第36話 その後の二人<ルーカスの憤り>
アイラ王女との個別の顔合わせはニキアス皇太子殿下の応接室で行われた。
今後王女に関することは主にニキアスが担当することになり、それに伴いニキアスの側近との顔合わせが必要となったのだろう。
「アイラ王女、彼がトウ国にルーツを持つルーカス・ディカイオ公爵、そして公爵夫人のアリシア夫人だ」
ニキアスの紹介にルーカスはボウ・アンド・スクレープで、アリシアはカーテシーで挨拶する。
「あなたがトウ国出身の公爵様なのですね」
アイラの目がルーカスをしっかりととらえた。
その瞳に強い興味を感じて、アリシアは小さな不安を覚える。
「お初にお目にかかります。ルーカス・ディカイオと申します。祖母がトウ国出身ではありますが、私自身は生まれも育ちもロゴス国です」
さすがに王女の言葉を真っ向から否定できず、ルーカスはやんわりと自身の出身はロゴス国であると告げた。
「もちろん理解しております。ルーカス公はトウ国にみえたことはないと伺っていますが、あなたのお祖母様の肖像画が王城に飾られているのをご存知かしら?」
「祖母のですか?」
思わぬところで祖母の話題が出てルーカスは驚いた。
ルーカスにとって祖母は会ったことのない人で、母が持っていた小さな肖像画でしか見たことがなかったからだ。
「トウ国の王城には歴代の王族の肖像画があるのです。ルーカス公のお祖母様は先々代の第3王女でしたのよ」
「そうでしたか。お恥ずかしながら祖母のことはあまり詳しく知る機会がなかったので…」
「ルーカス公のお祖母様がどんな方だったのか、こちらに来る前に周りの者に聞いてきましたのでぜひお伝えしたいと思っていますわ」
「お気遣いいただきありがとうございます。それは、いずれ機会があれば」
王女の勢いにルーカスはいささか押され気味だった。
その様子を見ていたニキアスが声をかける。
「アイラ王女。同じ王族を先祖に持つルーカス公に興味をもたれるのもわかるが、王女は勉学と交流のために来国したと聞いている。まずは我が国のことをよりよく理解していただくようにお願いしたいところだ」
「わかっておりますわ」
ニキアスの言葉に王女も自身の前のめり具合に気づいたのか、少し恥ずかしそうに答えた。
「こちらが妻のアリシアです。今後顔を合わせる機会もあるかと思いますのでお見知りおきください」
「アリシアと申します。よろしくお願いいたします」
アリシアの言葉にアイラがちらりと視線を寄越す。
「ルーカス公がご結婚されているというのは知っておりますが、ご夫人は一人ですか?」
「どういう意味でしょう?ロゴス国は王族以外は一夫一妻制ですので妻はアリシア一人です」
アイラの言葉に、ルーカスが幾分不快げに答える。
「でもお子さまはお一人でしょう?ロゴス国の公爵家は少なくとも二人以上の子を持たなければならないと聞いています。そのためには夫人以外の相手が必要となることもあるとか」
「アイラ王女殿下」
ルーカスが強めの口調でアイラの言葉を遮った。
場合によっては他国の王族への不敬とも取られる行為ではあったが、ルーカスはそれ以上の言葉をアイラに言わせるつもりはない。
「ディカイオ家の子はまだ一人ですが、その子も一歳になったばかり。二人目以降はこれからとなりましょう。何よりも、私はアリシアだけを愛しておりますので、それ以外は不要と考えております」
「それは…」
アイラもまさかここでルーカスがそこまでのことを言うと思わなかったのだろう。
言葉を詰まらせたまま黙ってしまった。
「そして不敬ながら申し上げますが、他家の事情に口を出されるのはたとえトウ国の王族であっても失礼な行為と理解していただきたい」
ルーカスの言葉には強い憤りが込められている。
基本的に穏やかでできる限り平和的な解決を求めるルーカスは、アリシアのことに関してだけは許容範囲が狭い。
「アイラ王女。今のは王女の発言に問題があると考えるが、いかがか?」
二人の間をニキアスがやんわりと取り持つ。
「そうですわね。出過ぎた発言をしましたわ」
アイラがそう言うと、緊張が高まっていた部屋の空気が緩まる。
こうして顔合わせは穏やかならざる展開となり、アイラの思わぬ発言から両国の交流は波乱含みの始まりをみせた。
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