第2話 護衛騎士のひとりごと<2>
貴族の生まれといえども、家の跡を継ぐ長男、そして長男に何かあった時のための次男を除けば将来への補償なんて無い。
特に下位の貴族ともなれば家の資産に余裕が無いところも多く、運よくどこかの貴族と縁づくか、もしくは自身で食い扶持を稼ぐようになるしかなかった。
ノエは男爵家の三男、しかも父親が愛人に産ませた子ということもあり家では常に肩身が狭かった。
たまたま武術に関する才があったため身体的に攻撃されることはなかったが、嫌味や冷遇など日常茶飯事の毎日に嫌気が差して、母親さえいなければすぐにでも家を出たいと思う日々だった。
今でも碌な家ではなかったと思うが、それでも体面を考えて最低限の教育を受けられたことは平民より良かったところだろう。
ノエが鬱屈を抱えながらも教養と武術を身につけ、ロゴス国で成人と言われる18歳まであと少しという時、突然婚約の話が舞い込んだ。
正直、ノエに結婚する気など全く無かった。
ましてや家のための縁組など当然お断りだ。
しかしその頃まだ存命だった母から頼まれ、仕方なくその婚約を受けた。
それが間違いの元だったのだが。
相手は子爵家の令嬢で男爵家にとっては格上の家。
そのためすべて相手の希望を聞いた上で婚約は結ばれた。
令嬢はノエの容姿を気に入り、あちこちのお茶会や舞踏会へ連れ回しさらには自身への愛の言葉をねだった。
たいして会ったこともない政略結婚の相手のどこに魅力を感じろというのか。
そう思う気持ちはあったが、それでもこれから一緒になる相手と思い、嘘にならない範囲ではあるものの気持ちを伝えることに努めたのはノエなりの努力だった。
しかしその婚約はそう日を経たずして破棄されることになる。
婚約から結婚までがかなり短い日程で決められたことからもおかしいところはあった。
蓋を開けてみればなんのことはない。
子爵令嬢は平民との子を宿していたのだ。
火遊びの結果の妊娠。
それを誤魔化すためにも早急に相手が必要となり、家格が下の男爵家、しかも三男というノエに白羽の矢が立ったのだった。
ノエの容姿がとても整っており子爵令嬢がことさら気に入ったという理由もあったのだが。
いずれにしろ、事が露見して婚約は破棄された。
ノエにとっては煩わされた苦い思い出だ。
その件をきっかけに、これ以上男爵家に利用されるのはごめんだと思ったノエは家を出た。
ちょうどその頃母親が流行病で他界したことも大きな理由だったのだけれど。
以来、男爵家には戻っていない。
その後ノエは気の良いおっさんと知り合い傭兵となった。
そこでみっちり戦闘と諜報の腕を叩き込まれたのだが、それもまた今に生きていると思うと人生の巡り合いは不思議だ。
いくつもの任務を一緒にこなし、このままずっと傭兵として暮らしていくのだと思っていた矢先、おっさんはある任務であっさりと命を落とした。
ノエは驚き、嘆き、そして恩を返せなかったことを悔やんだ。
しかしいくら悔やんでも時間は取り戻せない。
だからノエはおっさんの残した言葉に従うことにした。
「お前は貴族の護衛騎士が向いている。どこかの家の騎士になれ」
おっさんはもしかするとノエが貴族の出であることに気づいていたのかもしれない。
あんな腹の探り合いばかりする世界に戻りたいとも思わなかったが、なんのことはない、傭兵内であっても人を欺き騙すのはよくあることだった。
特にノエは目立つ容姿に鍛えられた体躯だったこともあり、あちこちの女性に粉をかけられたり男女のもつれに巻き込まれたりと散々だった。
女運が無かったといえばそれまでだが、ノエが女性に対して良いイメージが持てないのもそういった経験からで、同時に自身の容姿に対してネガティブに思うのもそのせいだった。
傭兵でいるのなら整った容姿など不要なのに。
しかし今ではその容姿が役に立つのだから、結果としては良かったのか。
アリシアとの出会いはノエの中の女性像をことごとく変えていく。
ただ一人の人を想い、誰に媚びることも無く、陰口も言わない。
人を受け入れる懐の広さ、信念を曲げない意志の強さ。
もちろん弱いところもあるけれど、心の傷すら呑み込んで前を向く姿勢を、ノエは尊いと思った。
だから、ノエはアリシアに傅く。
自身の忠誠を捧げられる主を得られたことは、ノエの中で大きな意味を持っていた。
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