Turn the Lights OFF

ミケ

ー明かりを絶やせば、「奴」が来るー

これは僕、桐沢波瑠(きりさわ はる)が見た、奇妙な『何か』の話。


僕は高校2年生。

特に何の取り柄もない人間で、小学校の時は友達が多かった記憶があるけど、今その人気ぶりは見る影なくもなく3人の小学校からの親友たち以外とはほとんど喋らない。


学校での1日はごく普通。電車で登校して、無駄に急な坂を登って、無駄に長い階段を上がって息を荒げつつ教室に入る。面白くない先生の授業は寝たりボーっとしたり、しっかり聞かなきゃテストで点が取れない授業は真面目に聞く、休み時間は友達と話をして潰す、という感じだ。おそらく他の何人かの人たちもそう日々を過ごしているだろう。



しかしこの日はいつもと違った。


確かに7限の授業が終わるまでは普通の1日だった。全校朝礼で渋々グラウンドに出て、校長の全く頭に入ってこない話、進路指導部の大学云々といった話、生活指導部の服装云々の話。それを聞いた(聞き流した)後は眠い授業の連続。幸い今日は寝なかったがかなり疲れた。だが嬉しいことがあった。その日は放課後に例の友人3人とカラオケに行こうという予定だったのだ。


「は、お前居残りあんのかよー、じゃあ今日はやめとくか」


親友組4人の中で唯一の運動部、というか部活生である爽やかイケメン、藤田悠斗(ふじた ゆうと)が、他の2人を連れてまだ帰る用意もせず机に向かっている僕のところへ来てそう言ってきた。


「いや、それは悪いから先行ってて。後から行くから。」


僕はそう答えた。

この後にあんなことが起こると知る由もないこの時は、居残りでやらされる数学の課題を速攻で終わらせて3人に追いつこうと考えていた。


「まじで?じゃあそうする。てかなんか元気なくね?」


クラス一の馬鹿で通っている、身長が低い古井宗(ふるい しゅう)が言った。成績は万年ワースト5を争っている。


「おいおいやめろよ、そりゃあ牧浦が来なくなったからに決まってんだろ?」


悠斗が茶化すようにそう言った。


牧浦心音(まきうら ここね)は同じクラスにいる生徒会長で、実は僕は彼女に恋をしていた。単純に可愛いからというのもあるが、賢くて明るくて、どんな人にも(僕にも)優しく振る舞う彼女の性格も好きだった。それに好きな音楽が一緒だった。それについて彼女と喋ったことはないのだが。彼女は超人気者で、いつも取り巻きがいる。男も女も誰もがいっぱい寄ってきていて、近づくことはできない。

まあとにかく、彼女は僕の手の届かないところにいて、僕は哀れにも彼女に片思いをしているということだ。


「てかまじあの人が休んでんの初めて見たかも。しかももう3ヶ月くらい?」


と、宗。


「1ヶ月だよバカ。波瑠が片想いしてんの気付いて気分悪くなったんだろ。てかそれ時間かかりそうじゃね?」


眼鏡がトレードマークの水木颯太がそ言って机の上に開かれたノートを指差して言う。

正直遠くから見ると宗と見分けがつかない。


「一瞬で終わらすから。大丈夫。おい、そんなこと言うなよ傷つくなぁ。それより宗は、どうなんだよ?山田と、」


僕は、教室の前側のドアでうちのクラスの生徒2人と話している三つ編みの女子を顎で刺した。山田優佳(やまだ ゆうか)も生徒会の役員の1人で、この藤田悠斗と僕らより長い、幼稚園からの付き合いだそうで、聞くところによるとその頃ははよくお互いの家に行ったりしていたとか。


宗は顔を赤らめて違う方を向く。


「別に、好きじゃないよ。ただの幼馴染だって。もういいから先行くわ。」


こうして3人は後ろの扉から出て先にカラオケに行った(これは勿論校則違反ではあるが)。


残された僕はというと、速攻で課題を終わらせる気でいたが、颯太の指摘通りやはり量が多い。少なくとも1時間はかかりそうだ。


「はぁー」


ため息と共にシャーペンを手に取った。



1人、また1人と居残り課題を終わらせたクラスメイトたちは去っていく。そして課題をやり始めた4時半からちょうど1時間半ほど過ぎた頃、外は暗くなって、僕は遂に教室で孤独になってしまった。

だがしかし、課題が終わるのももう少し。余計に気合が入った。

深呼吸してもう一度取りかかろうとした時、襲ってきたのは尿意。


「仕方ない」


そう言って後ろのドアから教室を出てトイレに向かった。教室のドアは開け放して。



そして数分後、トイレで用を足し、手を洗っている時だった。


ばっ。


突然真っ暗になった。停電だ。

廊下も教室も全て真っ暗になっていた。窓から見える学校の外の様子はいつもと変わらないようだ。しかし、丸ごと学校が停電しているようなので流石に驚いた。


「マジ?!!」


少しワクワクする節がないわけではなかったが、3人を待たせているので面倒なことが起こったことに対しての苛立ちが大きかった。


僕は、このまま暗くてもスマホのライトで照らせば課題はできると思って教室に戻った。

自分のクラスの教室に帰る時に他のクラスを覗いてみたがこの北棟4階の居残りはもう僕だけらしい。


と、そう思いながら歩いていると、自分の教室の中から、変な匂いがした。鉄のような、血のような匂いだ。今までなかった。


突然、『怖い』と思った。そしてまた少しのワクワク感が戻ってきた。

教室に何があるのか、怖いもの見たさの好奇心が僕を歩かせて、教室の後ろのドアへと恐る恐る近づいていった。


真っ暗。特に何も変わらない。後ろのドアを開けて中に入るも、特に変わった様子はなかった。ドアノブが触った感じ濡れていて少し驚いたがよく考えれば自分が手を洗って拭いていないためだろうとこの時は思った。

スマホのライトを点灯させてあたりを照らす。

カーテンは閉まったままで、ノートと問題集は開いたままだ。トイレに行く前と何も変わっていない。


廊下側と窓側のうちの自分の席、窓側の1番後ろに座る。廊下側の前後にあるドアについている窓は停電のせいで廊下が真っ暗になっていたためただの黒い板のように見えた。

シャーペンを持って筆箱にスマホを、明かりがノートと問題集を照らすように上手く調整して置いた。しかしすぐにバランスを崩して筆箱ごと床に落ちた。


「ちょっと!」


独り言をごちて机の下に潜って筆箱とライトがついたままのスマホを拾う。

そしてライトが手の角度で自分の横の机を照らした時、僕は奇妙なものを発見した。


『help run』


矛盾した英単語2語が書かれている。

びくつくほどに驚いたが、よく考えてみると隣の席はオカルトオタクの無口な変人、阿藤海(あとう かい)の席だ。

やはりこいつは変な奴だ。と、思いながら気を取り直して課題に取り掛かろうとしたが明らかにおかしいことに気づいた。それはさっきまでこの文字について全く気づかなかったのがおかしいというだけではない。

色だ。

赤色。

血の色だ。


僕は再び恐怖が頭を支配するのを感じた。

恐ろしい。絶対におかしい、今までこの文字がなかったとしたら、僕がトイレに行って戻ってくるまでにこの業はなされた。


誰が血を流した?


そして時間が経ったためか、スマホライトが消えた。


「え、ちょ、」


スマホをつけようとしたのに再び落としてしまう。

急いで明かりをつけようとしているのに。真っ暗、もう何も見えないほどの『闇』。


そして床に液晶と反対向きで落ちたスマホを拾おうと腰をかがめたその瞬間、


『何か』を感じた。


動けなくなった。


『何か』がいる。人か、虫か、『何か』が自分のすぐ近くにいることを感じた。足音も息遣いも感じない。だが『何か』がいる。

かがんで下を向いていた顔と体の体勢を、ゆっくりと、カタツムリより遅く上げていく。



確実に『何か』はこちらのすぐ前、おそらく20センチほどの距離にいた。明らかにおかしい。なぜなら真っ暗で、落ちているスマホも自分の腕すらも見えないほど暗いのに、その『何か』の、人とも、動物とも、岩とも取れる姿は見えているのだ。


怖くて、怖くて、動くことができなかった。こいつに近づいてはいけない気がした。

そして『何か』は急に、鳥が羽を広げるように大きくなった。


喰われるーー。


そう感じた。実際に『これ』が自分を食おうとしているのか、そもそもこれが生物なのかについては全くわからなかったが、この時は直感が、自分の中の本能がそう認識したのだと思う。


恐怖ですくんだ足を動かせず、一か八か賭けて逃げることさえできなかった。

心臓が飛び出るほど拍動している。


ばっ。


「あぁぁーーーっ!!!!」


明かりが戻った。

何もなかったかのように全てが戻っていた。『何か』も消えていた。


血の文字以外は。


「help」


誰かが助けを求めているのだろうか。

文字は走り書きで繋がっていた。恐らくとても短い時間で書くため、ひらがなでも漢字でもなく最も画数の少ない英語を選んだのだろうか、と勝手に推測した。

しかし恐怖が消えず、ここから出たいと思った。


まずは自分の命だ、と自分に言って聞かせて、心臓の鼓動止まぬまま課題をやるのをやめて、すぐに3人のいるカラオケへ向かった。

校門では担任と会い(彼曰くここ最近たまに10分前後の停電が起こっているらしい)、足早に駅まで向かって電車で2駅、悠斗の最寄りの駅前のカラオケボックスに入った。



「いや、どうせ阿藤がまた変なことしてるだけだろ。あいつマジでヤバいからな?なんだっけあれ、『マー』じゃなくて『モー』でもなくて、」


宗は右手で頭をノックするような仕草をする。


「『ムー』だろ。それに重要なのはそんなんじゃあない、確かに見た!あれは確かに『生き物』のように動いた・・・!でも、あぁーーー、言葉じゃ滑稽に聞こえるな・・・!!!」


「波瑠がトイレ行ってる隙に、阿藤が教室に入って自分の血で書いたってことは十分あり得るぞ。」


颯太が加えた。


「だからそっちより『あいつ』の方を、」


僕はそう言って阿藤犯人説を否定しようとしたが、皆は疑ってやまない。


「あいつ前は教室の窓全部にダンボール貼ったりしてたらしい。単純にやばい奴だろ。」


と、颯太。


「前野にピューマについて語って本気でキモがられてたよな、」


「バカお前それは動物だよ、UMAだろ?」


悠斗が宗にツッコんだ。前野恵梨香(まえの えりか)はクラスメイトの1人だ。


そして、悠斗が口を開け、阿藤変人伝の語り合いを終わらせた。


「なぁ、これはいっちょ聞いてみるしかねえんじゃないか?ご本人様に。」



その夜、僕はベッドに入ってからもあまり眠れなかった。

夜食を食べる時、歯磨きをした時、風呂に入る時ですら『help run』の文字が頭から離れなかった。


なんであの時逃げたんだ・・・誰かが自分を頼りにしていたかもしれないのに、僕はそれを無視した。


クズ野郎だ・・・なんて自分に言い訳した?


「まずは自分の命」


僕はうつ伏せになって枕を3回ほど思い切り殴った。

自分が許せなかった。





翌日。

朝、僕が座って今日の授業の用意云々をしている時に彼が登校してきた。


チラ見から伺えた彼のリュックの中には例の『ムー』やその他怪しげな本があった。


「・・・なぁ」


僕は恐る恐る阿藤に話しかけた。


「え」


黒縁の眼鏡をかけている阿藤は、驚いたようにこっちを見た。


「え」


僕は思っていたのと違う反応に少し驚いた。無視されるかと思ったのに。


「お前が喋りかけてくるって、珍し」


できれば喋りかけたくなんかないと思いつつも、


「まぁ。聞きたいことがあるから。」


と答えた。


「へぇ。で?」


普段喋らないからわからないが意外といい声だ。


「いやあのさ、昨日、その、昨日何時まで学校いた?」


阿藤は腕時計を見つめながら、


「んーーー7時くらいまでだな。」


「どこにいた?」


「そりゃあ、いろいろ。」


怪しさが上がってきた。


「具体的に?」


「えー、グラウンド、中庭、自習室、とか。」


「・・・教室には?」


阿藤は少し間をおいて答えた。


「教室?きてないけど・・・」


その『間』がいっそう僕の彼に対する疑いを強める。今度は彼が僕に尋ねる。


「なんでそんなこと聞く?」


「いや、なんでも。」


僕は一旦話を終わらそうと思ったが、阿藤は続ける。


「いや、なんかあるんだろ?だってお前に話しかけることなんて滅多にないからな。ほら言ってみろよ。何か悪いことか?」


僕はそう言われるので仕方なく昨日の文字の話をすることにした。


「・・・昨日机に赤ペンとかで、落書きはした?」


僕も彼のことを疑っていたが、今度は彼も僕が何を聞き出そうとしているのか不思議がっているようだった。


「・・・いいや・・・?」


沈黙が流れた。そして阿藤が再び質問した。


「お前は何時までいた?停電の時は?」


「え、あぁいたけど。」


阿藤はこちらにぐんと顔を近づけて、囁くように小声で言った。


「落書きを見たのは、その間か・・・?」


鳥肌が体中で立つのを感じた。恐怖、驚愕、なんと言い表すべきかわからない感情だった。

この男は知っているのか・・・?何かを?


「まぁ。」


僕はあたかもなんのことかわからないような白々しい態度で答えた。


「・・・見たのか・・・?」


「え?」






放課後、僕は部活でいない悠斗以外の、宗、颯太とそして阿藤と、普段使われていない同じ北棟4階の端にある教室で話していた。


「お前らさぁ、俺たちのすぐ近くに『見えない何か』がいる。って言ったら信じるか?」


阿藤が物語を読むように『見えない何か』、と言う部分を強調して言った。


「あーもう付き合いきれんわ。帰るな。」


颯太は出て行こうとするが、僕が椅子に座ったまま颯太の腕を掴んで引き戻す。


「だってよく聞く話だろ?『未確認生物』とか『ポルターガイスト』だとか言った類の。いるんだったら証明してくれよな。」


颯太は呆れたように言ったが阿藤は真剣な顔でこう言った。


「なぁ、じゃあ逆にさ、そういうものが『存在しない』ことを証明できるか?」


「存在することを証明する方が簡単だろう?もし『存在する』ならの話だけどな」


颯太は頭は切れるがこういう類のことは頑固なほどに信じない。


「あぁいいさすぐに見せてやるよ、今日の夜にでも!『奴』を見たらいい!何も知らないくせに!」


阿藤が立ち上がって剣幕を上げていったが、言い終えた後は「失礼」と言ってまた座った。


全員が黙ってしまった。颯太はむすっとした顔で、いかにも不満げだ。


「なぁ、とにかく聞いてくれよ。俺も阿藤の話が聞きたい。」


僕は2人にそう言った。全員が阿藤に向き直る。



「いいか。これは突拍子もなく聞こえるが信じろ。真実なんだ。

話は1年前に遡る。俺のカスの父親は、小さい頃から俺があいつの言うことに逆らうとよく一晩地下室に閉じ込めた。である日だ。高1の夏休みの時、それまであかりをつけて寝てたのにその日は電池が切れて消えてしまった。地下室だから真っ暗だ。本当に暗い、一切の光のない闇、だ。何も見えない。

で俺は『奴』を見た。

真っ暗で、視界がなくなったみたいに何も見えないのに、確かに何かが動いていた。闇より黒い色の、『何か』だった。

その『何か』は俺を食おうとしたみたいに襲ってきた!怖くて焦って、後ろに机があったのを忘れて思いっきり倒してしまったんだ。怪物は人型のようにも感じたし、蜘蛛のような感じともとれた。そいつは俺の上に乗ってきた。その時よだれのようなものが床に垂れてきたんだ。そしたら床の板の、その垂れた部分がなくなったように消えたんだ。

流石に死を覚悟した。でも音に気づいた親父がきて俺は一命を取り留めたわけだ。その後またぶたれたがな。」


「ほぉ」


と宗がバカみたいな声を出した。恐らく、半分も理解していないという顔だ。


「その日から俺は、『そういうこと』についていろいろ調べた。あり得ないものがあり得たから、皆が嘘と言うことも嘘かどうかはわからないって思い始めた。高校生活中『あいつ』について本とかサイトとか、とにかく漁りまくったんだ。でしばらく暗いとこは嫌いだったんだが今学期になってもう一回全部を真っ暗にすることにした。1ヶ月くらい前のことだ。前はよだれを口から出したから液体で色をつけてやろうとペンキを用意した。

例の地下室でこもって、明かりを消した。

出てきたんだ。

すぐに『何か』に黄色いペンキをかけてやった。すると驚くべきことに、そいつは地面に『散らばった』んだ。まるで溶けたみたいに。すぐに明かりをつけると、そいつは影と同化していた。でもペンキのおかげで動きがわかった。液状の『何か』は影を伝って動いていった。そしてドアの隙間から部屋の外へ滲み出た。夜だから部屋の外も真っ暗で、窓からあかりがあるから『奴』の闇より黒い色は見えなかったが、ペンキのおかげで後を追えた。『何か』は家を出、そして向かった先は俺の家からすぐ近くの『ここ』だった。でもそこで見失った。マンホールに染み込んでいって地下に消えたからだ。

それ以来奴を探すために毎日ここで閉門時間の夜の8時まで毎日、実に1ヶ月間『奴』を待ち伏せている。」


「1ヶ月?!」


僕は驚いた。1ヶ月も奴に会うために8時まで学校に残るなんて自分なら絶対にやらないと思ったからだ。


「待て待て待て待て。まだある。なぜ1ヶ月間奴を追い続けるか?最も恐ろしい部分だ。

それはただ俺が新しい生物を『発見』したって事実が欲しいわけではない。俺は何度か、友達と『奴』探しに挑んだ。俺に友達がいることを疑ってるのか水木?

まあいたんだよ。でも、あの日・・・」


阿藤は急に俯いた。


「あの日・・・」


阿藤は遠くを見つめる目で窓の方を見た。


「消えた。」


再びシーンと教室は静まった。それとは対照的に外からは他の生徒たちのはしゃぐ声が聞こえた。


「・・・なぜ?」


僕が沈黙を破る。


「わからない。全くわからない・・・ずっと探し続けてるけど・・・俺のせいなのに・・・俺のことをわかってくれたのはあいつだけだった・・・」


阿藤は泣き出しそうな声になって頭を抱えた。だがすぐに頭を上げて僕の方を向いた。そして希望を見出す声で言った。


「だが昨日、この桐沢波瑠が『鍵』を見つけた。だな?」


「は?鍵なんてどこで拾ったんだよ?」


宗だ。重たい空気を読まないが本人はいたって真剣なようだ。


「例えだよ。昨日のあの話だよ。」


「あぁー、」


「その血の文字は、もしかしたら、俺の友達の血かもしれない。もしかしたら、どこかにいるのかもしれない。そう思うんだ。」


また沈黙が訪れた。


「そうかぁ・・・」


宗は顎に手を当てて考え事をするような格好で呟いた。

僕はもう心を決めていた。


「『あいつ』に会う。もう一回。でも今度はお前と一緒に。」


立ち上がって、阿藤に向かって言った。


「うわ、なんか、嬉しいわ。終わったらピザ食いに行こうぜ」


阿藤も立ち上がる。

颯太は廊下側の壁に寄りかかっていたが3人がいる教室の真ん中前方まで来て拳を突き出す。阿藤と僕は笑ってそれぞれ颯太の拳に拳を当てる。


「まだお前のこと信じたわけじゃないけどな。親友がやる気だからだ。8時までだぞ?」


僕の横に座ったままだった宗も立って拳を突き出す。


「嘘だったらお前のことピザって呼ぶからな。」


宗が、阿藤の方を見ながらそう言った。




7時半。


藤田悠斗はサッカー部の練習時間を終えて、泥だらけのユニホームを脱いで顔を洗っていた。顔を上げて校舎の方を覗くと、4階の廊下を歩くお馴染みの3人と、例のオカルトオタクも見えた。どう話しがついたのかわからないが、とにかく早く4人の元へ向かおうとユニホームを袋にしまってリュックに入れて、同じくグランドの前の屋根の下で寝転がったり着替えたりしている他の部員たちにバイバイと言って出て行こうとする。


「藤田、あいつら遂に阿藤と付き合い始めてるんだぜ?近寄らないほうがいい。」


部長の大木田が悠斗の背中に向かって話しかけた。


「まぁな。あいつらもとうとうおかしくなったと思うけど、俺がいないともっとやばいことなるから。」


「そうか」


変な空気になってしまったので、悠斗は後は何も言わず走って北棟に向かって行った。


4人が見えた北棟の入り口に向かって中庭を走ってていると、全速力で右側から走ってくる『何か』と豪快に衝突してしまった。


「わぁっ、あぁ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!てか悠斗か!」


それは『何か』ではなく『誰か』で、悠斗とは幼稚園、小学校、中学、そして高校と同じの幼馴染、山田優佳だった。

悠斗をクッションに転倒の痛みを防いだ優佳はすぐ立ち上がって五回ほど頭を下げた。

いやテンプレすぎだろ。と、後に波瑠は言った。


悠斗は、


「別にいいよ、そんな。てか急いでるんだったら早く行ったほうが?」


と返す。


「何かわかんないけど、走るんだったら専門分野だし手伝おうか?」


と加えた。


「え、じゃあお願いしていい?」


と優佳は言った。


「これをあと5分以内にまさをのとこに持って行かないとな訳なんよね。」


「まさをって、東棟の職員室?おっけ。」


悠斗は急いで走って東棟へと向かって行った。優佳も後を追った。






僕たちは教室を離れて阿藤について廊下を歩いていた。


「最近停電が起こってたのは俺のせいだ。」


「は?!」


阿藤がそういうと他の3人は口を揃えてそう言った。


「いやぁ、前は違う方法で『真っ暗』にしてたけど面倒くさくなってな。電気系統のスイッチを切るだけだから楽なのよ。まあ作業員の人がすぐ来て戻しちまうがな。いつかバレて指導になりそうだ。」


阿藤は階段の途中にある扉(『電力室』と書かれており僕が入ったことはもちろんない)に、あたりに自分達以外誰もいないことを確認して入った。

小さい部屋にはよくわからない配線とスイッチが膨大に並んでいたが、阿藤はプロのようにあっという間にカチカチ音を鳴らしていった。


「いいか。言っておくが、あいつはいつどこに現れるかわからないし、現れる時と現れない時があるし、戦う術は全くない。覚悟はいいか?」


「オレはできてる」と宗、「おう」と颯太。

僕も覚悟を決めた。今度は助けなければならない。まだ時間は残されているだろうか。


阿藤は1番大きな拳サイズのレバーを下げた。


ばんっ。


「来たか。」


宗が息巻いて腕をまくる。


「いいか、俺はここで電気の見張りだ。『奴』を見つけて、襲われそうになったらすぐ電話だ。絶対あいつらを見つけてくれよな。」


4人は頷き合って散らばっていった。



停電になった学校には恐らく生徒は自習に残ってる高三生は5階にいて、他の学生の自習室は同じく北棟5階。第一職員室は北棟の3階。第二職員室は東棟の4階。この時間までやっている部活は恐らく野球部、サッカー部、大会を控えたテニス部くらいだろう。他の生徒たちはさっき歩いて廊下を回った感じでは大方帰ったはずだ。

よって僕たちが先生などに見つかって無駄な時間を費やさず行動できるのは東棟地下1〜地上3階、北棟1階と2階、そしてここ4階と、6階である。


手分けして捜索しているので宗は東棟(東棟は北棟の面積の半分ほどなので1人で行けると本人が言った)、颯太は北棟1・2階、そして僕が残りだ。


捜索するのは勿論『奴』ではなく『跡』。阿藤の友達が昨日僕に見せたような血の文字などだ。



僕はまず、自分の教室へ向かった。昨日と同じことが起こるかもしれないと思った。


教室の前に来た。血の匂いもない。


中を覗いても、特に何もない。「はぁー、」とため息をつく。






東棟。


「あ。また停電だ。」


悠斗は波瑠の話を思い出していた。まさを(浜野正雄という名数学教師のことなのだが)のいる第2職員室に行くため東棟の階段を登っている途中だった。現在2階。提出締め切りまで残り2分


「まじさ、最近毎日なってるよね?」


と優佳。


「な」


そう話しながら階段を上がっていく2人だが、すぐに止まった。


「なんか音しない?下から。」


悠斗がそう言うので優佳は階段の下に耳を傾けてみる。


「・・・確かに。水出しっぱなしとかだったらやばいね?」


優佳は階段を降りていく。


「止めに行く?」


優佳はそう聞かれたので5秒考えて、階段の上を指しながら


「後ちょっとだけ上がるだけだし私出しとくから止めてきてくれる?」


と言った。


「正直しゃべってただけだから俺いらなかったよね?」


優佳はニコッと笑って、


「そうかも」


と言って上がって行った。


悠斗は下へと降りていく。


1階のトイレは異常なし。続けて地下に降りた。地下室は光が届かず停電していて真っ暗なのでスマホライトを点灯した。


音が大きくなっていった。やはり地下1階のトイレだろう。

そう思って地下に行くと、悠斗は絶句した。


階段を出て左手にあるトイレから水が床に流れ出ていたのだ。

さらに奥を照らすと水を含んだ靴跡のようなものがさらに左の廊下へ続いているのも見出した。

悠斗は怖くなって戻ろうとしたが、好奇心もまた、悠斗を反対側に引っ張ろうとする。


恐る恐る左に曲がり、進んでいく。


足跡は続いている。そして三つある教室のうち、1番奥の教室に入ったような跡になっていた。

ビクビクしながらもドアノブを触る。

すぐに手を引っ込めた。濡れていたからだ、ノブと手を照らしてみるとさらに気味悪くなった。


血だ。匂いもする。


耐えきれずに悠斗は振り返って帰って行こうとした。すると突然ライトが消えた。視界は全くの黒になった。


「くそっ、充電!」


充電切れだ。ここまで昨晩充電せずに寝たことを後悔したことはなかった。

だがもう帰るだけ、怖すぎてこんなところにはいられない。優佳といればよかった、と後悔を重ねつつスマホから目を上げた。




目を疑った。




目の前には、『何か』がいたのだ。


全てを思い出した。波瑠の話だ。ほとんど信じていなかったが、信じざるをえなくなった。


目の前にいるのだから。





同じ頃、宗は東館3階にいた。あるものを発見したのだ。


それは階段を登ってすぐにある壁に血文字で書かれたいた。


「liquid 」


波瑠の時とは違い、今度は小文字だがはっきりとわかるように、そう書いてあるのだ。


「りくいど」


宗にはこの文字列が意味することが全く理解できなかった。

まさしく未知。

未確認。

顔をしかめながら右手で頭をノックする仕草をしてもそれは変わらなかった。

しかし血で書かれたこの文字は、間違いなく例の波瑠の見た血文字と関係しているだろうと思い、LINEの即席の捜索班グループに英文字そのまま送信した。仕事を無事こなせたことに安堵してスマホの画面に反射する自分に向かってニコッと笑った途端、下から大きな悲鳴が聞こえて飛び上がった。





悠斗は廊下の行き止まりに立ち、階段に戻るには『何か』を通る必要があった。

『何か』は人のようにも、蜘蛛のようにも、岩のようにも感じられた。

そして大きいのか小さいのかすらもわからなかった。


だが次に、『何か』が口を大きく開いたように感じたのは分かった。


「うわぁぁぁーーーっ!!」


悠斗は叫んでスマホを怪物のような『何か』に向かって投げたが、うまく投げられず向こうに行ってしまった。


「あぁーっ!うあぁぁーーっ!!」


必死の叫びでポケットに入っていた財布を投げるのも失敗した。床に落ちて小銭などが叩きつけられる音が響いく。


イヤホンは怪物の口めがけて一直線に飛んだ。

が、飲み込んだのだろうか、消えた。


もう何も残されていない。壁に追い詰められ教室のドアさえ手が届かないだろう。


(頼むから電気戻ってくれ!)


そう祈るしかなかった。虚しく。


怪物は悠斗を包むように闇より暗い、マントのような口のようなものを閉じていった。


「優佳ぁーーーーっ!」


悠斗は叫んだ。後悔がさらに大量に流れてきた。死を覚悟した時、走馬灯が流れると言うが、それは本当らしい。自分の場合は後悔の記憶だが。


視界が眩しくなり、目を瞑った。あぁ、天国に来れたか。

だが違った。

目を再び開けると、依然として廊下だった。だが目の前には、こちらに向かってスマホの画面を照らした優佳がいた。


「大丈夫?」


悠斗は汗だく、息は切れて、そこらじゅうにスマホや小銭が散らばっていたので優佳はびっくりして言った。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


悠斗はとても喋れないと言うふうだった。


「なんであっちあんな濡れてるの?」


優佳は不思議そうにこちらを見つめる。


「とにかく、はぁ、はぁ・・・上ろう・・・はぁ、はぁ、ありがと、」


悠斗は階段の方を指差して言った。優佳は落ちている小銭やらを拾っていた。

悠斗は優佳の右手の、スマホライトではなく、ただホーム画面を明るくしただけのスマホをみる。


「なぁ、そのスマホ、充電は?」


「え、17パーぐらいだっけ」


スマホは停電力モードになっていた。

つまり、短時間で、


スリープした。


再び黒い怪物が悠斗と優佳を挟んだ場所、さっきと同じ場所に現れた。


「きゃぁぁぁぁーーーーーっ!!!」


優佳は驚いて腰を抜かし、スマホを落としてしまった。


「明かりをつけて!!早く!!!なんでも!!」


悠斗は再び怪物に食べられそうになっていた。さっきと同じ体勢だ。


優佳は落ちたスマホを探すが、何せ暗すぎてわからない。

やっと拾ったと思えばそれは充電切れの悠斗のものだった。

優佳は焦って周りを探り続けるも、小銭の音ばかりが鳴った。

だが一か八かの案を思いついた。


「頼む・・・!」


優佳は怪物に向かってスマホの画面を突き出した。


ピカ!っと、スマホの起動画面、『オレンジ社』のロゴマークである果物のオレンジが表示された。怪物は少し怯んで小さくなったように感じた。


「こっちへ!」


優佳が悠斗に向かって手を差し伸べてこちらへくるよう促す。

悠斗は力を振り絞って怪物をジャンプで飛び越えた。


そして優佳の手に引かれながら全速力で階段へと逃げた。


後ろから怪物が、これまた全速力で追ってきているのを感じた。

スマホは当然充電がないので再びシャットダウンしてしまった。


階段のすぐ前まで来た。なのに怪物は、まるで床から現れたようにポッと悠斗達の眼前に現れた。


「ウソだろ、」


2人は引き返して、またさっきまで追い詰められていた方へ逃げた。


「あそこの教室、多分空いてる!」


優佳は後ろを走る悠斗の言葉に従って1番奥の教室の扉を開ける、怪物も中に入れて前の扉から出て今度こそ階段へ戻る作戦のはずだった。


「そんな!」


怪物は教室内に入ってきた。しかし、前の扉は鍵がかかっていた。

今度は2人とも追い詰められた。スマホはもう起動しなかった。


「何だよぉお、もおおお、またかよぉおぉぉおおおお!!!」


悠斗は再び絶望の声を上げた。2人は抱き合って死を覚悟した。

悠斗の走馬灯が再び流れる間もなかった。



ばっ。



波瑠の時と同じく、再び、再びすべてがなかったかのように、廊下の明かりが戻り、教室に差し込むと、怪物は消えた。


2人は抱き合ったまま横向きに倒れて、そして離れて2人とも手を広げて大の字になった。

疲労感を形容する必要もないだろう。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


「はぁ、はぁ、はぁ、そういえばさ、」


優佳が息も絶え絶えなのに話し出した。


「昔はよく悠斗ん家でかくれんぼしたよね、はぁ、はぁ」


「したわ、ハハハ。はぁ、はぁ、」


「急に思い出しちゃった。ハハ、」


悠斗の方にも、優佳の方にも聞きたいことが星の数ほどあったが、今はただ、生きていることに感謝した。


2人はお互いの顔を見つめあう。







話は僕へと戻る。停電して7分ほどが経ち、4階、6階の捜索は異常なしに終わっていた。


『北4、6異常なし』


とLINEで阿藤と宗と颯太のいるグループに送る。


『北1、2異常なし』


『電力室邪魔なし』


それぞれ報告が来た。残るは宗が捜索中の東棟だ。

しかし、それから2分ほどさらに経ったが、なかなか連絡がこない。

予定では捜索を5分〜7分で済まして連絡を行うはずだ。充電が切れた?忘れている?


『うそやばい』


阿藤だ。


『先生来た』


『俺逃げるから停電終わる』


『さっきの教室で』


と僕が送信する。


既読2。恐らく阿藤と颯太だろう。ここまでくると宗の様子が気になる。何かあったのだろうか?


『liquid』


やっと宗が連絡をよこした。

既読が3になった。

だが唐突に送られてきたliquidに何の意味があるのだろか。




ばっ。


消えていた廊下の電気がついた。






「宗が戻ってこない。」


北棟4階。さっき4人で話していた部屋だ。宗以外の3人が集まっている。


「東棟に行こう」


僕が早速向かおうとするが、


「待て待て待て待ていっ!」


阿藤が走って教室から出て行こうとする僕を止めた。


「襲われてるかも!」


「よく考えろ。電気は戻ってる。それにliquidが気になる。昨日の文字を覚えてるか?」


僕が答える。後悔を思い出した。


「あぁ、英語だった。つまり新しいメッセージだってか?」


「あぁ。」


颯太が2人を見て言った。


「あぁー、そういうこと?」


「何を?」


阿藤が訝しげに聞く。


「馬鹿げてるな、ハハハ。」


颯太は苦笑するようにそう言った。


「早く言えよ!」


僕も半分苛立ちながら言った。


「つまりあのバカの宗の遺言めいたメッセージとお前の身の上話が万が一にで間違ってないとしよう。『奴』と『血文字』についてある仮説を立てたーー」






宗は悲鳴のした地下階まで降りて行った。するとまず水浸しのトイレを見つけた。廊下じゅうに明かりがついていたのであまり恐怖はなかったが、次に聞こえた机同士のぶつかるようなガタンっ、と言う音にびっくりした。恐る恐る音のする方へ進んだ。


1番奥の教室まで来た。唯一あかりのついている教室の中から不規則に、ガタン、ガタ、と音がしてくる。


後ろの扉のノブに触った。濡れていた。

フウー、と深呼吸して思い切ってばん!と扉を開けた。


中で宗は恐ろしいものを発見してしまった。


「おい!」


壁にもたれて今にもキスをしていた、あるいはしようとしていたほど距離の近い悠斗と山田優佳がいた。2人はびっくりして離れる。


「ノックぐらいしろ!!」


悠斗が怒って宗を睨む。


「やっぱりそういう関係じゃねぇかよォ!」


悠斗は視線を落として、


「これは・・・まぁ、お化け屋敷みたいな、あれだよ」


優佳は悠斗を見て笑った。


「いつからここがお化け屋敷に?」


宗がまた変な解釈をした。


「ちげーよ・・・波瑠の言ってた『奴』に襲われたんだ。」


悠斗が答えた。


「は・・・?!まじ?!」




僕たち3人は『liquid』の場所に来た。


確かに、壁に大きく血文字で書かれていた。


僕はペンキの缶を持っていた。


「あくまで仮説だ。馬鹿げてる。俺も自分でやってて恥ずかしいよ。」


颯太が阿藤に向かって言った。


僕はペンキの缶を地面に置いた。


しばらく待ってみる。スマホの時計を見た。


「え、もうあと5分で8時なんだけど。」


「まじかぁ・・・」


阿藤はおでこに手をやって苦い顔をした。


「また明日かよぉ、」


颯太もため息をつく。だが僕の覚悟は決まっていた。



「・・・いや、残ろう。泊まりだ。」


「本気で言ってるの?親がどれだけ心配するか分かーー」


「それはそうだけど、血だよ?血を流してまで僕たちに助けを求めてる。阿藤の親友かもしれないんだろう?時間が残されてないかもしれない。僕はやる!」


俯いて後悔の念を語った。


「昨日は助けての文字があったのに、テキトーな言い訳で逃げた。ただのクソだ。だから友達少ないんだなって思ったよ。だから今回は逃げない。助けよう!」


颯太と阿藤もしばらくしてから腹を括ったように言った。


「だな。友達が死にそうなのに逃げようとしてた。俺もクソだ。」


「親友がそう言うなら茶番でも付き合うよ。親への言い訳は後で考えるから。」




ポタ。


全員がペンキ缶の方を向いた。黄色いペンキの塊のようなものが宙に浮いていた。そこからポタポタと落ちている。


「まじか・・・」


颯太は口をあんぐり開けて呆然とした。

急いで周りを見て、何かで吊るしてないのか確認するも、わからなかったようだ。


ペンキの塊は動いて地面についた。そしてゆっくりと文字を描いた。


「あ」


「日本語だ!」


と僕。


「お前は牧浦なのか?!」


阿藤がペンキの塊にむかって言った。


「牧浦?!」


僕は驚いた。


「牧浦って、牧浦心音?!」


「ほんとか?!」


颯太もペンキが宙に浮いておることより驚いている様子だ。


「ん、どうしたんだ?」


阿藤はなぜ驚いているのだろうという様子だ。


ペンキは動いてまた床に文字を描いた。


「そう」



「牧浦さん、だったのか・・・」


僕は急に心臓が速くなるのを感じた。不登校になったと思われていた生徒会長は、実は透明になって『あいつ』に追われていた、ということになった。


突然足音が聞こえた。じゃらじゃらという音と共に上の階から階段で降りてきている。


「なんだ、誰なんだ?!」


阿藤が小声で叫ぶ。


「とにかく隠れよう、トイレだ!牧浦さんも連れて!」


僕も小声で叫ぶ。


「どうやって?!」


颯太は両手を広げてそういう。


「牧浦さん、そのペンキの缶に腕を突っ込める?」


僕の提案に阿藤と颯太は眉を釣り上げるが、すぐに理解した。


牧浦は恐らくペンキ缶に手を突っ込んだのだろう。缶から黄色のペンキが溢れ出て、中から『手』の形をしたものが出てきた。何とも奇妙な光景であった。


「捕まって!」


僕は牧浦の手を引いて忍び足で男子トイレの個室に隠れた。他の2人も後に続く。1つの個室にぎゅうぎゅう詰め状態だった。


音が近くなった。

カチッ。

廊下の電気が消えた。守衛だった。


この階は階段から見て左奥がコンピューター教室となっており、守衛は恐らくその前で止まった。


「また開けっぱなしか」


とぼやく声が聞こえてきた。

音による推測だが、守衛はPC教室の中扉を開けて中に入って行った。

3人と『手』は個室から出て、忍足で下の階へとおりていった。



3人と『手』は地下まで逃げてきた。すぐに守衛は階段へ戻ってきたらしく、遠くから音が聞こえた。


「ここももう来る!馬鹿だろ外に出れば良かったものを!」


颯太が焦りながら言う。


「そこまで頭回らないよ!」


僕は『手』と手を繋いだままそう言った。


「あの教室だ、いつも後ろの鍵が壊れてるから入れる!」


阿藤は奥の教室を指して言った。


「俺は電気を消す!」


3人と『手』は1番奥の部屋へと走った。





「マジか・・・怖すぎだろ・・・」


宗は話を聞くだけで耐えられないと言うふうに腕を組んで身震いして腕をさすった。

宗と悠斗と優佳は前側の扉の方で順に壁に3人並んで座っていた。


宗はスマホをみた


「いけね、あいつらに連絡するの思いっきり忘れてたわ!」


「え、もう8時なんだけど」


3人は速く帰らないとというふうに立ち上がって部屋を出て行こうとした。


宗が扉を開けようとするとーーー


ドンっ!


「いっったぁーーーーっ!」


宗の鼻に思い切り突然開いたドアがぶつかった。


「わぁーーーーっ!!」


ドアを開けた主も驚いた。


「びくっったぁー、颯太かよ。」


教室に颯太、そして僕が入った。


「隠れろ隠れろ!守衛が来るから、」


颯太が宗を押して前側の扉まで行く。


「何なんだよ、帰らなきゃ!何持ってんだよそれ?!」


悠斗は僕が左手に持っている黄色い『手』を指して言った。


「だめだ!牧浦を助けるんだっ!」


僕はそ言って悠斗と優佳を押す。


「牧浦って、ココちゃん?!どこ?!」


カチッと電気を消す音がした。

颯太と僕はすでにスマホライトを点灯させていた。

そして阿藤が入ってきた。


「こっちだ、こっちだ!」


「しーーーーっ!静かに。」


阿藤は手で感謝の意を示しながら言った。彼もスマホライトを点灯させている。

ライトが外から見えないように、だが消えないように慎重に扱う。


守衛の足音が聞こえて、しばらくして。廊下の電気が消えた。守衛の足音も離れていった。


「ふうぅーーーーーっ、」


阿藤が安堵のため息をつく。




「ライトを真ん中へ。」


僕は着ていたカッターシャツを脱いで(暑かったし)スマホの画面が傷つかないように地面に置いてクッションがわりにした。3人がスマホを画面と反対向きで置く。




皆が体勢を変えてスマホを囲った。


前側のドアにもたれて阿藤、颯太、宗が並んで床に座り、椅子に座らず椅子にもたれて床に座っている悠斗と優佳。教壇に腰を落ち着けているのが僕だ。僕の横には宙に浮いた手があった。


「でその『手』が牧浦ってことなのか。『手』は今は見えてるけど、時間が経てばペンキが乾いて固体になるから見えないと。」


「本当にココちゃんなんだ・・・」


優佳は不憫そうな声で言った。

牧浦はまだ乾いていないペンキの『指』で床に何か書こうとしたが僕は乾くのが早まることを危惧して止めた。


「ダメ!乾いたらまた見えなくなるから。」


優佳の方を見て続けた。


「牧浦さんだよ。マジだよ、大マジ。」


「つまり透明人間になった牧浦は、モノとかヒトは触れなくて液体だけがオッケーって感じだったのかぁ。りくいどって液体って意味だったのか・・・」


「『リクィッド』な」


宗が勝手に納得しているのに対して颯太が訂正した。

阿藤が口を開く。


「助ける方法を考えてた。」


皆が注目する。


「これは全部突拍子のない話なんだが、まぁ今まで起こったこと全部そうだが。『奴』は闇よりも黒い黒、『ブラックホール』だ。ブラックホールは光がその中心から出られないほどの重力のために真っ黒なんだろ?」


皆の反応は薄い。颯太だけが頷いていた。


「まぁとにかくだ。『奴』は何らかの方法で一切体から光を出さない、ブラックホールなんだ。そして俺の考えが正しいと仮定すると、牧浦はあいつに食われてーこれも何でそうなのかわからないがーそれで体の光の『屈折率』を変えられて、俺たちには目視できなくなった。どうだ」


皆の反応は薄い。颯太は考え込む体勢をとった。


「つまり屈折率を戻せばいいってことなのか」


僕は考えてから言った。


「まぁ、そうなるな」


阿藤が不満げに言った。


「そんなのどうやって?」


「・・・さぁ?・・・」


みんなが黙っていると、牧浦の『手』が動き出した。


「あいつにたべられたと思ったけど とおりぬけただけだった 水にもぐったみたいにぬれた 気づいたらとうめいに」


描いていくうちにペンキが乾いていき、人差し指がとうとう見えなくなってしまったが、中指を人差し指につけるとかろうじてまた見えた。

『手』は続けて動いた。


「とうめいになったらあいつの姿がよく見えた それになんどもまたおそってこようとした こわかった」



考えにふけこんでいた颯太が全てが繋がったように口を開いた。


「あぁ・・・ずっと仮定続きでおかしい話だが分かったぞ・・・!恐らく奴の『唾液』や『消化液』といったたぐいの『体液』を服靴含め体全体にかけられたんだ・・・それが乾いて、完璧に光を屈折させて俺たちに見えないようになったんだ!!それなら阿藤の家の地下室の件も合点がいく。」


「あーーー」


何人かはひとまず合点した。悠斗と宗は首を傾げているが。


「つまりだな、服についた汚れを落とすのと同じ。洗い流せばいいんだ。」


「でもその理論でいくと触れないのは何で何だ?」


僕がツッこんだ。


「わからないが、とにかく奴の体液の影響なんだろう。颯太の理論を考慮して、恐らく一定以下の屈折率のものしか触れることができない、とか。なぜ地面に立ってられるんだってなるがな。」


阿藤は考えるがお手上げというふうに手を広げて言った。颯太はスマホライトで照らされている黒板の上の時計を見た。現在9時。


「まあとにかく物は試しだ。トイレに行こう。」




一向は教室から出て、それぞれスマホを持って(充電がない悠斗は優佳の後ろについて)トイレに着いた。だが、問題があった。ペンキが乾いてまた牧浦が見えなくなってきているのだ。


「ペンキとってくるわ、」


と阿藤と宗、颯太の3人は3階へと向かった。


悠斗と優佳と僕と牧浦は待機した。


「聞くけど、今から牧浦の身体中に水で溶かした薄いペンキをかけて見えるようにして、ゴシゴシ吹いていくんだよな?そしたらスクラッチみたいに牧浦の身体も見えてくるってこと?」


「まあそうなるよね」


悠斗の質問に優佳が答えた。


「クレイジーだな」


2人がおしゃべりを始めたので僕も牧浦に話しかけてみることにした。


「あの時逃げちゃってごめんなさい・・・」


僕は牧浦に頭を下げて謝った。


「みつけてくれて ありがと」


牧浦は小指でトイレの横の壁にそう書いた。僕は赤くなったが、


「牧浦さん、そんな無駄に使わない方が」


と言った。

牧浦は聞かずに(かどうかわからないが)薬指で続けた。


「ここねでいいよ」


僕は心臓がドキドキするのを感じた。ここ2日は恐怖で鼓動が早くなることばかりだったが、これは違う。


「ここね。いい名前だよね。」


『手』が親指を上げてサムズアップの形を作った。


悠斗と優佳は2人を愛おしそうに眺めて、見つめあってお互いににっこり笑った。




3階では3人がペンキのあったはずの場所の周りを囲んで頭を抱えていた。


「確かにここに置きっぱなしだったはずなんだがなぁ。」


阿藤が頭を掻いた。


「また美術室に行くのか。」


宗はそんなのダメだと大きく首を振った。


「いやいや遠すぎるだろ?!北棟の6階まで行くのか?!」


阿藤は少し考えて、


「いや、確か体育館倉庫にあった気がする・・・な」


颯太は手を広げてやれやれという顔をする


「体育館ならまだ近いが本当か?」


「俺も前見た気がする、倉庫に缶が積み上がってた」


宗も思い出したように言った。


「なら急いで行こう決まりだ」





「ということだ。」


阿藤らは一旦4人の元へ戻って状況を説明した。


「守衛め面倒くさいことをするなぁ・・・」


悠斗がため息をついた。


「でもまあそう遠いわけじゃないし行くか。」


「みんなで?」


僕が阿藤に向かって訊ねた。

阿藤は『手』を見てしばらく考えたあと、


「お前は残った方がいい。牧浦を見といてくれ。」


「俺は行くよ、」


と悠斗。


「じゃあ私も」


優佳も名乗りをあげた。


「生徒会の活動で倉庫の掃除したから場所わかるし。」


「なら俺は残ろう。スマホの充電がいちばん高いのは俺だろう?」


颯太はそう言った。


「決まりだな。なら行こう。」


阿藤は悠斗、優佳、宗を引き連れて階段を上がっていった。


「GOOD LUCK!」


宗が残り組に向かって笑顔で言った。


「それ言うのはどっちかというと僕らだと思うけど、」




体育館組一行は1階へ。

1階の廊下は他のと同じく窓が並んでいるが、すぐ外に木があるので他より暗く感じた。


「お前ら今充電は?」


阿藤が一堂に聞く。


「0」と悠斗。

「13」と優佳。

「42パーだな」と宗。


阿藤は不安そうな顔をした。


「山田はライト切ってろ。まだ使うかもしれない。俺と古井がライトをつけておこう。」


一度外に出てすぐ左手に曲がる。ホワイトボードやダンボールなどが積んであるスペースに突き当たりまた左に曲がって、地下にある体育館へと続く違う階段に来た。階段を下りて

卓球部の靴棚がある踊り場を通って体育館の扉の前へ来た。


「中はここより暗そうだなぁ」


扉を開けようとするが、閉まっていた。


「扉のことを忘れていたッ!」


しまった!と言うふうに阿藤が頭を抱える。


「すまないみんな」


だがしかし優佳はものともしなかった。


優佳は髪につけてあったピン留めをとって髪を解いた。


「何するんだ?」


宗は不思議そうに優佳の様子を伺った。

優佳はしゃがみ込んで床の近くにある鍵穴を見る。

手を上に上げて明かりを貸してとアピールした。阿藤がスマホを渡すと優佳は鍵穴を照らしながらピン留めをこねくり回して鍵穴に入れてガチャガチャ動かした。


ガチャン

鍵は見事に開いた。


「マジか・・・!」


悠斗は驚いて言った。


「おまえ泥棒なんだな」


宗が恐ろしげに呟いた。優佳は意味ありげに眉を釣り上げ笑った。


「バックパックにもっと入れてるんだけど今日は家に置いてきたんだよね。」


優佳はそう言いながら体育館の扉を開けた。


「マジかよ!」


と宗が口パクで言った。


体育館は運のいいことに、地下だが地上の光を取り入れるための大きな窓が壁の両脇にあったので、『奴』の心配はないだろうと皆安堵した。

4人は固まって歩いた。



「扉がいくつかあるけど?」


宗が反対側の壁の方を照らしながら聞く。


「右の方だったと思う」


優佳が言った。


宗はダッシュで入り口と反対側にある壁についている2つの扉のうち、右側についた。


「鍵しまってるなぁ」


優佳たちもダッシュで来て、先のピン留めを使って再び鍵を開けた。


「すげぇ」


悠斗は惚れ込んだように言った。実際そうだが。


鉄の扉の中には筋トレ用具のようなものやバレーボールが入っている籠などがあり、奥に積まれたペンキ缶があった。


「あった」


宗が散乱した器具や諸々をそっと跨ぎながら、ペンキ缶を一つとった。また黄色だが。

だが戻ろうとすると、足が何かに引っかかっていることに気づいた。


「あれ、」


「どうした?」


扉の外から阿藤が顔を覗かせて言った。


「引っかかった。足が。」


宗は強引に足を抜こうと跳ねたりするが、抜けない。


「とりあえずこれ、」


腕を伸ばしてペンキ缶を1つ阿藤に渡した。


すると、


ガタン!


と音がした。

皆驚いて音のした宗のいる部屋のさらに奥を、顔を覗かせて見た。


「なんだ?」


悠斗が聞く。


「わからない。俺じゃないぞ?」


宗は徐々に焦ってきている。


「早く行こう、」


と阿藤は宗を急かすが足が抜けない。

思い切り引っ張ってみた。

靴も同時に脱げてしまったが、なんとか足をひっこぬけた。


ライトで照らしながら下に転がっていた鉄の棒の間に挟まった靴を拾い上げると、再び奥からカラカラカラン、と音がした。

そして奥から鉄の棒が転がってきた。


「おい、なんなんだ?俺じゃないぞ・・・?待て、」


宗は部屋の奥を照らした。開いたままの黒のペンキ缶があった。その奥の床にポツポツと黒ペンキが垂れていた。


優佳が、


「早く!帰ろ!!」


と言ったとき、宗の肩に、何かが垂れた。

黒いペンキだ。


「急げ、」


阿藤が唾を呑んでゆっくりと言った。

宗は恐怖で動けなくなった。


「急いで、走れ、」


「早く・・・!」


ペンキが、流れるように、恐怖で立ちすくんでいる宗の、スマホを持つ手に垂れてきた。


ライトがペンキによって消えた。


巨大な蜘蛛のような『何か』が宗のすぐ前に立っていた。

宗の顔より上の位置にある顔のようなものについていた黒いペンキが、宗に垂れていたのだ。


阿藤が急いで中に向かってライトを当てた。


怪物は怯んだように体勢を後ろに下げて狭い部屋の1番奥まで後退した。


「来いッ!宗!!」


悠斗は勇敢にも中に入り、立ちすくんでいる宗の腕を引いて部屋の外に出した。

阿藤はまだ怪物に光を当てている。

怪物は段々小さくなっていっていた。


「いいぞ!倒せるかも!!」


だが怪物は突然、ドバァーっと溶けたように床に散らばり、ライトの当たらない影の方へ素早く流れていった。黒いペンキが動いているため、怪物の行動を見ることができている。


「消えろぉーーーっ!!」


阿藤は部屋の中を素早く動く黒いペンキを追いながら照らし続ける。

優佳も扉から『奴』に明かりを当てた。宗はカメラとライトについたペンキを剥がそうときているブラウスの裾で必死に擦っていた。


「挟み撃ち、しよ!」


優佳は部屋の右の方を照らし、阿藤は左の方を照らした。

そして段々中央へ光を動かしていく。『奴』は作戦通りに中央へと追い詰められていく。


「合わせて!!」


優佳が叫び、阿藤と優佳の明かりが重なった。

怪物は縦に大きく伸びたり横にさらに平たくなったりしたが、遂に動かなくなった。


「やったか?死んだ?」


阿藤が用心してライトを当て続けながら近づいていく。


「あまりいい予感はしないな・・・」


悠斗が後ろから言う。優佳は悠斗の足を踏んだ。


「いったっ」


『奴』は動かない。

遂に怪物を殺すことができたのだろうか・・・?


だがしばらくして、突然怪物は蠢いた。

波を作るように、液状の『奴』は小さく動いた。


波が止んだ。


今度こそかと阿藤は思ったが念のためさらに警戒をした。


すると、突然『奴』は再び元の大きさまで肥大した。一堂が後ろに下がった。今度はペンキが『奴』の全身に流れていて、はっきりと、ライトが当たっていても見ることができた。


黒い大蜘蛛のような姿。しかし見た目は蜘蛛のように毛や目は全くない、ツルツルとしていそうな光沢を放っていた。

怪物は部屋の中にいた一堂に向かって大きく黒い口を開いた。


「逃げろ、逃げろ、逃げろぉぉぉぉーーーッ!!!」


阿藤の叫び声で全員が全速力で体育館の出口に向かって走っていった。


一堂は走る、走る!

阿藤が振り向くと用具倉庫から『奴』が出てきていた!

窓から入る明かりをものともせず(決して明るいというわけではないが)、ペンキを垂らしながら向こうも全速力でこちらへ進んできた。

そして再び液状に溶けてスピードを早める。


「無理だ追いつかれるッ!!」


阿藤がそう言うと、悠斗は走りながら提案する。


「2人ずつ散らばろう!エレベーターもある」


この体育館のコートの横には壁と緑のネットのカーテンを挟んでちょっとしたスペースがあり、教職員用の、東棟へと続くエレベーターが設置されているのだ。


4人は出口を前にしてそれぞれ別方向へと散らばった。


宗と優佳は正面の出口にそのまま突き進み、阿藤と悠斗はエレベーターのある左方向へと向かった。


怪物は途中まで前進を続けていたが、音を聞いたのか、左方向へ曲がったり、正面に向き直ったりを2度繰り返してエレベーター組の方へと向かってきた。


優佳はネットのカーテンを開けてすぐにエレベーターのボタンを押した。運良くエレベーターはこの階にいたため、すぐに扉が開いた。


「乗って!早くッ!!」


後から来る悠斗を入れる。


怪物は10メートルほどの距離にいる。優佳は全力で閉口ボタンを連打するが閉まる速度が早くなることはない。


「早く早く早く早く早く!!」


間に合わない。優佳はそう確信したが、突然悠斗は優佳のブレザーのポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出した。

ロック画面を開けてライトモードをオンにした。


あと2メートルほどのところで正面から光を喰らった『奴』のスピードは急激に弱まった。

そして扉が閉まると同時に奴は扉と衝突した。ガラスの部分がペンキで黒くなってしまい見えなくなったがウィーンという機械音で無事上階へ向かったことがわかった。


2人は息も絶え絶えで項垂れながらハイタッチをした。





阿藤・宗は無事に地上へと戻り、そのまま東棟の僕たちがいる地下に戻ってきた。地下の廊下は電気がつけてあった。


「どうした?」


颯太が息も絶え絶えの2人を見て言った。


「『ブラックホール』だ・・・!」


阿藤が膝に手を置いて項垂れながら話す。


「『奴』はおそらくだが、黒いペンキを身体中、目があるかはわからんが目にもかぶってライトが肌に届かなくなったのか、少し明るい体育館でも暴れ回って、俺たちを襲って、はぁ、はぁ、」


「悠斗と山田は?!」


僕はそれが気になって仕方なかった。まさか襲われて『屈折率』を変えられてしまい透明になってしまったのだろうか?それとももっと恐ろしいことに・・・?

と心配していたが、階段を2人が降りてきてホッとした。


「マジやばかった、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」


優佳は壁にもたれかかって地面に座り込んだ。


阿藤がペンキの缶を地面に置いた。


颯太がはっと気づいたように言った、


「また戻ってくるかもしれないってことか?!しかもライトが効かない?!」


「効かないというよりは、ライトに対して強くなってるってことかも。正面からライトを当てたら『奴』は怯んだ」


と悠斗。


「奴の狙いはなんなんだよ!」


阿藤も壁にもたれかかってするすると地面まで腰を下ろす。


「普通にウチらを捕食しようとしてるのかなぁって思うんだけど」


優佳がそれ以外のことを思いつかないという感じで言った。


「その説に賛成だ。透明にするのはなぜだろうか。」


颯太が新たな疑問を投げかける。


「そんな理由本人に聞かなきゃわかんないよぉ、」


僕はもう会いたくもないと身震いしながら言った。


「ちょっと手洗うわ」


と言って宗はトイレに入っていく。他は話を続けていた。

トイレは真っ暗だったが廊下の光でなんとか水道は見ることができた。宗は生徒が使う用の2つある自動で出てくる蛇口の下に手を置いたが、出てこないので清掃員が掃除で使う用の蛇口を捻った。


水が出てきて手を洗っていると、おかしなことに気づいた。


水が、黒い。


「オィ、オィ、おぃおぃおぃおぃおぃ!!!」


宗は全力で蛇口を固く閉めたが尚も黒い液体はドロドロと流れ出てきた。



「ヤバい!!『奴』だ!水道から流れ出てきたーーーッ!!!」


僕らは一斉に急いでトイレから逃げ出てくる宗を見た。奥ではシンクから溢れ出て床に垂れている黒いペンキのようなものが見えた。


「みんな下がれ、逃げるんだァーッ!」


水をさらに加えた黒いペンキをまとった『奴』は再び巨大蜘蛛の形を作りトイレから出てきた。


そして『奴』の足の一本がスイッチにあたり真っ暗になってしまった。


「逃げろぉぉぉーーーーッ!!」


僕も叫んだ。

だが階段の前に怪物が立ってしまい地上へ逃げる術は無くなった。


そして怪物の狙いが分かった。


さっきまで近くにいた心音の『手』が見えない!

そして怪物が左側のさっきまでいた教室のある方ではなく正面の進めばすぐに鍵が閉まっていて入れない鉄の扉のある、つまり実質行き止まりの短い廊下に進んでいくのでそちらを見ると、『手』は怪物に追い詰められるように扉の方まで下がっているのが見えた。


「心音が危ない!!!」


僕は心音の方を指して皆に言った。


「くそォッ!どうすれば!!」


阿藤はとりあえずペンキを缶ごと投げて物理攻撃をしようとするが、颯太が待てと叫ぶ。


「みろ、怪物の背中!!」


怪物の背中(のようなところ)のペンキが乾き、再びこの明るさでしか見えない闇より暗い『黒』になっているのだ。


「背中の『黒より黒い』ところを照らすんだ!!」


僕は颯太の指摘に従って皆にそう言って、怪物に近づいてスマホライトをつけた。怪物は叫びをあげるように縮み上がり、一瞬怯んだがこちらを弾き飛ばそうと脚を繰り出してきて手に当たり、血は出なかったものの、スマホを遠くに投げ飛ばされた。優佳、阿藤、宗も応戦した。


ライトを当てている間は怪物は苦痛で悶えて心音を攻撃しようとはしなかった。心音の髪や体の一部が、『奴』の黒いペンキが付着したことで浮かび上がっていた。


颯太もスマホライトで攻撃しつつ考えていた。


「こいつの肌ーかはわからないがー皮膚は光の刺激に弱い、そして液体だけが物理的にこいつに触れることができる・・・!賭けをするのは嫌いだが・・・」


颯太がライトを当てる一堂と後ろで何をすべきかと立ち止まっていた悠斗に向かって言った。


「水だ、ホース、勢いよく水をかけれるものは?!」


「プールだ!!でも遠すぎる!」


宗は焦りながら言う。


「トイレだ!ホースがある!」


僕は再度『奴』に光を当てながら後ろの颯太に向かって言った。

颯太は走ってトイレに入って、清掃用具入れを開けようとするが、鍵がかかっていた。


「くそっ!!この中に絶対あるはずなのに!!」


悠斗が来た。入り口から助走をつけてジャンプした!

用具入れの扉とと天井の隙間の部分に腕を掛けた。何とか中に入れそうな隙間だった。


「あった!!」


悠斗は無事中に入ってホースを隙間から颯太に託した。


「感謝するッ!」


颯太は清掃用蛇口にホースをつけて目一杯水を出した。

そしてホースを怪物のところまで持って行こうとしたが長さが足らず怪物に届く頃には勢いが弱くなっているくらいだった。


「そいつをもっとこっちへ近づけてくれないと!!」


颯太がスマホを拾い戻ってきた僕を含む明かりを怪物に当てている4人に叫ぶ。


「無理だ!奴は牧浦を最初に食おうと!牧浦はもう動けない!あぁっ!」


宗は階段のギリギリのところまで蹴り飛ばされて倒れ込んだ。


「宗!!」


僕は打開策を必死に考えた。

心音をホースのすぐ近くに連れてきて颯太がホースを怪物の正面にかける。この作戦でいこう。

だが心音をどうやって連れてくる?怪物が阻んで心音がうずくまっている奥側に行けない。


「そうだ!」


僕は自分のスマホを、心音に向かって、怪物より高いところを通るように投げた!


「うけとってくれーーッ!!」


だが目測を誤ったのか、スマホは天井にぶつかり跳ねて怪物の背中と言うべき部分に落ち、そのまま怪物の体の下に落ちた。


「そんな!」


「俺がやる!」


阿藤も投げようとするが、近づきすぎて怪物に蹴り飛ばされてしまった。


「うぅっ、」


脇腹を抑える。


「阿藤!!」


優佳が今度は投げようとするが、阿藤が静止する。


「失敗したらライトが颯太のだけに!」


すんでのところで優佳は踏みとどまった。


「だめだ!!俺のはもう死んでる!」


颯太のスマホも充電切れのようで、残るは優佳のスマホだけとなってしまった。


「私のもあと2パーしかない!あと何分耐えられるか!」


万事休すなのか、誰もが思ったであろう。僕は何か希望がないかと周りを見た。


誰か、誰か何か行動を起こせる者は居ないか。

阿藤は脇腹を負傷して動くことが難しい。

優佳は『奴』を牽制することに全力を注がねばならないが時間は残されていない。

颯太と悠斗、起き上がった宗はホースを長くしようと色々なものを用具入れから取り出していたがうまくいかない。


居ない。誰もが今必死に自分なりの戦いをしているからだ。


『help』の字が頭をよぎった。


その時すでに僕は動いていた。今まで掴めなかったものを掴むために。後悔を残さないように。


それは無謀で困難な作戦だった。だが体は燃え上がるように熱くなり、心臓は弾けるほどに拍動して、僕を突き動かした。



何かできるとしたら、僕だ。

最初からわかっていること。

今までしてこなかったこと。


僕は、得体の知れぬ危険な怪物と知りながらも既に止まることを知らない様に向かっていく体に更に喝を入れる様に言った。



「行くしかない」



僕は走ったそのままの勢いで一か八か怪物の下めがけて飛び込んだ。

そして、上手く自分のスマホを拾うことができた。


優佳のライトによって抵抗して暴れている怪物の足の一つが僕の腕を切り裂いた!肘の上あたりから血が出てきた。


「あぁがうぁぁぁっ!!」


だがゴールは目の前のはず。僕は怪物の体の下からスマホを掴んだ手を伸ばして、心音に託した。


「心音!」


心音はペンキのついた左手でそれを受け取って、怪物に向けた。


あらかじめ起動すると1番明るい画面の明るさにしておいたスマホのロック画面にしている好きな日本のバンド、『トータリー・ノット・トーチャー(TNT)』が怪物の正面を照らした!


心音は今しかないと怪物の下に飛び込む。僕はしっかりと心音の黄色と黒の混じった手を掴んで手前へ手前へと引っ張った。


そして遂にトイレ側へと心音を引っ張り出した。


怪物は暴れて壁に大量に傷をつけたが優佳のライトが消えたことで遂にこちらに向き直った。

目の前で立っている心音に向かって口を大きく広げた。

だが心音が横にどくと、怪物の目の前にはホースを持った颯太と、颯太と自分の顔をライトで照らした僕がいた。


「消えな」


宗が蛇口を目一杯ひねった。シャアアアアアッ!と勢いよく水がホースから、怪物の口に放たれた。


怪物は慟哭のような音を出して後退していき、地面に逃げようにも水だらけのため逃げられずにただ溶けていくように、もしくは弾けていくようにパチパチ、ドロドロと四散していった。足が吹き飛んだりしたのもすぐに溶けた。さっきまでの液状化とは違う、雑な溶け方であった。


そして最後には水の中に入れた黒い絵の具のように透明と黒が曼荼羅に混じった液状になった。



全員が息を荒げている声が響いた。


「・・・死んだ?」


優佳はボソッと言った。


液体は全く動くことなく、波打つこともなかった。


1分ほど経っても何が起こるわけでもなかった。


「おい大丈夫か」


宗は廊下の電灯をつけるスイッチを押して、明かりをつけて、阿藤の方へ行き言った。


「あぁ、かすり傷だ。」


阿藤は、確かに血は出ているがかすり傷だった。ため息をつきながら続けた。


「・・・よし。残る仕事は3つだな。この『死体』をどうするかということ、ペンキを消すこと、牧浦をどうするかってことだ」


皆壁にもたれたり地面に座り込んだりで疲労困憊だった。僕は心音を見た。


足元を見ると、『奴』の死骸の液体がついている心音の足が、ペンキの色ではなく黒い色っていた。学校の制靴であるローファーの色だ。


「え」






「気持ち悪すぎないか」


颯太はモップを使ってバケツに溜めた『奴』の液体を見て言った。


壁には「いいからやって」とすでに書いてあった。


「俺はごめんだがね」


阿藤も賛成した。


「てか大丈夫なのか?こんな恐ろしいやつのもんかけて?まだ生きてるか死んでるかもわかんねぇけど。」


宗がそう言って颯太も激しく頷く。宗は出血した足をタオルで止血している。


「まあ少しでも希望があるならやるしかないでしょ〜」


優佳が渋々、と言う感じで言った。


「後で水泳部のシャワー室行ったらいいよ。死ぬほどシャワーかけたらいい。」


僕が言った。またブラウスを脱いで、深い傷をつけられた腕の止血と、折ったかもしれない腕を固定している。


「いくよ?」


1番身長の高い悠斗が、心音の頭の上(であろう)の高さまでバケツを持ち上げた。


「後悔なし?」


心音はまた親指を上げて、OKという感じを表現した。


「いぃ、せーの」


ザバァーッ


同時にペンキの汚れも落ちた。恐らく『奴の体液』で作られた屈折率を変える層の上にペンキがあったからだろう。見事にその体液は体から取れていったようで、彼女は再びこの世界に姿を現すことができた。


長くて綺麗な黒髪に(濡れているしペンキで一部黄色くなっているが)、少し茶色っぽい瞳、ぷるっとした紅い唇。僕がこの何ヶ月かの間ずっと愛おしく思っていた、牧浦心音だ。


「どう・・・?私のこと・・・見えてる?」


心音の声は衰弱しきった弱々しく乾いた声で、恐る恐る皆の顔を順に見ていき苦笑のような顔を浮かべながら訊ねた。


「・・・かわいい・・・」


視線が全部こっちに向いた。12個の目が。

これは失言だと確信して、咳払いをした。


「牧浦」


阿藤は牧浦に近づいて、ギュッとかたいハグを交わした。


「阿藤・・・」


あぁ、やっぱりそうか。

僕の胸から何か虚しいものが込み上げてくるのを感じた。まあはじめから分かりきっていたことだった。


「お二人はどういう関係で・・・?」


優佳が訊ねた。


「あぁユカっちぃ〜!」


今度は心音は優佳にハグする。10秒くらいして放した。


「あぁ、阿藤は親友だよ?御本人様の意向で学校では喋らないけどね、」


あはは、と笑った。

悠斗は阿藤と心音を交互に指さして、


「付き合って?」


「ない。」


2人は同時に否定した。


「俺恋しないし。アロマンティック的な。中学の時にそれでいじめられてた時、心音は守ってくれた。」


静寂になった。僕はいけないのかもしれないが、ちょっと嬉しかった。



「やっと終わったな。はぁーーー眠い」


颯太はひとつ大きくあくびをして階段を上がって行こうとするところでこちらを振り向く。


「このあとどうするんだ?」


「そうだなぁ、あの教室でみんなで寝ようぜ。流石に1人で寝れないし。腹も減ったなあ」


宗が答えた。





「あぁーうんまい」


グラウンドの前の屋根の下で横一列に並んで、みんながパンやお菓子を食べている。校内諸所にあった血文字やペンキ文字も何人かで協力して消して、やるべき全ての仕事が終わっていた。

左から阿藤(柱に持たれている)、颯太、宗、悠斗、優佳、心音、僕だ。


「備蓄全部開けてやった。体はあったまった?」


と悠斗が心音に向かって聞いた。


「うん!ありがと、」


心音は若干声に元気が出ていた。サッカー部の部室のストーブで温まって、水分をとって、今はレーズンパンを食べている。


「サッカー部の部室にはなんでもあるからな、」


悠斗は少し誇ったように言った。


阿藤はピザポテトを開けて、反対側にいる僕の方まで来て、にっこりしながら僕によこした。


「ほら、ピザ。」


心音はものすごい勢いでパンにかじりついている。


「喉詰まりそう」


と優佳が危惧する。


「仕方ないよ、水分しか取れなかったんだし。」


僕はそう言ってピザポテトを口に運ぶ。


「じゃそろそろ寝るわ、疲れた。先行っとくな。皆1人行動はしないようにな?いくぞ」


「誰がするかよ、」


阿藤に続いてそうツッコみ、宗と颯太も帰って行った。


「せいぜい楽しんでくださいね、御2組様共々」


と颯太が捨て台詞を吐いていく。

僕の見てないところで優佳と悠斗は目配せし合って、立ち上がる


「じゃあウチらもいくから。おやすみ〜」


「おやすみー」


と言って東棟の地下教室へと帰って行った。



僕と心音が残された。


「・・・私くさい?」


急に心音がそう聞いてくるので、いろんな返答を考えたが心音が続けた。


「臭いよね絶対」


と大きく笑った。


「そんなことないよ、」


と僕は言った。実際匂いはそこまで強くない。


「・・・本当にありがとう。桐沢くんは命の恩人だよ?」


「波瑠でいいよ」


「波瑠は命の恩人。」


「そんなことないよ。最初に助けてって言われたのに逃げたし。ごめん」


「でもほら、逃げてとも言ったからあってるよ?」


2人は笑った。


「さっきだって、腕がそんなになったのに、私をあいつから助けてくれた。」


「あれは賭けだったなぁ」


僕はそこについて思い出すと、確かに恩人かもしれないと少しだけ思った。


「そういえばさ、ロック画面、TNTだったよね?好きなの?」


「まじ大好き。古い曲だけど、『冒険者』が好きすぎでさ、」


「え、え!めっちゃわかる!好きなんだけど?!」


「まじで?嬉しいななんか」


「かけよかけよ!」


心音がそう言うので僕はスマホを取り出して音楽配信アプリを開いた。


再生した。


〜♪


『ぼくらで 賭けてみないか この日々が続くかどうかを』


大音量で流れる音楽。響くベースの低音が脳を刺激する。


心音はうんうんと、久しぶりに聴くこの音楽に頷いた。


『いつか 死が2人を分つかどうかを』


エレキギターが特徴的な曲だが、なぜか今は涙腺を刺激する。心音がハミングをするので自分もノった。


『鳥はどこまで飛べるのだろうか 1人になるときによく考える

 僕が部屋で君を思うとき 君はどこで何を思っているのだろう』


僕は心音を見た。

心音も僕をみた。

見つめあってーーーー。


『もしも世界の果てにいたとしても、必ずたどり着いてみせるよ

はるか未来に行ってしまったとしたら 僕も向かうことにするよ

冒険者になってさ 君がいるところに辿り着くよ

君もそう願っているのなら


ぼくらで 消してしまわないか このくだらない退屈な日々を

いつも 同じ間隔で動く時間を


森を抜けたら何があるのだろう 1人になるのは嫌だ

君と一緒じゃない時も いつも近くにいるような気がする


もしも闇の中に消えたとしても 必ず助け出してみせるよ

遠い過去に行ってしまったとしたら 僕も向かうことにするよ

冒険者になってさ 君がいるところに辿り着くよ

君が僕を探してる気がするから


もしも僕が闇に消えたのなら 君は助け出してくれるのかな

もしも僕が世界の果てに消えたら 君は見つけ出してくれるのかな

そんなことを考えるのは我儘だけど

君もこんなことを思ってくれてればいいって思う


もしも世界の果てにいたとしても、必ずたどり着いてみせるよ

はるか未来に行ってしまったとしたら 僕も向かうことにするよ


もしも闇の中に消えたとしても 必ず助け出してみせるよ

遠い過去に行ってしまったとしたら 僕も向かうことにするよ


冒険者になってさ 君がいるところにたどり着くよ


冒険者になってさ 君がいるところに必ず辿り着くよ』













1ヶ月が経った。


「じゃあね。明日映画楽しみ。」


心音は生徒会長として復帰して、またいつもの日々が戻った。


「うん。僕も」


僕は幸せな日々を送っていた。

あの日の後は、とにかく怒ったことを誤魔化すのに苦労したなぁ。

あの2日間のことは忘れられないし、阿藤や颯太は今もそれについて研究していたり(2人は知性の面で意気投合して親友になった)、夜は弟と一緒に寝たりしてるけど、心音とは念願が叶ってお互いを想うまでになったし、阿藤や山田(優佳)とも仲良くなった。いつもの日々とは言わないけど、最高の日々だった。




僕と違う駅で電車に乗る心音は、僕とバイバイした後、駅に一人着いて、スマホでTNTの曲をかけようとした。

が、スマホ越しに反射した自分のその後ろから、影が立つのが見えた。

記憶がフラッシュバックする。


『奴』の巨大な口、血の文字、そして、血を流した『もう1人』の被害者。

その血で書いた「help run」の文字。

『闇』の世界で、最後に交わした会話。学校のプールで。


「絶対助けるから!!」


プールに沈んでいく『もう1人』ーーーーーー。



「うわっ」


人にぶつかられてはっと我に返ると、電車が到着していた。首を左右に振って、心音は電車に乗った。



Finー.

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