第8話 狂うエスプリと白昼に

 奴隷として売られ各地を転々としていたイヴ。


 ようやく孤児院に流れつき、養子として迎えられた。


 



 匿名:毎日農作業、相当辛いはずなのにイヴちゃん強靭すぎない?


 匿名:この頃から剣術の才能凄かったのか


 匿名:つくづくこのゲームって現実的だよな、一人一人のバックボーンがちゃんと描かれてるし、Unknown社の技術すげえわ


 匿名:それにしても、イヴちゃんの表情動かないな……


 匿名:養父に徴兵令が出された時ぐらいか、動揺してたの


 

 イヴは本当に人形みたいな女の子だった。


 過酷な仕事も文句すら言わない。


 他の村人からは最初、お荷物が増えたと思われて冷たい視線を浴びせられていたにも関わらず、弱音を一切吐かない。


 人間としての何かが、欠落していた。


 それは、イヴの生まれた環境がそうさせているのだと……


 泣くことに、愚痴や弱音を吐くことの無意味さを知っているから。



 匿名:あー、イヴちゃんヨシヨシしたい


 匿名:お巡りさん、ぼくとこいつです


 匿名:ヨシヨシ隊じゃねえか


 


 一瞬コメント欄が変態で溢れかえったが、イヴの養母が病で倒れて静まり返った。


 

 匿名:まじで、過酷すぎんだろ


 匿名:うわ……自分のおかゆわざと減らして、お母さんに多く入れてるの健気すぎる


 匿名:よく気づいたな


 匿名:目の付け所が天才


 匿名:人の善性を察知する異能持ってそう


 


 どんどん移り変わって行く記憶。


 モノクロに、そして、カゲロウのように揺れ動く背景。


 目眩めくるめくこの有様を、誰が平常心で見ていられようか。


 すり減って行く心身。

 

 そこに救世主などいやしない。


 ただただ、残酷に、刻一刻と終わって行く命と、何もできない不甲斐さは、何とも言えない後味の悪さと歯痒さがあった。



 匿名:……お別れか


 匿名:ひでぇ



 養父と養母の死去とともに、イヴの瞳はどこか黒ずんでいた。


 その年齢に見合わない強靭な精神でさえ、ヒビが入るには、あまりに簡単に。



 匿名:なんだよ、これ……



 見ている視聴者、そして配信主である遊里の精神もまた、無惨に削り取って行く。


 AAの凄まじい映像、グラフィックの臨場感が、その過酷さを際立たせていた。



 

 そしてまた始まる奴隷生活。


 それはあまりにも見るに耐えなかった。



 匿名:人間がやることじゃねえって……



 無造作に響く打撃音。


 殴られ蹴られ、傭兵たちの快楽を促すための、玩具。


 尊厳も何もかも、イヴには存在せず、理不尽に嬲られるその光景を、誰が見たいと言うのだろうか……と。



 匿名:もう、やめてくれ



 そう呟くのが、イヴの過去を視聴する彼らにとって、精一杯の叫びだった。



 ふざけた笑い声。


 イヴの指がぴくりと動くと、それを踏み躙る傭兵たち。


 どこもかしこも狂っている。


 それを見て、何もできないこの不甲斐なさと虚しさは、一体、何なんだろうか……と。



 あまりに掛け離れた倫理観と世界観。


 これが正常なのだと錯覚するほどの異常性。


 それでも耐えているイヴという少女に…………

いや、耐えているのではなく壊れているのだと気づくには、そう時間はかからなかった。



______

____

__



 ポトリと、腕が切り落とされた瞬間、ギブアップする視聴者が多く、これ以上見るのをやめ、回想を飛ばすことにした遊里。


 ダイジェスト形式で、目まぐるしく移り変わる画面は、血と灰色と、恐怖に満ちていて……


 それを引き起こしたのは、紛れもないイヴだった。


 

 匿名:何が起きた?


 匿名:分からん……イヴちゃんが大量に人を殺すシーンが微かに見えたけど


 匿名:ダイジェストが早すぎて、何が起こったかよく分からんけど、見てて辛かったからこれで良かった


 匿名:なんか一瞬映ったけど、軍隊一人で壊滅させてなかった?


 匿名:最後、処刑で終わるとか胸糞


 匿名:お前らよく見てたな、俺なんて目にゴミが入って何も見れんかった


 匿名:涙拭けよ






◆◇






 白昼の中、私は……空と海の境界のような場所で佇んでいた。


 ここがどこかは分からないけれど、日の光に吸い込まれるように、私は前に進んだ。


 何がある訳でも無い、ただただ、行かなくちゃいけない気がしたから。


 そうして歩き続けて、光の扉のようなものが現れた。


 ダンジョンのゲートとはまた違った、温かい光の扉が。



 その瞬間、私の手には一つの鍵があって……


「これを使えばいいのだろうか」


 心の思うままに、その扉の鍵穴に、鍵を差し込み、カチャりと音を立てて扉を開く。


 そこに広がっていたのは、もう慣れ親しんだ過酷な世界。


 建物が新たに建てられていて、舗装された通の真新しさと、変わらないダンジョンのゲートに聳え立つ大樹。


「あ……」


 嗚呼……


 帰ってきた。


 私は、また、ここで戦える。


「イヴ殿……!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る