第12話 激突!

 はやとは紙に書かれた口座情報を持ち帰った代わりに、それらの情報が入ったUSBメモリを僕に渡して行った。…こんなことがばれてしまったら銀行をクビになる可能性だってあるだろうに、それでもはやとは僕のために協力してくれると言ってくれた。…それほどの覚悟を見せてくれたはやとの思いを無下にすることは絶対にできない。後日、僕は渡された資料を手に持ち、再び木田さんの待つ製剤広報部へと足を向かわせたのだった。


――――


「またあんたか、いい加減しつこいぞ。迷惑だってこと、言われないとわからない?」


 新薬に関する権限のすべてを持っているからか、心から余裕の表情でそう言葉を発する彼。僕が何を言ってきたところで、無関係な人間に言うことなど何もないと言い張るつもりなのだろう。


「確かに権利はすべてお渡ししましたが、あの薬を生み出した親は僕です。親として、子どもが今どうなっているのか心配になるのは当然の事ではありませんか」

「そういうの、屁理屈というんだよ」


 木田さんは僕と目を合わせることなく、けだるそうにそう言葉を発する。


「屁理屈でなく、僕はただ」

「聞いたよ、あんたの事」


 反論しようとした僕の言葉を、木田さんは途中で遮った。


「あんた、耳の聞こえない彼女のためにあの薬を作ったんだって?できそこないの彼女を持つと苦労するねぇ…」

「…………出来損ない?」


 …木田さんは明らかに、挑発的な口調で言葉を発してきた。


「だってそうだろう?生まれつき耳が聞こえないなんて普通じゃない。まぁ、そんな女と付き合ってるお前もなかなか普通じゃないけどな」


 …僕の薬だけならず、さやかの事までも平気で傷つける発言をするこの男…。僕はこんな男のもとに自分たちの未来を預けてしまったのかと、深い後悔と失望感を感じていた…。

 しかしそれに続き、彼はなにか不可解な言葉を続けて言った。


「…医療の進化に犠牲はつきものなんだよ。あんただって化学を専攻する研究者ならわかるだろう?すべてが終わった後になってあーだこーだ言われても困るんだよ」

「………?」


 …この男は確かにそう言った。医療の進化??犠牲??ついさっきまで新薬の権利に関する話をしていたのに、この男はなぜだかその話題を医療倫理にスイッチした。 

 …医療倫理とさやかの事と、なにか関係があるのだろうか…?この男はやはり何かを知っている…。

 静かに考え込む僕の姿を見て飽き飽きしたのか、彼は席を立ちあがりながらけだるそうにこう言った。


「…さぁ、今日はこんなところで構いませんか?私はあんたと違って忙しいもので、あんまり遊んでいられないのですよ。あぁ、またここに来たければいつでもお越しください。何度追い返しても迷惑な男が押し掛けてくると、警察に突き出して差し上げますから♪」


 そう言って部屋を出ようとする彼の前に、僕は無言で最初の資料を放り投げた。彼はそれを鼻で笑いながら見つめると、余裕の口調でこう言った。


「なんですかこれは?また新しい実験結果でも持ってきてくれたのですか??あなたもいよいよ暇なのですねぇ。それでお給料が頂けるなんて羨ましい限りだ」


 その資料の正体も知らず、余裕の表情を浮かべてそう言う木田さん。僕は黙ってそれらの資料を表向きにし、誰の目にも一発で内容が理解できるよう広げて見せた。

 …そしてそれを見た途端、木田さんの表情は一気に青白くなっていく…。


「…っ!?な、なんでこれが…!?」


 まず最初に差し出したのは他でもない、例の治験計画書だ。それを見た途端、彼は心から驚いたような様子を浮かべたものの、次の瞬間にはその様子を必死に隠しにかかった。


「お分かりですね?」

「さ、さぁ……な、なんの書類かさっぱり……」

「これは他でもない、あなたの会社が作った治験計画書ですよね?内容を見てみたところ、とても大製薬企業が書き上げたとは思えないほどずさんで適当なものなのですが、あなたなにかご存じなんじゃないですか?」

「そ、そんなものは知らん!!!」


 大きな声を上げたことで勢いがついたのか、彼はそのまま僕に食って掛かった。


「じゃあ聞くが、これはどこから入手したんだ!!本当にうちが作ったものだというのなら、きちんと入手元を言えるんだろうな!!」

「…」

「ククク、そうだろうそうだろう、やっぱり言い返せないんだろう??そりゃ当然だよな、だってこれはお前が私をはめるために勝手に作り上げたもので、なんの真実味も持たない無価値な資料なんだからなっ!!」


 彼は机を強くバン!と叩き、大きな声でそう言った。そして自分の荷物を簡単に整理した後、僕に向けこう言った。


「幼稚な遊びには付き合ってられない。早く帰ってくれ。もう顔を見ることも……っ!?」


 その時僕は、もう一つの資料を木田さんにむけ提示した。それはまぎれもない、この男の個人口座の記録である。


「あなた、相当いい仕事を知っておられるようですね。見たところ…月に100万円ですか?僕も知りたいので今度紹介していただけませんか?」

「……ふ、ふざけるなっ!!!なんだってお前がこんなものを!!」


 彼は再び精神状態を高ぶらせると、さらに大きな声を上げて僕に詰め寄った。


「こ、これは犯罪だ!!もういい!このまま私は警察に行ってやる!!お前の事はずっと迷惑に感じていたが、最初は穏便に済ませてやるつもりだった!!しかしもうやめだ!!警察に突き出して人生終わらせてやるよ!!」

「じゃぁ行けばいいじゃないですか。そして警察の皆さんにも教えて差し上げればいいじゃないですか。こんなに不思議なお金の儲け方があるのですよ、とね」

「っ!?!?」


 そう、この金が本当に何の裏もないものだというのなら、警察になにか聞かれたとしても堂々と説明すればいいだけの事。

 しかし僕の言葉を聞いた木田さんは、明らかに冷や汗を流して動揺しているようだった。


「どうしました?この口座にはなにか知られたまずいことでもあるのですか?」

「そ、それは……だ、大体これが本当に私の口座だと認めたわけじゃ……」

「あぁ、それなら僕の方からしかるべき機関にこれを渡してきましょうか?それが一番てっとりば」

「ま、まってくれ!!!」


 彼は分かりやすく動揺し、僕の事を全力で制止してきた。


「待て?なぜ??あなたが言ったんですよ?自分をはめるために僕がこれらの資料をでっちあげていると。本当にそうなのかどうか、警察の方々に見極めていただくことにしようではありませんか」

「ま、待ってくれ……待ってくれ……待ってくれ……」


 僕の事を落ち着かせるかのようなジェスチャーを行う彼だったが、それは誰の目にも、自分自身を落ち着かせるための行動にしか見えなかったことだろう。


「待ってくれ……は、話し合おうじゃないか…お、お互いに誤解があるようだ……」


 ついさきほどまでの勢いはどこへやら、木田さんは牙を取られた獣のように、一気に大人しくなっていった。


「誤解があるのですか。じゃあきちんと説明していただけませんか?僕の目には、あなたがこの治験を台無しにすることで、どこからかその報酬を受け取っているようにしか見えないのですが??」

「そ、それは違う!!!その報酬はまだ………」

「…まだ??」

「……」


 …分かりやすく”しまった”という表情を浮かべる木田さん。もはやここになんの陰謀もないと思う方が難しいだろう。


「…このことを黙っていてほしいなら、教えてください。あなたはなにをしたのですか?」


 もはや観念したのか、全身をどっと脱力させたのち、比較的小さな声で木田さんは言葉を発した。


「……わ、分かった…。その代わり、これは取引だ。教えてやる代わりに、その秘密は処分してもらう…」

「ええ、構いませんとも。僕はきちんとあの薬を開発していただければそれでいいのですから」

「……」


 …一瞬の間を置いたのち彼は、これまでに何があったのかを話し始めたのだった…。

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