第27話 零れ落ちる意識
「死ぬなよジャンヌ」
「……相わかった」
ダンジョン表層二十階。
これでジャンヌは百回目の挑戦だ。
ジャンヌは唾を飲み込み、拳を握ってダンジョンに入っていく。
そこは少しいつもと違い、月が赤く照らされていた。
ただいつもと違うのはそれだけで、闘技場に一人、イヴが目を瞑り座っている。
ジャンヌはいつものように足を踏み入れると……
「これで百回目、覚悟は、できたか?」
イヴは静かにそう聞いた。
表層二十階。
紅い月夜に染まる闘技場にて、二つの影が投影される。
記念すべき百回目とでも言うべきか、ここで決着をつけなければ、終わりだとジャンヌは本能で感じ取った。
「とっくのとうに出来ている」
ジャンヌのその言葉に、少し笑うイヴ。
思えば長いこと戦い続けてきたが、まるで自分が剣の師匠になったみたいだとイヴは感慨深い気持ちになっていた。
「じゃあ、始めようか」
そう言ってイヴは【失楽園】を取り出した。
八十回目から使い出したその鞭のように伸び縮みする蛇腹剣の対応は、困難を極めた。
普通の剣の状態だけでも、対処するのが難しいと言うのに……
いつになっても慣れないその殺意にも似た禍々しい気迫。
心身がすり減るとはまさにこのことだとジャンヌは思う。
片腕しかないということを活かして、アンバランスで読めない軌道が蛇腹剣で更に凶悪化している。
ジャンヌはただひたすら防いで、防いで、防いで、待つ。
ジャンヌはエイフィを参考に、持久戦に持ち込むことに決めた。
ただ、イヴ相手に全ての攻撃を掻い潜り、傷を負わずに立ち回らなくてはならないのは、ほぼ不可能と言ってもいい。
ならば……と、
ジャンヌは拠点で自分の体が再生することをいいことに、致命傷を受けても動ける訓練をひたすら続けていた。
常人ならば狂気の沙汰としか言いようがない訓練内容。
腕を、足を切り落とされるのは当たり前。
骨を砕かれ、顔面が潰れ、内臓は捻じ曲がり、首が折れ、目を貫かれ、胴体を真っ二つにされても怯まない為に、殺されるギリギリをイヴに判断してもらって訓練していた。
こんな死と隣り合わせな訓練、常軌を逸した精密な攻撃を持つイヴでしか成り立たない芸当だ。
間違ってもやろうなんて、普通思わない。
「この前とは随分見違えたな」
刹那の速度で即死する攻撃を見事に避けるジャンヌに感心するイヴ。
「持久戦が狙い、か」
動きを最小限にして、スレスレで避けるジャンヌを見て体力を温存する魂胆が透けて見える。
ただそれが最も自分に有効な手であることをイヴは理解した。
「流石に百回も戦ったらフェイントもある程度読まれるか……」
罠を何重にも仕掛けるも引っかからないジャンヌ。
本当、一番やりづらい戦闘スタイルだと褒めたくなってしまった。
「じゃあ、呼吸を捨てよう……」
自らに制限をかけて、体力など一切考えず一つ一つの攻撃に全身全霊をかけるイヴ。
「……っ!?」
超新星の最後の輝きにも等しい極致。
生物の枠組みを逸脱した神髄。
速さも力も、何もかもチグハグな不可視の斬撃を、ジャンヌは全く受け切ることができなかった。
しっかりと握りしめていたはずの槍は、簡単に握りしめていた腕ごと斬り飛ばされた。
猛烈な痛みに、顔を歪ませるが、なんとか避けて避けて……
両腕が無くなったことでバランスを崩しその場に倒れる。
しかしそれが功を奏して攻撃をギリギリ避けることに成功した。
ジャンヌは口でレイピアを抜いて、攻撃をなんとか防ぐ。
ここまで来たら火事場の馬鹿力だ。
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目を斬られて視界が暗転する。
全身が悲鳴をあげ意識が落ちそうになる。
エイフィ殿は、これをどうやって防ぎ切ったのかと問い詰めたくなった。
ああ駄目だ……
これで、終わりなのか……
どれだけの刻を足掻けば、この地獄が終わるというのか。
もう、動ける状態ではなかった。
痛い。
今まで備えてきた全てが、無に帰るのだと思うと、堪らなく辛い。
嗚呼、動いてくれ……
まだ、やらなくちゃいけないことがあるんだ。
ここで終わるなんて、嫌だ。
そこで私の意識は、消えていった。
◆◇
あれ、ここは……
「お疲れ様」
「あ、イヴ殿……」
そこはいつもの日常風景だった。
「よく頑張ったな」
イヴ殿はそう言って私の頭を撫でてくる。
それが無性に嬉しい。
生きて帰ってこられたんだ。
美味しいご飯を食べて、皆と談笑して、明日もまた頑張ろう。
私は、幸せだ。
しかし……
「あれ、なんで皆薄くなって……」
イヴ殿もアリア殿も、皆、光の粒になって消えていく。
「一体、何が……」
手を伸ばすと、蜃気楼のように掻き消えていって……
私などお構いなしに、皆笑い合っていて私だけが取り残されて……
そうして、誰もいなくなった。
ああそっか……
私は……
死んだのか……
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