第16話 初対面の二人

「というわけで、こっちが僕の大学の知人財部たからべはやと、そしてこっちが僕の会社の後輩遠山仁」

「ち、知人て…。そこは親友くらい言ってくれよな」

「よろしくお願いします!財部さん!」

「あぁ、よろしくな」


 僕とはやと、そして遠山の3人はたった今、僕とはやとがお気に入りにしている居酒屋でディナーを囲んでいる。僕は2人にそれぞれの相手の話を何度もしているから、互いに相手の事は知っている様子。しかしこうして直接顔を合わせるのは初めてであるので、どこか新鮮さも感じられる。


「それにしても財部さんって、あの廣瀬第三ひろせだいさん銀行で働かれてるんですよね!?めちゃくちゃすごいっす…!」

「はっはっは。もっと言ってくれもっと言ってくれ(笑)」

「だって日本トップクラスの銀行じゃないっすか!しかもそこの支店で、その若さで主任なんて!惚れるなという方がむりっすよ!!」

「君の方だって、日本大手の化学メーカーで着実に研究で結果を出しているらしいじゃないか。なかなかできることじゃないと思うぜ?」

「いえいえ、僕なんてそんな全然で!」

「今日だってなんか大活躍だったらしいじゃないか。つかさの下に置いておくにはもったいないくらいの人材だなぁ」

「おいおい……」


 相変わらずの後輩力を見せる遠山に、すっかり機嫌を取られているはやと。二人ならきっと波長は合うだろうと思っていた僕だったけれど、まさかこんなにスムーズに最初からいい雰囲気に包まれるとは思ってもいなかった。


「はいはい、互いの挨拶がそこまでだよ。それよりはやと、今日うちの業監がいきなり僕らの部署に乗り込んできたんだけど、これを君はどう考える?」


 僕は早速、今日あった出来事をはやとに打ち明け相談した。社外の人間であるはやとになら、先入観にとらわれないような違う視点からの考えが聞けるのではないかと思ったからだ。

 はやとは腕を組み、うーんと少し考えたのち、言葉を発した。


「…今まで大した仕事をしてなかった部署が急に動き始める同機は、俺が思うに二つある」

「二つ?」

「あぁ。まず一つ目は、どこからか圧力がかかった可能性だ。やる気のない部署だろうと、動かなかったらどうなるかわからないぞなんて言われたら、嫌々でも動かざるを得ないだろう?」

「確かに、そういう話はよく聞きますね!」


 圧力、か…。でも今日やってきた滝本さんの様子は、嫌々って感じはしなかったんだよなぁ…。


「…それで、もう一つは??」

「あぁ。もう一つは、目の前になにかエサをたらされた可能性だ。まぁやる気のない人間や部署をやる気にさせる一番手っ取り早い方法が、これだろうな」

「エサ、か…」

「要するに、自分たちの言う通りにしたらなにか報酬をあげるよって約束したってことですかね??」

「そういうことだな。まぁよくあるのはその二つの理由のいずれかだ」


 はやとは自信満々にそう言いながら、机の上に置かれている枝豆を口に運ぶ。しかし中々中身が出てこず苦戦しているようだ。

 そんなはやとの言葉を聞いて、僕の隣に座る遠山が気になる言葉を返した。


「でも滝本さんって、確かうちの会社に来る前は研究職につかれてたはずなんですよ。そこでは誠実な人柄が評価されていたらしいです。…でも、僕らの会社に来てなにかよくないことをしてるんなら、かつて研究をされていた同業者としてはがっかりだなぁ~」

「滝本さんが元研究職??そうなの??」

「ええ、らしいです。前の新人研修会か何かの時に滝本さんが言ってたんですよ。…前の会社の名前なんだったっけな……。確か、リースリルとかいう製薬会社だった気が……」

「「っ!?!?!?」」


 遠山の口から発せられた思いもしない単語に、僕とはやとはそろって体を反応させてしまう。


「た、滝本さんがかつてリースリルにいた!?」

「お、おいおい…。これはなにか裏を感じざるを得ないぞ、つかさ…」

「?????」


 僕とはやとは信じられない情報を目の当たりにして、お互いに体を少し震わせていた。しかしその一方で遠山は、なにがそこまで僕らを興奮させるのかわかりかねている様子。

 僕は改めて遠山に、これまで僕たちとリースリルの間に何があったのかを順を追って説明することにした。


――――


「そ、そんなの決まってるじゃないですか先輩!!リースリルが裏からすべてを操っているんですよ!!」


 僕の話を聞き終えた遠山は、即座にそう感想を口にした。


「まぁ落ち着けよ遠山君。少しずつ情報が出そろってきたんだ。ここで熱くなってせっかくつかみかけた尻尾を不意にしたら、それこそ元も子もなくなる」

「そ、それはそうですけど…。で、でも先輩の恋人さんの事を想ったら…」


 遠山もまた、僕とさやかの事を知っている。だからこそこうして彼女のために熱くなってくれることに、僕はうれしさを感じずにはいられない。

 けれど今ははやとの言った通り、冷静に情報を整理しなければならない。


「滝本さんが元リースリルの研究員だっていうなら、それと今回の事と関係しているとは思わないかい??」

「あぁ、俺もそれが言いたかった。自分たちにとって知られたくない情報をつかさが持っていると、誰かが告げ口したんだろうな…。そしてそれはおそらく、リースリルに関係する人間の誰か…」


 …やはりあの製薬会社には、誰も知りえないなんらかの秘密があるのだろうと言わざるを得ない…。


「…それはきっと、木田さんを動かした本部の人間と同一人物だろう…。やっぱり僕らに知られては困ることが何かあるんだ…」

「だな」


 …僕はそこまで言葉を並べた後、心の中に大きなため息を吐いた。…僕が心から信頼していたリースリル製薬。ずっとずっとさやかに寄り添い続けてくれたあの会社なら、絶対に間違いはないと確信していた。…しかし調べれば調べるほど、あの会社に関する不信感は高まっていくばかり…。


「…どうしてこんなことに…。僕はただ、さやかの耳を治してあげたいだけだったのに…」

「…」

「…」


 僕の漏らした言葉に、2人からの返答はなかった。きっと二人もまた、僕と変わらない思いを抱いてくれているのだろう。

 と、その時、遠山がやや小さな声で言葉を発した。


「あ、そういえば……」

「ん?どうした??」

「あ……いや、なんでもないです……」

「「…?」」


 僕もはやとも、特に深く遠山の言葉を深追いすることはなかった。…しかし後に、このとき遠山が言いかけた情報は大きな意味を持つこととなるのだった…。




 

「(……そういえば、滝本さんの娘さんも耳を悪くしているって聞いた気が……)」

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