第18話 アルケスト反応
「高野、遠山。一ノ瀬部長がお呼びだぞ――」
「了解でーす」
「は、はーい!」
普段通りの業務を行っていたさなか、僕と遠山は突然研究部長から呼び出しを受けた。二人のうちどちらかだけでなく、僕ら二人ともに用があるとは一体どういうことだろうか…?
「…せ、先輩…。部長からの呼び出しって、まさか僕らがリースリルの事を調べてる事じゃないですよね…?もしかしてバレちゃったんですかね…??」
「落ち着きなって遠山。そんな風に動揺してたら、それこそあらぬ疑いをかけられてしまうよ」
「そ、それはそうなのですけれど…」
きっとそんなことはないのだから、気持ちを落ち着かせろと僕は遠山に言い聞かせる。…しかし、遠山の気持ちもまた理解できる。たとえなんの失態などしていないとしても、上司からの呼び出しほど緊張感をあおる物はない…。
「きっと仕事のことだろう。行こうじゃないか」
「は、はい…」
僕は遠山を引き連れると、そのまま部長の控える研究部長室へと向かって歩き出したのだった。
――――
コンコンコン
「失礼します」
「し、失礼しまーす…」
3回のノックを行い、中からの返答を確認した後に僕たちは一ノ瀬部長の待つ部屋の中へと足を進める。部長は僕らに向けて、用意された椅子に腰かけるよう促すと、なにやらパンフレットのようなものを机の上に提示した。
「仕事中に呼び出してしまってすまないな。実は、君ったい二人に任せたい仕事があるんだよ」
部長はそう言うと、パンフレットの真ん中あたりのページを開き、僕らに対しある部分を自身の指で示した。そこには一人の科学者の写真とともに、その科学者が発見したある化学反応について書かれていた。
「アルケスト反応、というものを知っているか?」
「は、はい…。確か、4級アンモニウム塩から有機酸が高収率に、それも常温常圧の条件で生成される化学反応でしたよね?以前論文で見たことがあります」
「僕も以前、先輩から聞きましたよ。発見された当時はあまり注目されなかったものの、最近になって医薬品合成の分野で応用できるのではないかと言われて注目されている、有機合成化学分野における画期的な反応だ、と」
「さすが、二人ともよく知っているな」
こうして学会のパンフレットにも取り上げられているところを見るに、最近の注目のされ方はますます大きくなっているようだ。
「…それで、僕らに任せたい仕事というのは??」
「あぁ。今遠山の言った通り、この化学反応は世間的にも注目されてきつつある。しかし専門的な内容が多いから、一般の人にはいまいち理解が進んでいない。そこで、この反応の概要をわかりやすく一般の人たちに向けて説明するための資料を書き上げてもらいたい」
正直、想像もしていなかったことを頼まれてしまった。だってここは文字通り研究を行う研究部で、一般向けに演説をする広報部ではない。これまでそんな仕事を頼まれたことなんて一度もなかったというのに、今回はどうしてそうなったのか、という疑問を感じずにはいられない。
…と、そんな風に疑問を感じる僕の様子を感じ取ったのか、一ノ瀬部長はやや胸を張ってどや顔を浮かべながら僕たちに向けこう言った。
「なんで自分たちがそんなことを?って顔だな。ククク、二人とも聞いて驚くなよ…。なんと、この反応を発見した
「「っ!?!?!?」」
部長の言葉に対し、そんなまさか、と思わずにはいられない…。
「そ、そんなどうして…?当時ならともかく、ようやく少しずつ注目されるようになって、いよいよこれからだというこの時期に、いったいどうして!?」
「そ、そうですよそうですよ!!な、なにかおかしくないですか!?」
僕も遠山も全く同じ疑問を抱いている。同じ化学者ならば必ず理解できるはずだ。自分が時間をかけ、愛情をかけ、その果てにようやく発見した化学反応。いくらお金や対価を積まれたとしても、それをそんなやすやすと誰かに簡単に譲り渡したりするはずがない。
…そしてその疑問は、部長もまた抱いていたらしい。僕と遠山の言葉を聞いて、部長はこう言葉を返した。
「それを聞いてくるのもまた、お前たち二人の仕事だ。すでに来栖博士にアポはとってある。自宅までお招きだ」
「そ、そんな急に言われましても…」
僕はこれまで誰かにインタビューするようなタイプの仕事など、一度もやったことはない。ぶっつけ本番のようなこのやり方に不安しか感じられないものの、部長はもうすでにやる気でいるらしい…。
「お前だって、自分が時間をかけて研究した研究データをすべて相手に譲渡したんだろう?博士と同じ背景を持つ人間として、話をしに行くのにお前以上に適任な奴なんていないと思うが?」
「は、はぁ…」
…それを言われると、僕としては何も言い返せない…。僕はしぶしぶ部長から任された仕事を受けると返答すると、早速その準備に取り掛かることとしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます