第12話 戦場少女

「いい?君たち、カインの言うことは絶対だからね?」


 森を駆け抜けながら、二人にそう言いつけるカイン。


 「はい」


 「分かりました」


 二人は間髪入れずにそう頷いた。

 何故ならカインのお仕置きが怖いから。


 たったの三日でものの見事に根性を矯正してみせたカイン。


 しかし、沢山無理を強いたのも自覚しているため、これが終わったら二人には酒を思う存分浴びせようと考えながら、両方に剣を持って、ゴブリンを切り殺す。


「対象はオーガの群れ、カインが先陣を務めるから、余ったオーガを二人で協力して倒してね」


 カインは余裕があるうちに、二人にそう伝える。


 九階のオーガとはいえ群れで来られると相当厄介なのだ。


 まずその巨軀きょくを切り裂くには、首を狙った方がいいのだが、身長の差でどうしてもアクションを大きくせざるおえない。


 オーガの急所それだけに視界を限定する必要があるため、周りへの意識が一瞬削がれる。


 その一瞬で二人が倒れれば、救う手段はほぼ無いと言っていい。


「君たち!カインが言うのもアレだけど、死なないでよ!」


 そうして、オーガの群れに遭遇する。



 さて、二人をどう生かそうか……と、

 そこに思考の幅を限りなく割くカイン。


「やあ鬼さん。カインと一頻ひとしきりの、しょうぶしようぜ?」


 そう言って不敵に笑う、カイン。


「グアァア!!」


 最大限二人に気を遣いながら、オーガたちを見据える。


「ひ、ひぃ……!」


「お、落ち着いて、ここで殺されたら、カインさんに殺されちゃう……!」


 二人がオーガを見るのはこれが初めてではないが、四十体以上いるオーガを見て、顔が青ざめる。


 しかし、鬼よりも怖いカインにあの世でも殺されてしまうと変なことを口走って、辛うじて気を保っていた。


「いいねぇ、いいよ二人とも!思っていた以上の出来栄えだよ!」


「は、はいぃ!」


 カインは二人が焦らないようにと鼓舞する。


 

 上出来だ。

 カインが思っていた以上に彼らはやってくれて誤算だった。


 本来の想定では、オーガの集団を見て萎縮し、その場で立ち止まるかと思っていたカインだったが、自分の戦いの間合いに入らず、最大限オーガの足止めをしている二人に賛美を送りたくなった。


「あるじゃん根性」


 そう呟くカイン。


 こちら側へようこそ。

 そう言いたい気持ちをグッと堪え、目の前にくるオーガたちの首を正確に切っていく。


「いいね、楽しいよ!」


 

 傭兵の娘として、戦場を駆け抜けてきたカイン。


 カインは最近はロアのあまりに過酷な訓練でのびのびと戦う暇が無かったが、こうして大地を駆け巡って、敵を切り裂いていくこの何とも言えない感覚が、堪らなく好きなのだ。




 二人はなんとかオーガを食い止め、役割をしっかりと果たしている。


 流石に倒せはしないが、それでも彼らができることはしっかりとやっている。


「はあ、はあ……そっち、回って」


「……分かった」


 掻き乱しは充分。


 残党を狩り尽くしたカインが戻ってきて、足止めしていたオーガを一撃で屠る。



「だいぶ良いんじゃないかな?」


 クリアした記録は四十分。


 想定では二時間以上かかると思っていたけど、だいぶ速い。


 と思っていたカインたちだったが……



 ゲートを潜るとそこにはジャンヌたちがいて、どうやら自分たちの方が遅かったのだと気づいた。


「遅かったな」


「ジャンヌ先輩、少し速すぎない?」


「後輩に負けるわけにはいかなかったのでな」


 

 ジャンヌの固有スキル『守護』による、仲間へのバフというものは、団体戦において相当有利だった。


 それ故に、ジャンヌのパーティとカインのパーティでの戦力差が大きく広がり、オーガ撃破の速度は、ジャンヌたちが圧倒的に速かった。


「負けかぁ、そっかぁ……まあでも楽しかったからいいよ」



 こうして、序列九位がジャンヌ、十位がカインとなった。






◆◇





「カインは弱っちいなぁ」


「うるさい!」


 傭兵団に拾われたカインは、そこで唯一の女で、名前が男っぽいのは、名付け親が男たちしかいなかったからだ。


 男所帯で、傭兵という職業上戦うのが常識だったその場所で、自分だけ女で弱くて、みんなから心配されて……


 カインはそれが嫌で嫌でしょうがなかった。


 毎回毎回、負け続け。


 何で勝てないのか、分からなかった。


「なんで、なんで……」


 同年代はどんどん成長していくし……

 この劣等感は何なんだろう。



「いや、もう……負けるのは嫌なの」


 それから、カインは彼らについていった。

 それが確実に死ぬと言われる戦場だろうが何だろうが、どうでもよかった。


 全ては、強くなりたいから。


 ただそれだけだった。


 

 そうして自分が死ぬことなど全く意に返すことなく、ただただひたすらに彼らに付き添っていく。


 仲間はどんどん死んで、それでもカインは生き延びて、彼らの軌跡の跡をしっかりと踏みしめて、近づく。


 ここで足を踏み外したらきっと、負けたままだから。


 そう自分に言い聞かせて、カインは進んだ。


 その狂気的なまでの執念は、今までカインを女の子だと思って大切に育ててきた彼らすら、もう彼女は守る立場にはいないと思わせるものだった。


 そうして、彼らの跡を辿っていた彼女は、いつのまにか……


 いや、いつのまにかと言うのは違うな。


 ようやく《・・・・》横に並び立てたのだ。


 一人前の傭兵。

 その心は、誰よりも強い。


 だから……




「どう?カイン、強くなったでしょ?」


 その言葉に、誰も言葉を返すものはいない。



 気づいたら、もう横には誰もいなくて……


 それでも気丈にカインは、いつしかの仲間に向かってそう言うのだった。


 だって彼女は……


「カインは、強いから、泣かないよ」



 だから……


「また、いつか……」



 一緒に戦場で笑おうぜ

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