第7話 記憶は融解する

 配信準備を進めていると、鈴さんからとあるアイテムを頂いた。


『この前は、ほんますみません』という一文を添えて。


 再誕の水晶というアイテム。

 深層で手に入れたものらしく、一人だけ蘇生が可能で、使い切りのものだという。


「これ、本当に貰っても良かったのかな」


 途轍もないアイテムで、おそらく希少価値が相当高いことは伺える。


 まあせっかく頂いたものだし、使おう。


 これがあれば、ジャンヌを復活させられる。


「よし、使おう」






 遊里は、もしイヴが死んでしまった時の保険よりも、今イヴの精神を安定させた方が攻略するには良いと判断する。



 イヴはジャンヌが死んで明らかに変わった。


 もしもエイフィたちが監視していなければ、恐らくイヴの精神が自壊していくにはそう早くなかったと遊里は分析している。



 ただどうにも不確かなことがあった。


 イヴは二度、共に戦ってきた仲間を失っているがその時は殆ど変わっていなかった。


 それなのに何故今回ジャンヌが死んだ時だけあんな風になってしまったのだろうか、と。


 というわけで、ジャンヌを復活させ、イヴの心が回復することを祈る遊里だった。


______

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「とりあえず過去を見た方が、予測しやすいかな」


 ネットに接続して配信を開始する。


「見えますか?」



 匿名:見えます


 匿名:見えてるよ

 


 コメントが流れてきて、準備が整ったので、追憶の水晶を使用し、イヴを選ぶ。


 その瞬間、画面が切り替わり、灰色の世界が映し出された。


「スラム街?」


 どこか廃墟のような煉瓦の家々が並び、生ゴミがそこら辺に落ちていて、衛生がとても悪いことが伺える。


 そして、そんか裏の道にひっそりとある窪みに、幼いイヴは眠りこけていた。


「幼少期かな、両腕がある、けど……」


 あざだらけで、頭から血が出ている。


 汚れまみれで、それでも、スースーと寝息を立てて眠っている。



 匿名:……まじか



 天井すらなく、ボロ布で身を纏っていて、イヴから白い息が見えるあたり、相当寒い時期だと思われる。


 

 匿名:だれか、助けてくれる人はいないのか!?


 匿名:これは、悲惨だわ



 それから、遊里たちはイヴの過去を見て、その境遇を知った。






◆◇







 寒い……


 それに、痛い。


 これじゃあいつ死んでもおかしくないなと、乾いた笑いが浮かぶ。


「よ、いしょ」


 朝起きて、残飯を漁る。


 でも今日は、どこにも無くて、とぼとぼと家とすら言えない場所に戻った。


「あ……せっかく敷いた藁が、無い」


 盗まれた。


 ただでさえ寒いのに、地べたで寝るのは、流石にきつい。


 この幼女の身体では、凍え死ぬのが関の山だ。


「探さないと……」


 酷く惨めで、虚しいけれど、生きなきゃ……



 住民が多い場所の表通りまでやって来る。


 冷たい視線、軽蔑や嘲笑が、ぐさぐさと自分に注がれた。


「悪霊め、近寄るな!」


「っ!?」


 どこからともなく石が飛んできて、頭に当たった。


「ひゅー、当たったぞ!」


 それはもう無邪気に、自分は無意識の邪気に晒されて、おもちゃ感覚で、死にそうな目にあった。


 つらい……


 痛い。


 なんで俺、こんな間に合ってんだろ。


 それでも、なんとか逃げて、藁を探した。


「藁じゃないけど、草を集めれば、なんとかなるかな」


 棘がある葉っぱ

 細かく刻めば、大丈夫そう……



「よし、完成!」


 ちょっと血がついていてカピカピだけど、寝心地はいいかも。


 実際寝てみるとチクりと刺さるけど、地べたで寝るよりまだマシだった。

 

 

 翌日、目が覚めると自分は檻の中にいた。


 衣服、と呼べるかは怪しいけど、あのボロ布一枚がどこにも見当たらなくて、裸だった。


「へくちゅ」


 寒い……


 それに、鉄の手枷が擦れて痛い。


「お、起きたか?それにしても綺麗な翡翠の瞳だなあ、孤児にしちゃもったいねえ」


 状況がまだいまいち掴めないけど、恐らく奴隷商人だろうか。


「まあ、言葉もわかんないだろうが、お前はこれから売られるんだ。せいぜい俺たちの肥やしになれよ」


 言葉は普通に分かる。

 まあ、読み書きは出来ないけど……


 四歳までは貧しかったけど普通に暮らしていたし。


 まあでも、言葉が分かるとなれば、自分が高く売られる可能性も上がるから、喋るのは辞めよう。


 自分を売って、金を稼ぐ奴が気に食わないし。


「それにしても人形みてえなやつだな、表情も全く動かねーし、怯える様子も全くしねえ」


「……」


 男たちが何か話し始めた。


 多分、自分の値踏みでもしてるのかと思うけど、寒くてそれどころじゃない。


 手がかじかんで、歯もガタガタと鳴り始める。


 話してないで、服くれよ……


 死んじまう。




 ここまで来て生きようとする自分にも少し驚くが、前世では植物人間で生きたまま死んだ人間だったから、少しでも長く生きたい。


 生きて、何か成し遂げたい。


 趣味もやりたいことも、まだ何も決まってないし、明日には死んでるかもしれないけど。



______

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__



「……」


 何も喋れない。


 口が乾くほどには、悲惨なものだった。



 匿名:これが戦争孤児なのか……


 匿名:あまりに酷すぎる



 可哀想などという次元から遥かに逸脱していて、虐待云々どころの話では無い。


 もはや生きてることさえ奇跡だ。

 

 

 匿名:これ、AA専用の配信ツールだったから良いけど、ようつべとかで配信してたら一発バンだわ


 匿名:まあ、裸写ってるしそりゃあまあ……


 匿名:これで性的興奮覚えたら異常者名乗って良いよ


 匿名:かわいそう過ぎてそれどころじゃない


 匿名:なんで、こんな残酷なことできるんだ……




 自分たちは安心安全な所に生まれて、本当によかったとさえ思える。


 ご飯が食べて、安心して眠れるこの日常は、彼女にとって決して当たり前のものではなかった。



 匿名:おれだったら、生きること諦めてる


 匿名:今来たけど、胸糞すぎるんだが


 匿名:一つ気がついたんだけど、こんな環境で涙一つ流さないの凄まじいな


 匿名:そうじゃん……うわ、凄いな




 まるで人形だ。

 感情の発露が全く無い。


 それが自衛のためなのか、もしくは、分からないのか……

 

 恐らく後者なのでは無いかと思った。


 


 

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