【番外編】たとえあなたに選ばれなくても

神宮寺あおい@受賞&書籍化

第1話 護衛騎士のひとりごと<1>

ノエはアリシア・カリス伯爵令嬢の専属護衛騎士だ。


元々下位貴族である男爵家の出身だったが、家を出た時に家名を捨てて以来その名前は名乗っていない。

自身が貴族であったことも忘れてしまうくらいの時間がたったものの、以前身につけた立ち居振る舞いが今となって生きていることを考えると、何事も経験は無駄ではなかったと思える。


「イリアは今日も訓練に参加すると言っていたわ。迷惑になっていないかしら?」


ノエの主人はカリス伯爵だが、今はほぼアリシアが雇用主と言ってもいい状態だった。

何より、カリス伯爵がノエの処遇権をアリシアに一任していることもある。


「イリア様は着々と成長されていますし、さらなる上達を目指す姿勢に他の騎士たちも刺激を受けていますから迷惑なんてことはありません」


アリシアは領地内の子爵家ご令嬢に招かれてお茶会に出かけるところだった。

身重の身ということもあり、カリス家の人間はとかくアリシアの行動を狭めがちだったが、元来活発なところのあるアリシアは気にせず出かけてしまう。


そこでノエの出番だ。

もちろん、専属護衛騎士という立場上アリシアがどこへ出かけるにしても付き従うが、ノエの場合招かれたお茶会にも付き添うことができる。


貴族令嬢のお茶会では無骨な護衛騎士を連れて歩くことを嫌がるご令嬢も多い。

特に大きな体に厳つい顔でもしていようものなら怯えられてしまうこともある。

そのため高位貴族のご令嬢は見目が良く腕も立つ護衛を雇いたがった。


そしてノエはそのポジションにもぴたりとはまる人材だ。


金髪碧眼はロゴス国で最も好まれる色合いであるし、その上整ったキラキラしい容姿と、武芸で鍛えられた逞しい体躯を持つ。

ましてや元貴族でもあったため立ち居振る舞いも礼儀も問題ない。

やろうと思えば優雅にエスコートもできるし、能力と合わせれば近衛騎士にも見劣りしないだろう。


なかなか近衛騎士に会うこともできない地方の貴族令嬢にとって、ノエはある意味擬似近衛騎士のようなものなのかもしれない。


当然お茶会にも連れて行ける上、何ならノエを連れて来て欲しいというご令嬢もいるようだった。

ノエにしてみれば護衛業務に差し障りがない限り特にこだわりはないが。


そしてお茶会中もアリシアの側に控えて護衛ができるというのは利点なため、ノエは初めて自身の容姿と貴族の教養があることを感謝した。


「他のみなさんに迷惑をかけていないのなら良かったわ」

そう言って、アリシアはおっとりと微笑む。


どちらかといえばのんびりとしていて、平和主義であることも伴って何か言われればすぐに言いなりになってしまいそうな雰囲気のアリシアは、しかし自身の考えをしっかり持っていて簡単には意思を曲げない強さがある。


そのギャップに、ノエは未だに驚かされていた。


子爵令嬢の家までそれほど距離はないが、カリス伯爵の命によってできる限り居心地良く体に負担のかからないよう工夫された馬車が目の前に停まっている。


エスコートのために差し出した手にアリシアの小さな手が触れた。


たとえ常に側に控え付き従っていたとしても、貴族令嬢であるアリシアに触れるような機会はほぼ無い。


ただ少しの接触に、ノエは自分の心が騒ぐのを感じた。

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