ですか?」


「あなたが剣術を習いに行ったり魔法をジェラルドと一緒に習い初めたから、どうしたのかしらって思ってたのよ。そうしたらアルベール伯爵が言ってたのよ『勇者を目指すとは素晴らしい息子さんだ』って」


 アルベール伯爵といえば、エドワードとカリーヌの父だ。そこから既に情報が漏れていたのか。


「貴族が勇者など馬鹿げている」


「ですよね……」


 そうだ。俺は別に勇者を目指しているわけではない。ノエルの優しいお兄様でありたいから、ごっこ遊びに付き合っているだけ。だから、ここで承諾を得られなければ逆に好都合だ。


 ノエルは残念がるだろうが、ノエルの俺自身に対する好感度は下がらずにすむ。そう思ったのも束の間、父は優しく微笑んで言った。


「だが、お前は弱音も吐かずに厳しい特訓にも耐えている。それを見て、オリヴァーの意見も尊重しようと思った」


「え……」


「私もよ。オリヴァーは、小さい頃から我儘一つ言わない子だったから手もかからなかったわ。でもそれが反対に不安でもあったの」


「それは、つまり……」


「勇者になってこい!」


「……」


「やったー!」


 俺ではなくノエルが手放しに喜んだ。


「お兄様、良かったですわね! 頑張った甲斐がありますわね!」


「ただし」


 父の声に再びその場が静まり返った。


「勇者をするのも学園が始まるまでだ。学園が始まればしっかり勉学に励み、この家を継いでもらう。良いな?」


「はい」


 こうして俺は両親の承諾を得て、無事に期限付きの勇者の道を歩むこととなった。


◇◇◇◇


「勇者かぁ、勇者……勇敢な者、勇気ある者。はぁ……」


 自室へ戻るために歩いていると、一気に後悔が押し寄せてきた。そんな俺の気持ちを知らないノエルは笑顔で言った。


「お兄様、おめでとうございます! わたくしからプレゼントがありますの」


「プレゼント?」


「こちらですわ」


 ノエルの部屋に通された俺は唖然とした。そこには、勇者が着るであろう衣装や武装具が用意されていた。


「これ何?」


 分かってはいるが聞いてみた。


「格好良いでしょう? 勇者と言えばドラク……某ゲームのキャラクターの衣装を真似て作りましたの。あいにく主人公はピンク髪ではありませんが、きっと似合うはずですわ」


「やっぱ俺、主人公じゃないんじゃない? ノエルも言ってたじゃん。男主人公のピンク髪は少ないって」


「いいえ、光魔法が使えるのがこの世界でたったの三人。しかも、魔力量がチート級。さらにはジェラルド様、エリク殿下に続いてエドワード様までを虜にしているたらしっぷり。これは正に主人公ですわ。主人公と言わずして何と仰るのですか」


 何を言っているのかさっぱり分からない。ノエルはこの先大丈夫なのだろうか。勉強もそんなに得意じゃないみたいだし、魔力量も俺とは反対にとても少ない。


 俺も人のことは言えないが、ノエルの友人は少ない。変わり者だからか今も友人はカリーヌだけだ。ただ、陰口を叩かれても、その図太い神経のおかげで気にも留めていないようだけれど。


 万が一にも嫁ぎ先が見つからないようなことがあれば、俺が生涯支えよう。


「とにかく学園が始まるまでは勇者頑張れば良いんだろ」


「はい! 楽しみですわね」

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