第13話 裏工作

 僕の言葉の前にどうやら観念したらしい様子の木田さんは、これまでになにがあったのかの説明をゆっくりと始めた。


「あ、あんたから研究データを受け取った後、私はきちんとその情報を開発本部に渡したんだ。そしたら本部の人間からある連絡があった…」

「…連絡?」

「あ、あぁ…。厚生省に提出される予定の治験計画書、それをすりかえるだけの簡単な仕事だと言われて…」

「…すり替える…?」


 すり替えるという事は、もともとはきちんとした計画書が存在したという事になる。…この会社のどこかに、この薬が開発されてしまったら困る人間でもいるのだろうか…?


「治験計画書をすり替えたなら、相応の報酬を約束すると言われて…。治験計画書の原本の管理は比較的緩いし、仮にすり替えが発覚したとしても、管理部の人間が責任を終われ、私に責任が及ぶことはないと…。報酬の支払いはすべて現金で行うから、国税局や警察に目をつけられる心配もないと言われて…」

「誰ですか??それを誰から依頼されたんですか??」


 それが最も重要な情報だ。木田さんが頼まれてやったというのなら、黒幕は他にいるという事になる。そこまで突き止めなければ、きっとまた同じことが繰り返されるだけだ。

 しかし木田さんは、僕が望む情報を話はしなかった…。


「そ、それは本当にわからないんだ!!!」

「わからない?じゃあどうやって連絡を取り合っていたのですか?」

「と、匿名でメールでやり取りしてたんだ!!もちろん匿名だから相手の正体は分からないが、本部の幹部連中にしか知りえない情報を知っていた!!だからそうに違いないと思って取引することにしたんだ!!」

「その報酬があの3000万円だってことですか?」

「ま、まぁ……そういうことに……」


 …最後だけ、いまいち手ごたえのないリアクションだったものの、向こうにそうだと認められたら、こちらとしてはこれ以上追及することもできない。

 ひとまず、聞きだせることはすべて聞き出せたはず。そう確信した僕は、半泣きになっている木田さんの横を通り、部屋から出ようとした。…その時…。


「ま、待ってくれよ!!ちゃんと話したんだから、このことは秘密にしてくれるんだろうな!」


 急に思い出したかのように、大きな声で僕に言葉を発する木田さん。僕は変わらぬ口調で彼に言葉を返した。


「ええ、僕は誰にも言いませんとも。あなたの事に付き合うほど、僕は暇じゃありませんから」


 僕たちの間に交わされた会話は、それが最後だった。


――――


「というわけだよ、はやと」

「なるほど、やっぱり奴には裏があったわけか」


 僕ははやとといつもの場所に集まると、さっそく今日得られた戦果を報告した。僕の話を聞いたはやとは、少し驚いたような様子も浮かべていたけれど、最後にはむしろ楽しくて仕方がないといった表情に移り変わっていた。


「でもいいのか?本当にそいつの事を追求せずに逃がしてやっても」

「あぁ、僕は誰にも言わないさ。僕はね」

「ククク、やっぱりそういう事かよ(笑)」


 すでに彼の持つお金は、国税局に目をつけられている。であるならもうすでに彼は積みの状態にあり、特別僕がどこかに告発などしなくても勝手に破滅していく運命にあるわけだ。はやともすぐにそれを理解した様子。


「ただ、なにかひっかかるよなぁ…。報酬を現金3000万円で受け取り、それを一気に全額入金したら目立つから、100万ずつ小出しにして入金した、と。そこまでは理解できるが、日付の辻褄が合わないんだよな」

「そう、僕もそこが引っかかってる」


 僕が薬のデータを持ち込んだのが、今からおよそ1年前のこと。そして木田さんの口座に最初に現金100万円が入金されたのは、もう3年近く前の事だ。この3000万円を計画書すり替えの報酬と考えるのには、やはり違和感がある。


「つかさ、お前はどう見てる?」

「…実は木田さん、計画書すり替えの報酬の話になった時、”報酬はまだ…”と口を滑らせたんだ」

「…”まだ”?」

「…僕が思うに、今回の報酬は実はまだ支払われていないんじゃないだろうか?」

「ん??それじゃあこの3000万円はなんだっていうんだ??」


 はやとの抱いた疑問に対し、僕はやや自分でも信じたくはない言葉を返した。


「…もしかしたら、今回の一件以前にもなにか別の事件があったんじゃないだろうか…?これはその時に渡された報酬で、今回の件とは別物だと考えれば辻褄は…」

「お、おいおいおい……」


 …今回の一件だけでも相当まずいことだろうに、もしかしたらさらに別の事件が起こっている可能性がある。僕が信じた製薬会社がそんなことをしているなど、決して考えたくはないことだけれど、どうにもそうとしか思えない雰囲気がたしかにそこにはあったのだった。


「…もしも、もしもだぞ、もしもそんなことがあったらつかさ、お前どうするつもりんなんだ?」

「どうするって?」

「これよりもさらにやばいことが明らかになったなら、間違いなくリースリル製薬は一気に信用を失ってしまうことになるだろう。そうなればきっと、お前の生み出した新薬の開発研究も立ち行かなくなる」

「だろうね」

「…その時お前はどうするんだ?会社に味方をして薬を守るのか、それとも薬の未来を捨ててでも真実を追求するのか…?」

「…」


 はやとは僕に、この上ないくらい真剣な表情でその質問を投げかけてきた。それに対する僕の答えは、すでに固まっている。


「そんなもの、両方ともに決まってる。すべての真実を明らかにするし、薬の開発だって絶対に進める。僕は欲張りだから、どちらか一方だけを選ぶなんで無理なのさ」

「…両方、ねぇ…」


 そういうことが言いたいわけじゃないんだがなぁ、といった表情を浮かべるはやと。それは僕も分かってる。これは彼の質問にきちんと答えた形にはなっていない。

 でも、今はそれで納得してほしい。その質問に対するきちんとした答えは、今後必ず結果で示して見せるから。

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