第29話 最後の戦い
リースリル製薬の幹部たちは、自社のクリーン性をアピールするために定期的に講演会を開いていた。その議題は様々で、病気に関することから新薬に関すること、健康問題から公衆衛生にかかわることまで、多岐にわたる。そんな中、今日黒田さんが話をするのは、なんの因果か”新薬”に関するものだった。
講演はすでに始まっており、会場の前に到着した僕の耳には、マイクを通じて話をする黒田さんの声が聞こえていた。
「(…ここで、すべてに決着を…)」
遅れて会場に入る者はどうしたって目立つ。そしてその姿は、会場中心から全体を見回せる位置に立つ黒田さんの目に必ず入る。僕はそれを狙っていた。
「(…さぁ、行こうか)」
はやとと遠山もこの場に来たがっていたけれど、僕はそれを断った。僕が始めてしまったこの戦い、最後は僕一人がきちんとが幕を引きたいと思ったからだった。
僕は深く深呼吸をし、自分の息を整えた後、会場の中へと足を踏み入れたのだった。
――――
「…以上のように、弊社は病に苦しむ患者様のために、全身全霊をもって新薬の製造開発に当たっています。新薬というものは基本、突然天より降ってくるものではありません。毎日毎日苦しい研究を続け、あきらめることなく前を向き続けたものにこそその可能性が……」
自信満々に話をする黒田さんの声が、そこで止まった。それはまさに、会場に姿を現した僕と目が合った瞬間の事だった。
黒田さんは現れた僕を見て、不気味な笑みを浮かべた後、こう言葉を発した。
「…新薬の開発において重要なのは、我々に不利益をもたらす存在を徹底的に排除することにあります。せっかく望まれた薬が生み出されたとしても、非常識で無教養な人間のせいでそれが台無しになってしまったなら、これほど悔しく愚かに思えることはありません」
明らかに僕に向けてそう言葉を発した黒田さんは、そのまま決定的な一言をつづけた。
「…高野くん、君の事だよ?(笑)」
会場に集まった100人近い人々の視線が、僕に向けられる。黒田さんはその雰囲気を良しとしながら、さらに言葉をつづけた。
「自分の思い通りに動かなかった弊社の事を逆恨みして、ここまで乗り込んできたのだろう?その根性は大したものだが、もういい大人の君がそんなことをやっていて、恥ずかしいとは思わないのかね?(笑)」
黒田さんは口角を上げながらそう言うと、近くに控えていたスタッフになにかジェスチャーを送った。
それは僕にマイクを渡す指示だったようで、僕は近くに来たスタッフの人からマイクを差し出された。
僕がマイクを受け取ったのを確認すると、黒田さんはさらに挑発的に言葉を続けた。
「ほら、反論があるなら言ってみればいい。…まぁ、君に正当性など一切ありはしないのだから、言えることなど何もないのだろうがな(笑)」
マイクを通じ、ケラケラと笑う黒田さんの声が聞こえてくる。あくまで自分の優位を疑わず、僕には何も言えないと確信しているようだ。
…なら、言ってやろうじゃないか。あなたが過去に何をして、どれだけの人間を傷つけてそこにいるのか、その真実の全てを。
「…かまいませんよ、黒田さん。お答えしましょう」
「…!?」
僕はそう言うと、この場に集まっている人々に向けて言葉を発した。
「皆様、はじめまして。私は研究者をしております、高野つかさと申します。…たった今黒田さんからリクエストをいただきましたので、この場にいる皆様に、私の知るすべてを聞いていただきたく思います」
集まった人々は特に僕の言葉を遮ったりする様子はなく、真剣に耳を傾けてくれている。
「私には心から愛する恋人がいるのですが、彼女は生まれた時から耳が全く聞こえませんでした。そのことで苦労することもたくさんあったことと思いますが、本人はそれを一切表に出さず、毎日を明るく、健気に生活していました。…しかし私はあるきっかけから、彼女が内心では”音”を聞きたがっていることに気づきました」
あの日に彼女が言ったこと、そしてその時見せた表情を、僕は一度だって忘れたことはない。
「それから私は、彼女の耳を治せる薬の研究開発を始めました。当然簡単な道ではありませんでしたが、その研究の果てに、彼女の耳を治癒しうる物質の生成に成功しました」
僕は話をしつつ、一歩、また一歩と会場の中心に向け歩いてく。
「その物質に希望を抱いた私は、その薬の情報のすべてと、その薬の全権利をこのリースリル製薬に譲渡しました。なぜこの会社を選んだかというと、この会社の人々は彼女が幼き頃から親身になって相談に乗ってくれ、生活のサポートを行ってくれていたからです。私はそんな彼らの事を信じ、願いを託しました。ですが…」
壇上のすぐそばまで来た僕は、壇上横に置いてあった、手元の資料をスクリーンに映し出せる機械を使い、一枚の資料をスクリーン上に映し出した。
「ですが、その結果がこれでした。これはまぎれもない、リースリル製薬により作成された治験計画書ですが、その内容は患者の存在を軽視し、薬の売り上げや収益だけを見据えているものでした」
…その資料がスクリーンに提示された瞬間、集まった人々は少しざわざわし始める。しかし黒田さんは余裕の表情を崩さず、そのまま僕に言葉を返した。
「けっ。そんな作り話に誰が」
「作り話?これはほかでもない、かつてあなたの部下だった木田さんが話してくれたことなのですよ?本部の人間から命じられて、治験計画書をすり替えるよう言われたと」
「なっ!?き、木田がっ!?」
僕が持ち込んだ治験計画書。それを見た黒田さんは、その場から急ぎ離れると、団の近くに控えていた金田さんに詰め寄った。
「ど、どういうことだ金田!!私はそんなこと命じていないぞ!」
しかし詰め寄られた金田さんの方は、黒田さんに言葉を返しはしなかった。僕はそんな二人にかまわず、言葉を続ける。
「その木田さんですが、どうやら何者かから多額の賄賂を受け取っていたようですね。口座記録を見るに、その総額は3000万円にものぼります。…いったい誰がそんなお金をプレゼントしたんですかね?」
「し、知るかそんなもの…。そもそもあいつが私の部下だった事など、もう相当昔の事だ。覚えていることなんて何もありはしない」
「それは本当ですか?ここには同じ時期、あなたの口座から3000万円がすべて現金で引き出されている記録がありますが?」
「っ!?!?!?」
僕がスクリーンに映した資料を見て、黒田さんは一段とその表情を青くする。その口座記録は、先日はやとが調べ上げ、僕に渡してくれたものだ。
…一介のサラリーマンが扱うにはとんでもない額の現金を前に、集まった人々もざわざわと色めき立ち始める。
「この3000万円はほかでもない、木田さんに対する口止め料ですね?あなたは以前に製剤開発部にいた時、たとえ木田さんに3000万円を払ってでも秘密にしなければならないようなことをしてしまった、違いますか?」
「そ、そんなことありはしない!!言いがかりを言うのはやめてくれたまえ!」
マイクを介さず、大きな声で僕の推理を否定する黒田さん。
「だ、大体自分で稼いだ金を自分で引き出して何が悪い!!かつての部下だった木田が金に困っているというから、私は良心からあいつに金を貸してやっただけだ!それを口止めだの秘密などとこじつけられてしまっては、たまったものではない!!」
まるで殺気を放っているかのような様子の黒田さんの前に、集まった人々は静まり返る。
…しばらくの沈黙の時間に会場が包まれたのち、僕は彼らに向け静かに言葉を発した。
「…あなたはかつて製剤開発部にいた時、あなたがリーダーとなってある薬の開発の成功した。その薬の名はフィーレント、そうですね?」
「………」
このこと自体は、誰でも調べればすぐにわかること。それゆえ、彼は僕の言葉に肯定も否定もしなかった。
「フィーレントは慢性的な頭痛の特効薬として開発され、その効果は確かなものだった。承認申請を得てはいなかったため保険は下りず、それゆえに投与される人は限定的だったものの、およそ100人近くの人々にフィーレントは投与された。開発部の皆様は色めき立ったことでしょう。慢性的な頭痛を短期間の内服で完治させる薬など、多くの人たちにとって夢のような薬。その開発に自分たちが成功したのだから、うれしくないはずはない」
「……」
「…しかし、フィーレントにはとんでもない欠点があった。一度服用し、体の中に入ったなら、体の奥深くに溶け込んで二度と体の外に出てこないという、致命的な欠点が…」
僕の言葉を聞いた観衆の人々は、先ほどまでよりもいっそう強くざわめき始める。
「慢性的な頭痛を一発で治せるというからくりはそこにあった。短期の服用で効果が永続的に得られるゆえ、慢性的な頭痛は鳴りを潜めることとなった。…しかしそれは、さらなる副作用への入り口でもあった。体の中に入ったフィーレントはそのごく一部が分解反応を起こし、生み出された物質には”胎児の耳を傷害する”という性質があったのだから」
「……ククク…」
…それまで黙っていた黒田さんは、いきなり不気味な笑みを浮かべ、その口角を上げた。
そして、いきなり自身の手を叩き、拍手を始めたかと思えば、僕の目を見据えながらこう言った。
「いやいや、実に素晴らしいよ高野くん。まさかそこまで研究してくれていたとは、恐れ入る。君の言う通り、フィーレントはかつて私の研究グループが開発に成功した薬だった。しかし、製剤上のコストの理由から大量生産を行うことができず、結局医療用医薬品としての市販化は見送る結果となった。…しかし、あの薬にまさかそんな副作用があったとは知らなかった。いやはや驚きだねぇ…」
「……」
黒田さんは余裕の笑みを浮かべながら、僕に対してそう言った。
…間違いない。黒田さんは言い逃れをするつもりなのだろう。当時は何も知らなかったと言い張って…。
「高野くん、君には心の底から感謝する。我々はこれから、フィーレントによって傷を負った人々を全力で救済し、誠心誠意その生活のサポートを行っていくことをここに決意しようじゃないか。当時、我々が何も知らなかったとしても、気づいてしまった以上見て見ぬふりなどできない。…君の大切な恋人だという彼女にも、もちろん全力でサポートにあたらせてもらう。…なお、改めてこの場で謝罪させてもらおう。本当にすまなかった」
全く謝罪の感情など感じられない態度で、黒田さんは自身の頭を少しだけ下げながらそう言った。
…僕はそれを見て、怒りを通り越してどこかあきれに近い感情さえ覚える。どうしてこんな人たちを信じてしまったのだろうか、と…。
「…何も知らなかった、ですか…」
「いまさら何を言っても言い訳に聞こえるかもしれないが、それこそが真実なのだよ。我々は患者様を病気から救うべく必死になって研究を行った。…しかしその結果、薬効ばかりに目が行って副作用評価がずさんになってしまった…。心から反省しなければならない一件だ」
「患者を救うべく必死に、ね…」
…この期に及んで真実を隠匿し、全く反省の様子を見せない人間を前に、もはや誰に気を遣う必要もない。
僕は滝本さんとともに発見した資料をスクリーンに映し出し、彼に言葉を返した。
「これは、あなたの会社の本社資料庫から発見されたものです。ここには、あなたの言っていることと正反対の事が書かれていますが?」
「なっ!?!?!?!?」
「「っ!?!?!?」」
…その資料を目にして驚いたのは、黒田さんだけではない。ここに集まるすべての人間が自身の目を疑い、目の前にたたずむ巨悪の存在に恐怖さえ感じている様子だった。
「これは報告書ですよね?開発段階ですでに人体への異常な蓄積性の問題は滝本さんによって発見、報告されていた。製剤化は見送るべきだという提言さえ行われている。…しかしあなたはそんな滝本さんの声に耳を貸さず、自分の利益のために強引に製剤化に踏み切った」
「っ…!?」
「それだけじゃない。次の資料にはあろうことか、この薬の服用により深刻な副作用を発症した人々の情報が事細かに記載されている。…あなたはフィーレントを世に出した時からすでに、フィーレントがどれほど大きな問題を引き起こしているのかをすでに知っていた。知っていながらそれを放置した、違いますか?」
「っっっっ!?!?!?!?」
…それはまさしく、フィーレントを服用したことで健康被害をもたらされたと疑われる人々のリストであった。そのリストの中には、さやかの名前と彼女のお母様の名前もはっきりとあった。…そして、滝本さんのご令嬢の名前もまた…。
「…あなたが作った薬を服用した人たちが深い傷を負っている裏で、あなたはその事をすべて隠蔽し、心ある部下を会社から追い出し、あろうことかあなたは会社の幹部まで出世されている。…一体どういう神経をしていたらこんなことができるのか、僕には想像もできない」
「…ぅ…ぁ…」
「それだけじゃない。真摯に研究を続けられていた来栖先生に嫌がらせを行っていたのも、あなたの命令だったのではないですか?嫌がらせのメールのログを調べたところ、発信源はこの会社のIPになっていました。先生の発見したアルケスト反応は、フィーレントが体内で代謝を受け、難聴を起こす原因となる物質を生成しうるという事を証明するもの。そんなことが絶対に世に出てほしくはなかったあなたが、先生に嫌がらせを繰り返し、その功績を亡き者にしようとした、違いますか?」
「…ぐぅ…ぅ…」
…観衆の人々から向けられる厳しい視線の前に、黒田さんはその場に膝から崩れ落ちる。非人道的と言われても全く不思議ではないその行いに、擁護の声を上げる者などいるはずもない。
「…く、くそぅ!!……うぅぅ、ぅぅぅ…っ!!」
…壇上の上で、黒田さんは嗚咽に近い言葉を吐きながらその体を地に伏せる。高価なスーツで身を包み、世界的一流企業で他の追随を許さないほどのキャリアを積み上げた男の最後にしては、それはただただみじめな姿に思えた…。
…そしてそんな黒田さんの奥で、表情を一つも変えずにたたずんでいる男の姿があった。僕はマイクを机の上に置き、その人の元へゆっくりと歩み寄り、言葉をかけた。
「…金田さん、これで満足ですか?」
「……」
金田さんはなにも言葉を返してはこなかったが、僕はそのまま言葉を続ける。
「…今回の一件、すべての始まりは治験計画書のすり替えからでした。…木田さんにそれを命じたのは、あなたですよね?」
「……どうして、そう思われるのかな?」
金田さんはどこか力なく、僕に対してそう言葉を返した。
「あんなずさんな治験計画書が厚生省に提出されていたなら、リースリル製薬に対する信用信頼は完全に失墜していたことでしょう。…しかし、黒田さんにそれを行うメリットが何もない。彼は会社の利益、自分の立場を何より重んじる人ですから、自ら会社の価値を下げるようなことをするとは考えにくい」
「…それで、どうして私だと?」
金田さんから向けられた疑問に、僕は先ほどの資料を示しながら答えた。
「フィーレントの開発中止を進言する例の報告書、そこには滝本さんだけでなく、あなたの名前もありました。…あの薬の製剤化が強引に進められていたことに、あなただって思うところがあったのではないですか?」
「……」
「それだけじゃないです。僕と滝本さんがあの報告書を資料室で見つけた時、あなたは僕を試すようなことを言われました。…自分の会社の大きな不正の証拠をつかまれてしまうかもしれないというのに、あなたは僕や滝本さんの事を追い出されなかった」
「…それは、単に私がこの会社のことを信じていたからかもしれませんよ?」
「そうかもしれません。ただ、僕にはこう思えてならないのです。あなたはこの会社を、リセットしたかったのではないか、と」
「……」
リセット。その言葉を聞いた金田さんは、どこか少しだけ驚いたような表情を見せた。
「ここから先は完全に僕の推測なのですが…。以前からこの会社に思うところが合ったあなたは、かつての部下だった木田さんを使い、治験計画書のすり替えを命じた。ずさんな計画書が表になれば、この会社に対する人々の信頼は完全に失墜する。会社にとっても、そこで働く人にとっても、何のメリットにもならない事ですが、あなたはむしろそれを望んでいたのではないか、と」
「……」
「僕への監査を滝本さんに命じるよう黒田さんに進言したのも、あなたではないですか?そうすれば僕が滝本さんの存在を知ることとなり、その結果彼とリースリルとの過去を突き止めるに至り、すべての真実が明るみになる」
「……」
「あなたは最初から僕に、それを期待していたのではないか、と。僕はそう思わずにはいられないのです」
「……」
金田さんは最後まで、僕の推測に対して返事はしなかった。しかし、彼はどこかすっきりしたような表情を浮かべ、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。…それが彼からの返事だったのだと、僕は思うことにした。
「……ぅぅぅ…ぅぅぅ…」
…そして、相変わらずその場に倒れこんで嗚咽を漏らしている黒田さん。僕は最後に彼に一言言ってやろうと思い、彼のもとまで近づいていこうとした。その時。
「っ!?!?」
…予想だにしなかった人物が僕の目の前に現れた。ほかでもない、僕の恋人のさやかだった。
「大丈夫……??どこか痛いの……??」
「…?君は…?…あぁ、そうか、君が…」
さやかは心から心配そうに金田さんの事を見つめながら、手話でそうメッセージを伝えた。…彼女がいったい何を思ってそんな行動をとったのか、僕には瞬時に理解できた。
「(…リースリルの社章バッジ、か…)」
これまでさやかは、リースリルの社員の人たちから親身なサポートを受けて生活していた。それゆえ、彼女にとってその社章をつける者は家族も同然であり、目の前で横たわる黒田さんの事もまた、彼女は同じように思ったのだろう。
さやかの登場から少し遅れて、二人の男たちが僕の目の前に姿を現した。
「す、すまんつかさ!どうしてもさやかちゃんが行くって言ってきかなくてな…」
「た、たぶん僕が持っていったこの講演会のパンフレットを見たんだと思います…。それでなにか胸騒ぎを覚えたみたいで…」
現れたのははやとと遠山だった。おそらくさやかは二人に頼み込んで、この場まで送ってもらったのだろう。
「…ぅぅぅ…うぅ…」
さやかに背中をさすられながら、黒田さんはその頬に涙を流し始める。こんなにも心の優しい人物に自分が何をしてきたのか、それを思って悔いているのか、それともそれ以外なのか。それは彼本人にしかわからないことだろう。
…ただただ立ち尽くす僕の横に現れたはやとは、小さな声で僕に言葉を続けた。
「…つかさ、リースリルから親身になってさやかちゃんの事をサポートし続けてくれていたのは、やっぱり…」
彼からの質問に、僕は首を縦に振ってこたえた。
病気と懸命に戦う人々を支えていくというリースリルの事業、その対象となった人たちは、あのリストにあった人たちの名前と一致していた。それはつまり、自分たちがもたらした健康被害により傷を負った人々の事を、リースリルは自社の利益を削ってサポートし続けていたことになる。
…その事業をあえて言葉で表すとすれば、”罪滅ぼし”になるだろうか?そしてその事業を進めた責任者の欄には、金田さんの名前があった。やはり彼には、自社の行いに対して思うところがあったのだろうという確信を、僕が抱く一つの理由となった。
「…それにしても、皮肉なもんだな。リースリルが罪滅ぼしのために行ってきた事業によって、お前はリースリルを信じる事にした。それが後に、お前に新薬のデータを提供を決意させるに至った。…が、結果的にはそれがリースリルの悪事をお前自身が暴くきっかけになったとはね…」
今回の一件、はやとは”皮肉”だと表現したけれど、僕はそれとは違う思いを抱いていた。
「(…もしかしたら僕は、金田さんに導かれてここまで来たんじゃないだろうか…?)」
金田さんは、僕が生まれるよりも前からリースリルに仕えていた。けれど、その時からすでにリースリルに対して不信感を抱いていたのではないだろうか…。
フィーレント錠の問題が起こった時、その是非を黒田さんに問うことも、滝本さんのように自分を貫いて身を引くこともできなかったことを、彼はずっと後悔していたんじゃないだろうか?
そこで彼は、秘密裏に健康被害者たちの救済政策を始めた。表向きはリースリルの患者に寄り添う心をアピールするためということにすれば、黒田さんから横槍をいられずに済んだのだろう。
…しかし、それでもなお変わろうとしない会社に彼は絶望して、ついに治験計画書のすり替えを命じるに至った。そうすればこの会社のずさんさを問題視させることができ、うまくいけば隠され続けてきた過去の問題も一緒に発覚するかもしれない。
「(…さすがに、考えすぎかな…?)」
僕はふと、金田さんの方へと視線を移した。黒田さんが膝から崩れ落ち、集まった観衆の人々が大きくざわついているその中にあって、金田さんはどこか悲しそうな、けれどもこの結果に満足したような、不思議な表情を浮かべていた…。
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