第11話 闇への入り口
彼が”いつもの場所”と呼んだ場所に、僕はひとつしか心当たりがない。まだ僕たちが学生だった時から、なにかあるたびに通い詰めていたお店。時にうれしいことがあった時、時に悲しいことがあった時、ともにお酒を飲みながら何度も何度も言いたいことをすべて語り合った場所。
「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」
新入りらしい店員さんが僕を出迎えてくれる。僕はえーっとと声を発しながら、ぐるっと店内の様子を見まわしてみる。まだはやとはここには到着してはいない様子だ。
「二人でお願いします」
「承知しました。こちらのお席どうぞー」
店員さんに案内されるまま、僕は二人用の席へと向かっていく。比較的入り口から近い位置にあったその席は、イスがふたつと、その間に小さなテーブルがある、まさにお二人様専用の席だった。
「ご注文お決まりになりましたら、こちらでお呼びください」
「あぁ、どうもありがとう」
この店は比較的人気店だから、席を得るのに1時間くらいかかることだってある。今日は来た時間が良かったためか、1分も待つことなく席を得ることができた。
テーブルの上に置かれたメニュー表を適当に眺めながら、僕ははやとの到着を待つことにした。
――それからしばらくして…――
「いやいや、遅くなってすまんな」
「全くだ。そっちからさそってきたんだぞ?」
「あぁ、悪かった悪かった」
時間を正確に測っていたわけじゃないからわからないけれど、はやとがやってきたのは僕が到着してからかなり時間が経過した後だった。彼の様子から見るに仕事終わりのようだけれど、それならんぜ彼はまだ仕事があるのに僕をここに急いで向かわせたのだろうか…?
「なんだなんだ??まさか僕に席取りだけさせたかったのか??それであんな電話を??」
「まぁそれも………違う違う、そうじゃないさ(笑)」
彼はやや笑みを浮かべながら、僕の言葉を否定した。
「…今日はお前に、面白いものをもってきてやったぞ」
はやとはそう言うと、自身のカバンからA4サイズの茶封筒を取り出し、机の上に差し出した。…明らかに過去に経験があるその光景に、僕は思わず言葉を漏らす…。
「…デジャヴ?」
「かもな。お前、前に面白いものを見せてくれただろう?これはそのお返しだ」
そう、この光景はかつて僕がはやとに治験計画書を見せに来た時と全く同じだ。おまけに店までも。
「…で、これはなんなんだ?」
「見てみればわかるさ」
どこかうきうきとしながらそう話すはやと。僕はそんな彼のことをいぶかしげに見つめながら、ゆっくりと封筒の封を開け、その中身を取り出す…。
…そこには僕が想像もしていなかった代物が入っていた…。
「…こ、これって……口座の記録か…!?」
「あぁ。ある男の口座記録だ」
そこには、一人の人物の口座記録がはっきりと書かれていた。預金通帳をそのままコピーしたようなものである。
「な、なんだってこんな」
「名前、見てみろよ」
「な、名前………っ!?」
はやとに促されるままに、僕はその口座の主の名前が書かれた部分に視線を移す。いきなり個人の口座を見せられただけも驚きだったのに、そこに記された名前を見て僕はさらに心を飛び上がらせて驚いた。
「き、木田達哉!?!?」
「どうだ、驚いたか♪」
木田達哉。それは紛れもない、リースリル製薬製剤広報部のあの木田達哉だ。隣に書かれた生年月日から推測しても、これは彼の個人口座の記録に間違いはない。
そしてはやとは僕のリアクションを見て、してやったりといった表情を浮かべる。いやいやいやいや、何も笑える状況じゃないって!!
「ど、どういうことなんだ!?一体なんで木田さんの口座記録を!?」
「まぁあわてるなよ。順番に説明してやるさ」
とりあえず落ち着け、とはやとはジェスチャーで伝えてくる。僕は全く心が落ち着かない思いを感じていたものの、ひとまず深呼吸をして自分の精神を落ち着かせるよう努めた…。
「さっきお前と電話した時、”木田達哉”って名前が出てきたよな?」
「あ、あぁ…」
「実は最近うちの銀行に、そいつの口座記録を見せてくれと言いに来たやつがいたんだ。その時に俺も一緒に口座をチェックしたから、その名前にピンと来たってわけだ」
「し、調べに来たって誰が??何のために??」
僕の発した質問に、はやとは一間置いてから答えた。
「国税局だよ」
「こ、国税っ!?」
「その口座、よく見てみな」
「………?」
想像だにしていなかったパワーワードを連発され、もはや頭がどうにかなってしまいそうだ。しかしここでひるんでいたら、それこそこれまでの行いが無に帰するというもの…。
僕ははやとに促された通りに、口座の金の流れを見てみることとした。
「…見てみるに、普通の生活口座、だよな…。怪しそうなところは別に……っ!?」
「気づいたか♪」
…最初の方は、ごく普通の社会人の口座にしか見えないものだった。しかし口座取引を過去にさかのぼってみていくと、今から半年ほど前にあたる欄に、普通では考えられない記載があった…。
【01月04日 現金入金 カード 1,000,000円】
【02月07日 現金入金 カード 1,000,000円】
【03月04日 現金入金 カード 1,000,000円】
【04月03日 現金入金 カード 1,000,000円】
【05月02日 現金入金 カード 1,000,000円】
【06月01日 現金入金 カード 1,000,000円】
【07月04日 現金入金 カード 1,000,000円】
【08月02日 現金入金 カード 1,000,000円】
【09月07日 現金入金 カード 1,000,000円】
【10月03日 現金入金 カード 1,000,000円】
【11月09日 現金入金 カード 1,000,000円】
【12月04日 現金入金 カード 1,000,000円】
「な、なんだよこれ……」
「どうだ?面白いだろ?」
そこには定期的に、この口座に現金で100万円が入金され続けている記録があった。一介のサラリーマンが個人口座に蓄えるには信じられない金額を目の当たりにして、僕は夢でも見ているのかと錯覚する…。
「ほぼほぼ月に一回、定期的に現金で100万円が入金されてる。まるでなにかよくない仕事の報酬みたいだよなぁ…?」
「あ、あぁ…」
そもそも一介のサラリーマンが給与以外に毎月に100万円なんて、とても普通じゃない。しかもこれらは振込されたお金ではなく、すべて現金入金だ。…ここに何も不信感を抱くなという方が無理な話だろう…。
「およそ3年にわたり入金された金額の総計は、おおよそ3000万円だ。何をすればこんなに稼げるのか教えてもらいたいねぇ」
「さ、3000……」
「国税局の奴も、間違いなくこの金の事を不審に思ってうちに照会に来たんだろう。お前がにらんだ通り、なにかあるぞ、こいつには」
はやとはどこか楽し気にそう言うと、注文していたビールを体に流し込む。…一方の僕は、彼が持ってきた情報を見てどこか心ここにあらずな状態になっていた。
…僕は心のどこかで、今回の件はなにかの間違いなんじゃないかと思っていた。だってそう思う方が、相手を疑うよりもずっとずっと楽だからだ。しかしはやとから見せられたこの記録を見て、僕が心の中に抱いていた不信感は確信に変わり、このままでいいはずがないという思いに姿を変えていく…。
「……何が狙いかはわからないけれど………僕たちが未来を託したはずの新薬を………こんな男に………」
ふつふつと湧き上がってくる怒りの感情…。それはどこかにぶつけなければ自分自身が破裂してしまいそうなほどに膨張していき、僕の体を震わせていく…。
「つかさ」
はやとはそんな僕の姿を真剣な目で見つめながら、言葉を続けた。
「これは俺が勝手にやったこと。この情報を生かすも殺すもお前次第だが………」
「………」
「生かすというのなら、俺はお前を手伝うぜ?」
「は、はやと………」
はやとの表情は、真剣そのものだった。僕に手を貸したなんてことがバレてしまったら、ここまで順調に築き上げてきた彼のキャリアを不意にしてしまうことになるというのに、全くそんな不安や恐怖を感じさせない彼の表情が、そこにはあった…。
「…ありがとう、はやと」
「この貸しは高いぜ?」
「あぁ、分かってるとも」
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