第28話 分からない

「生きて帰ってこいって……言っただろ」


 歯を強く噛み締め、爪が手のひらに食い込み血がだらだらと垂れる。


「どうしたら、よかった……」


 敵ならまだしも、仲間とさえ思えるようになった戦友。

 

「くそ……」

 



 今、自分が何に怒ってるのかも、分からない。

 

 この不確かな感情は一体何と表せばいいのか、これまで生きてきた中で俺は知り得ない。


 この身を焦がすほどのわだかまりを、なんと言えばいい……?


 明らかに瞬きの数が、心臓の鼓動が、多く早くなっている。


 口の中が変に乾いて、心臓がずきずきと痛む。


 それに、いつもより幻肢痛が鮮明だ。


「……っ」


 分からない。


 なんでこんなにも、胸が痛むんだろ。

 

 自分の力が及ばなかったからだろうか。

 俺ではない自分が殺したという罪悪感が残ってるからなのか。


 そんな思考の渦に呑まれる。


 分からない。


 どうせ永遠なんて無いのだから、ましてやこんな死ぬことが当たり前の世界で何かを失って辛いだなんて…


 思いもしなかった。

 


 サーニャの時も、イスラの時も、こんなに心苦しくはなかった。


 それは多分、自分の心が、気を許すことを知らなかったから。


 そして師匠は自分を送り出してくれたから、すんなりと前を進めた。



 でもジャンヌは……


 いつのまにか俺の心の内側に、入っていた。


 たった一年にも満たない仲だったし、他愛もない話をしていたわけでもない。


「はは……」


 親以外の人とこんなにも接したことなんて、一度も無かった。


 ずっと手探り状態で、どう接すればいいか分からなかったから。


 でも徐々に徐々に、慣れてきて、心を許してしまったから……


 こんなにも、苦しいのか……


______

____

__



 雨が激しく降る中層二十八階。


 ただ無心に、イヴは魔物の命を刈り取る。

 

 雨の音が、この心の雑音をかき消してくれるから……


 今まで感じたことのない、感情に戸惑って、何だか胸が苦しくて……


 それをちょっとでもいいから忘れたかったイヴ。

 


 憎悪で心の内側を満たして、親愛も友愛もらずに生きてきた。


 自ら歩み寄った人たちは全員、自分を取り残してどこか遠くへと行ってしまった。


 それが普通だったから……


 今までは今生の別に、胸が張り裂けるほどの痛みなんて感じなかった。


 だからイヴは困惑した。

 この名前もわからない胸の痛みに。


 

「……」


 雨の音も、魔物の断末魔も聞こえなくなるほどに、名前も知らない何処かから痛みを感じる。


 どうすれば、この痛みは治るのだろうか……


 考えても、思い浮かばない。


 でも原因はある程度見当が付く。


 仲間を、死なせなければ済む話。


 自分がもっと強くなって、強くなって、あらゆる場合に対処できるように……と。


 そうイヴは心に誓って、足取りをふらつかせながら自分の家に帰った。


 



◆◇





「なんか最近姐さんが休んでるところ見たことないぞ……」


 アルデン達は集まって最近のイヴの動向が何処か壊れかけているように感じていた。


「家はあけっぱなしで、ずっとダンジョンに籠ってるのです」


 序列が一桁の人たちは異常な力を持っているからすぐ家の壁や床を壊すので定期的に家の検査をするノルンがそう言う。


 イヴの家はとても簡素で、唯一生活感のある書斎にらびっしりと貼られたメモ書きと、資料や日記が綺麗に整頓され置かれていた。


 メモ書きには、アルデンやアリア、ジャンヌにアーロン、エイフィやカルメン。


 後はイヴとは面識がないはずのツバキとロアの二人と、ジャンヌがいなくなったことで序列九位に入ったカインなど、その戦闘スタイルや性格、何が好きで何が嫌いなのか、一人一人の最適な指導法までびっしりと書き記されていた。


 普段はあまり喋らず素っ気ない印象を持たれるイヴだが、これを見て、ノルンが感じていたイヴへの印象はガラリと変わった。


 異常な強さと相対して、人と接するのが苦手な、可愛い少女だということを。


______

____

__



「というわけで、いくら怪物じみた姐さんとはいえ人の子よ。どうにかして休息を取らせるために、アリア作戦を考えるぞ」


「うん。でも他にも応援を要請しないと」



 というわけで、イヴを除いたA級愚者アレフたちの会議が開かれた。

 


「んじゃいつもどこでも隙あらば寝てるツバキよ、どうすればいいと思う?」


 アルデンは、なまじ実力が備わっているが、いつも怠けているツバキにイヴがどうしたら休んでくれるのか聞いてみた。


「アルデン先輩……そんな睨まないで。怖い」


「はは、そんなに訓練量増やして欲しいなら早く言えよ」


「いや、そんなんこと一言も……い、いひやゃい、ひっぱらにゃいで……」


 アルデンは戯言を言うツバキの頬を思う存分引っ張る。



「普通に休んでと口頭で告げればいいのでは?」


 カルメンがそう言うが、イヴのことを知っているアルデンとアリアは、そう簡単にいくとは思えなかった。


 何故ならイヴが自分の意志を徹底して貫く人だと思っているから。


 そうして、あーでもないこーでもないと、話している一同。




「……お前ら何してんの?」


 不意にアルデンたちにとって聞き馴染みのある声が、聞こえた。


「ね、姐さん!?」


「いつのまに……」


 気配が全くなかったものだから一同は驚く。


 特に気配に敏感な種族である龍人のアーロンですら、声が聞こえるまで全く気が付かなかった。


 初対面のツバキとロア、カインの三人は予想と全く違うイヴの可愛らしい容姿と、得体の知れなさに困惑する。


「で、総出であつまって何の話してたんだ?」

 

「イヴ様が最近、寝てるところも何かを食べているところも休んでいるところも見てないので心配してたところです」


 何度訂正しても最終的には様付けに戻すエイフィが馬鹿正直にそう答える。

 

 それに対して、なんでそんな心配されてるんだと思うイヴ。


「オレ、ちゃんと一ヶ月に一時間寝てるよ?」


 イヴがそう言うと……


「姐さん……それは、ちゃんと寝てるとは言わないぞ」


「いくらなんでもそれはおかしい」


「寝ることも、重要」


 アルデンとアリア、アーロンの頭文字がアから始まる三人がこぞってイヴにそう訴える。


「もしかして食事もなんじゃ……」


 いや、そんな馬鹿なとは思いながらもアリア聞いた。


「それはちゃんと三日に一食、食べてる」


「ああ、よかっ…………よくない!」


 寝るのが一ヶ月に一回というとんでもない発言に引っ張られていたけど、三日に一回しか食事しないのも大概おかしい。


「アルデン教官……もしかして、イヴさんは人間じゃないんじゃ、、」


 カルメンはそう言い、それに同意するツバキとロアとカイン。


 初対面ではあるものの、化け物を見るかのような目でイヴを見ていた。


「別に大丈夫だからお前らが気にする必要はねえだろ」


「何言ってるんですか、そんな生活をしてたら死んじゃいます!これからは私がイヴ様の私生活をちゃんと人間の水準に戻しますから」


「えぇ……」


 そう言ってエイフィはイヴをまずお風呂がある銭湯に連れて行った。


 勿論自分を気遣ってのこともあるだろうけど十中八九私生活を監視するのが目的なのでは?などと邪推するイヴだった。

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