第17話 滝本の思い
――滝本視点――
「はい…。高野のいる研究部署からは何の秘密も見つかりませんでした…。申し訳ございません…」
『やれやれ…。お前はこっちにいるときから使えなかったが、それは会社を変わっても同じらしいな…。まぁ使えないから出されたわけだから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないがな…』
「…申し訳ございません…」
スマホの向こうから聞こえてくる声は、かつて私をリースリルから追い出した時の声と全く変わらぬもの。あれからそれなりの時間が経過しているというのに、この人の態度や言い回しは相変わらず聞く者の感情を逆なでする。
「…そ、それで…お約束いただいていた例の薬の件はどうなっているのでしょう?」
『はぁ?薬?』
「お、お約束いただいたではありませんか…。今回の件に協力する代わりに、あなた方が開発に成功されたという、先天性の重度難聴さえも完治しうる魔法の薬、それを我が娘に使っていただけるという約束…」
こんなろくでもない人間になど、絶対に協力などしたくないと思っていた。が、それでも私が協力することにしたのは、向こうがこの交換条件を提示してきたからだ。
私のたった一人の娘、滝本まい。彼女は生まれた時から耳が聞こえず、病院の医師からも”回復は難しい”と言われ続けてきた。私とて最初はなんとかしようと懸命に研究を続けてきたものの、ただただ時間だけが過ぎていく毎日の中で、もはや受け入れるほかないと考え至った。
しかしつい先日、向こうから突然連絡がかかってきた。リースリル時代の上司であるこの者は、なぜだか僕の娘が耳を悪くしていることを知っていた。そして電話の中で、こう言葉を告げてきた。
――――
『お前の会社に、高野つかさという人間がいる。その男のいる部署に監査に入れ。あいつは我々にかかわるある秘密情報を不正に入手し、保管している。それを差し押さえろ。もしも言う通りにしたなら、耳が聞こえないお前の娘に、我々が開発した新薬をプレゼントしよう。先天性の難聴さえも完治させうる魔法の薬だ。我々に協力するかどうかは、すべてお前次第だ』
電話でこう告げられた私は、心の中で葛藤した。…この者が過去にどんな行いをしてきたのか、私はすべて知っている…。だからこそこの者の元を離れ、わざわざ違う会社に移ったのだ。その点から考えれば、決して協力などしたいはずがない。
…しかし、まいの事にかかわるというのなら話は変わる…。もしも私が我慢してこの者に協力するだけで彼女が救われるというのなら、その選択は決して間違いではないはず…。私はその中を揺れ動かされた…。
…そして、たった一つの結論を出した。協力をしよう、と…。
――――
だからこそ私はこの者に協力した。ゆえにその報酬は約束通り渡してもらわなければ困るというもの。
…しかし、向こうが言ってきた答えは…。
『そんな約束などしていない。お前は昔からそうやってありもしないことを騒ぎ立て、周囲に迷惑をかけ続けてきた。今回もまた同じことをしている。私の期待に応えられなかったことを深く反省し、謝罪し』
ガチャッ
…向こうの言葉を最後まで聞かず、僕は通話を終了した。あれ以上奴の言葉を聞いていたら、それこそ気がおかしくなってしまう気がしたからだ…。
重い沈黙が支配する一室にたった一人で残された私は、誰に向けたわけでもない言葉をぼそっとつぶやいた…。
「…まい……すまない……」
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