第6話 皇女の話


 私がハルト君に初めて会ったのは5歳の時だった。

 確か私の誕生日パーティーだった。


 彼は王国の代表として、伯爵と共に参加していた。

 なんか友好関係云々で来たらしい。

 

 私は彼が挨拶をしに来た時、いつも感じる嫌な視線を感じなかった。


 私は今まで媚びを売ってくる視線、私に対する恐怖……などなど、色んな視線を感じてきた。

 その中に、憧れ等の肯定的な意味を持つ視線は極々僅かだった。


 私は3歳の時に魔法が暴走した。

 その時に部屋をめちゃくちゃにしたもんだから、魔力制御の指輪を嵌め、魔法の訓練を沢山やらされた。


 暴走した事件の時に私の属性は判明した。

 氷と植物。

 私は2つの属性を持つ稀有な存在だった。


 部屋を破壊したと言う話は貴族連中に知れ渡った。

 貴族共は継承権が無きに等しい私が皇帝の座に座れると思い、私に詰め寄ってきた。

 2つの属性持ちとはそれほど稀有な存在なのだ。


 パーティーに出れば媚びを売る貴族。

 親に言われ、私と友達になろうとする子。

 だがその全ての人が私に対して恐怖を向けた。


 そりゃそうだ。

 今でこそ魔力制御は完璧だが、当時の私は感情が高ぶると魔法が暴発する状態だった。


 そんな私に恐怖を覚えない訳が無い。


 それは王国の伯爵でさえ、同じであった。

 なのに……ハルト君だけは憧れ、興味深いと言う視線を向けた。


 彼の綺麗な黒い瞳は少しだけ、キラキラしていたように見えた。


 彼との挨拶が終わり、帝国貴族の相手も終わると、父上から自由にしていいと言われた。


 私は料理を食べていた。

 そんな時にもやってくる同い年の子息、令嬢達。

 いつも通り「友達にならない?」「綺麗な服ですね」といった内容を言われる。


 そんな怯えた目で見られながらそんなこと言われても、友達なんて無理に決まってる。


 そんな顔で言われても嬉しくない。


 私は彼らに適当に返事をして、庭に出た。


 いや、逃げた。


 悲しみで魔法が暴発しそうだったからだ。


 私は庭の隅っこで氷の魔法を使い、自分を落ち着かせてた。


 そんな時に……


「あれ?皇女様?」


 彼の……ハルト君の声が聞こえた。

 振り向くと彼は、私から少し離れた所に立って、こちらを見ていた。


 ああ……見られてしまった。

 彼にもきっと、怯えられる。


 私が使う魔法は人を『笑顔』にさせる物では無い。

 父上から自身を守る為に教わった、人を『殺す』……傷付ける魔法だ。

 怯えさせる魔法だ。


 そう思い、私は彼から目を離した。


「何その魔法!凄っ!めちゃくちゃ綺麗じゃん!」


 私は彼の……怯えた様子が全く無い声に驚いた。


 綺麗?私の魔法が?

 こんな……鋭利な氷だって作れるんだよ?

 怖くないの?


「へー凄いじゃん!こんな薄い氷も作れるんだ……頑張って訓練したんだね」


 彼の口から出る言葉は全て本心だった。

 私の魔法が綺麗、凄いと何度も言ってくれた。


 私は嬉しくて……彼の前で泣いてしまった。


 そんな私の頭を、彼は何も言わずに泣き止むまで撫でてくれた。

 

 泣き止んだ私はハルト君とお話をした。

 最初は私の事をハルト君が聞いてくれた。

 辛かった事や楽しかった事……全てを聞いてくれた。


 属性の話をした時には


「えっ!?2つも属性を持ってるの!?凄いな!」


 と、褒めてくれた。

 5歳の貴族なら、2つの属性を持つ者がどれだけ珍しいか、恐ろしいかは学んでるはずなのに。


 褒めてくれたのが恥ずかしくて、嬉しくて、私は彼に魔法の属性を聞いた。


「僕?僕の魔法は結界魔法だよ」


 結界魔法。

 それは守る事にしか使えない、この世界では不遇と言われている魔法だ。

 

「ご、ごめんなさい」


 私は自分の軽率な発言を謝った。

 同時に恐怖を覚えた。

 せっかく仲良くなってきたのに、嫌われちゃうかもという恐怖だ。


 だがそれは杞憂だった。


「なんで謝るの?同情ならいらないよ。そうだな、皇女様には僕の結界を見せてあげよう」


 そう言って彼は庭の中心に立ち、魔法を発動させる。

 5歳とは思えないほどの発動速度と魔力量だ。

 

 結界は私と彼を包み込む。

 そこからが驚いた。


 結界内に水の玉、炎の玉が浮き始めたのだ。

 その魔法の玉は結界内を私達に当たらないように飛び回り、最後には結界と共に消えた。


 それがとても綺麗だった。

 

「皇女様はさ。自分の魔法の事を人を傷付ける魔法と言ったね。確かに今のままじゃそのまま変わらない。いつまでも人を傷付ける魔法になる」


 ハルト君は私の目を見て話す。


「だって人を傷付けるイメージしか出来てないから。最初に教わらなかったの?魔法はイメージだって。人を笑顔に、人を守る事の出来る魔法をイメージ出来なければ君の現状は変わらない」


 彼の言ってる事は正論だ。

 魔法はイメージの世界。

 人を笑顔にする魔法をイメージ出来なくて、その様な魔法を使える訳がない。


「僕の結界魔法だって同じ様な物だ。守るだけの魔法でも、イメージ次第で傷付ける魔法となり、人を守り笑顔にさせる魔法となる」


 ハルト君の言葉が、私の心に響く。


「まあつまりだ。自分の魔法をそんなに嫌うな。君の魔法は使い方次第で人を笑顔に出来る。自信を持って」


 ハルト君は最後にニコッと笑う。

 私の心臓はドキッと高鳴った。


 それから彼は「結界の事は秘密な!」と言って庭を去り、パーティーに戻って行った。


 この時、私は思った。

 彼のような魔法使いになると。


 彼のように自分の魔法を発展させられる様な、立派な魔法使いになる。


 私はこの時から魔法の練習を更に頑張った。


 何度も、何度も嫌になった。

 でもその度に彼の顔を思い出し、頑張った。


 そのお陰で私は12歳で帝国の騎士となった。


 魔物から民を守り、笑顔にさせることが出来た。


 私の魔法で。


 それが何よりも嬉しかった。


 それからパーティー等に出ても恐怖は向けられなかった。

 代わりに男からはいやらしい目線、女からは強烈な嫉妬を浴びた。


 まあ私の胸は大きくなったからな。

 男共は気になるのだろう。


 男に見られる度に思う。

 ハルト君はどうなんだろうか、と。


 あのパーティー以降、色んな本も読んだから彼に対するこの感情も分かる。


 恋だ。


 彼に会いたい。

 彼の声が聞きたい。

 笑顔が見たい。


 でも、叶わない。

 

 だから私はハルト君とあーんな事やこーんな事をする妄想をする日々を送っていた。

 我ながらちょっと気持ち悪いかもしれない。



 

 でも今、彼に会えた。

 今日この森に来て本当に良かったと思う。


 彼は私と結婚したい的な事を弟君と話していた。


 彼は私の事を覚えていて、初恋だと言う事も。


 それが嬉しくて嬉しくて……今すぐにでも襲ってしまいそうだ。


 でも我慢。

 そういうのは結婚してからだ。


 私は結婚した後の生活を妄想しながら、彼の隣を歩くのだった。

 

 

 



────


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