第3話 護衛騎士のひとりごと<3>

子爵家令嬢のお茶会は滞りなく進み、そろそろ解散という頃になってアリシアがパウダールームに行くために席を立った。


専属護衛をするにあたって困ることの一つがこういった女性専用の場所に行く時だ。

入り口近くにいるわけにもいかず、パウダールームが目視できる範囲の少し離れたところでノエは待機していた。


そしてそこに、とある伯爵家のご令嬢がやって来る。


「そこにいるのはカリス伯爵家護衛のノエではなくて?」

声をかけられ、ノエはボウ・アンド・スクレープで挨拶した。


「アグロス伯爵家ご令嬢にご挨拶申し上げます」

礼のために頭を下げたまま、ノエは面倒なことになったなと思う。


アグロス伯爵家のご令嬢といえば、何度かカリス伯爵家へノエの引き抜きの話を持ち込んでいると聞いていた。

お互い伯爵家のため家格を盾に無理強いすることはできないが、雇用条件を吊り上げては申し入れてくるらしく、カリス伯爵が苦笑いしていたことは記憶に新しい。


「何度もカリス伯爵家へご連絡を差し上げているのですけど、ノエは聞いていらっしゃるのかしら?」


あたかもカリス伯爵がノエの意思関係なく断っており、ノエ自身は知らないのではないかとでもいうような物言いに不快感を覚える。


なぜ自分は選ばれて当然だと思えるのか。


「お申し出いただいた件は伺っております」


「アリシア様はいずれディカイオ公爵家へ嫁がれるでしょう。その後のことを考えれば、私の専属護衛に就かれた方がいいのでは?」


嫁入りに際して、貴族女性が生家の護衛や侍女を嫁ぎ先へ連れていけるかどうかは受け入れる側の考えによる。

つまりノエの処遇は、アリシアがノエを連れていきたいと考えていて、かつルーカスが許せば叶うということだ。


「たとえアリシア様の専属護衛を外れたとしても、カリス伯爵家を離れるつもりはありません」

「まぁなぜかしら。雇用条件は我が家の方が良いと思うのだけど?」


人間性の問題です、と言えたらどんなにいいか。

ノエにしてみればどこからその自信が湧いてくるのか甚だ疑問だった。


「フィリア様、こんなところで他家の騎士に声をかけるのは品位を疑われる行動ではなくて?」


後ろから声をかけられノエはアリシアに道を譲った。

ノエの前に立ったアリシアはパッと扇を広げると口元を隠してさらに言葉を続ける。


「ノエは我が伯爵家の大事な騎士です。そして今後はディカイオ公爵家の所属になりますの。横槍を入れるのは止めていただけるかしら」

「…なっ!有能な騎士に声をかけるのは失礼なことではなくてよ!」


はっきりと告げたアリシアに気圧されたのか、フィリアは言い訳がましく喚く。


「何度もお断りしているのにお手紙をいただいて困っていますわ。それほどまでして他家の騎士を引き抜かないといけないなんて、アグロス伯爵家は人材難なのかしら?」


まさかアリシアからそんな反撃をされると思わなかったのか、フィリアはわなわなと震えると何も言えずにバッと身を翻して去っていった。


「油断も隙もないわね。まさかこんなところで声をかけてくるとは思わなかったわ」


ため息をつきながらアリシアが言う。


「…私は嫁入り道具の一つにしていただけるということでしょうか?」

ノエの言葉にきょとんとした顔をすると、アリシアは小さく吹き出した。


「道具だなんて!ノエは大事な護衛ですもの。ノエが嫌でなければ一緒にディカイオ公爵家へ行って欲しいと思っているわ。もちろん、お父様とルーカスの許可は得ているわよ」


アリシアの言葉に、ノエは思っていた以上の喜びを感じた。

人に必要とされることはもちろん嬉しいが、アリシアに必要とされるのはそれ以上の幸せをノエにもたらしてくれる。


「仰せの通りに」


胸に手を当て、ノエはアリシアに頭を垂れた。

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