第4話 当主と義弟<1>

その日ルーカスは仕事の合間を縫ってカリス伯爵家へお邪魔していた。

アリシアとのお茶の時間を過ごした後、邸内にいるはずのイリアを探す。


ルーカスは今日イリアに確認しておきたいことがあった。

それは前々から気になっていたことで、今のうちにはっきりさせておきたいことでもある。


執事にイリアが騎士の訓練場にいると聞き、ルーカスはさっそく足を向けた。


カリス伯爵邸の広さは伯爵家として特別大きいわけではないが、訓練場や温室など、こぢんまりとしていてもよく手入れがされている。


ひとしきり訓練をした後だったのか、訓練場の入り口の椅子にイリアは腰掛けていた。


「あれ?ルーカス兄来てたの?」

「ああ。さっきまでアリシアのところにいたんだが、もう帰るところだ。その前にイリアに聞きたいことがあって探していたんだが…。騎士の訓練場で一緒に鍛錬しているというのは本当だったんだな」


ルーカスの言葉に、イリアは肩をすくめる。


「あまり信じてなかったでしょ」

「王都にいた頃は鍛錬に全く興味がない感じだったからな」

「学園への入学後を考えると、武術剣術はできるに越したことはないんだよね」


(まぁ、たしかに)


イリアの言葉に、ルーカスは心の中で納得する。

主に貴族が通う学園といえど全員が品行方正という訳ではない。

やんちゃな者もいれば、身分を笠に着て横暴な振る舞いをする者もいる。


そういった者は得てして自身よりも弱い者を狙うので、煩わしいゴタゴタを避けたかったら目に見える強さを身につけるのは賢い方法でもあった。


「で、実力はだいぶ上がったのか?」

「どうだろう?ノエが言うには、以前とはずいぶん違うみたいだけど。でもここで手合わせしてくれる人たちってみんな強いからわからないんだよね」


図らずも目的の人物の名前が出て、ルーカスは聞きたかったことを話題に挙げた。


「あー…その、ノエと言う護衛はどういう人物だろうか」


歯切れの悪い聞き方にイリアはじっとルーカスを見る。

イリアは昔から人への観察眼が鋭く、今回もノエという人物を理解するにあたってイリアの意見が聞きたかった。

訓練をつけてもらっているのであればよりその人となりに詳しいだろうという思惑もある。


「ルーカス兄、何が聞きたいの?」

ふんわりとした聞き方に、イリアはもっとポイントを絞った質問を求める。

ルーカスが言いにくさを感じていることをわかっているのだろう。


「まぁ、なんだ。そのノエという護衛がアリシアのことを好ましく思っているという話を小耳に挟んでだな」


なぜだろう。

アリシアに隠れて悪いことをしている気になるのは。

誰だって自身の婚約者に想いを寄せる相手がいれば気になるのが普通だと思うのだが。


ノエについてアリシアにではなくイリアに聞いているからだろうか。

しかしこの件についてアリシアに聞いたとしても、存外自分への好意に鈍いアリシアはそもそもノエの気持ちに気づいていない可能性が高い。


ルーカスとしても、何も知らないであろうアリシアにノエの気持ちを教えてしまうことによって藪蛇になるようなことはしたくなかった。


「小耳に挟んだ…ね〜」


胡乱な目を向けるイリアに、ルーカスはなぜか背中を冷や汗が流れ落ちるのを感じた。

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