第22話 語られない物語

 イヴとエイフィ。


 片や信仰を否定して自分が正しいと決めた道を進み、片や信仰に蝕まれて正しさを見失った。


 そこに違いがあるとすれば境遇と意思だろうか。


「相変わらず物騒なもん持ってんな」


 イヴはエイフィが持っているメイスを見て乾いた笑みを浮かべる。


「今回こそは、勝たせていただきます!」



 もはや崇拝対象となったイヴ。


 これもイヴが与えてくれた試練なのだと、本気で思っているエイフィは、ゾンビも裸足で逃げ出したくなるほどに粘着した。


 痛覚が無いエイフィのその粘着戦法はさながら無尽蔵に毎回湧き出てくるハエのようだった。




 イヴさんは私に道を示してくれた。


 そんな想いを胸にエイフィは、己の全てを曝け出して、イヴと全力で戦う。


 信用から信頼へ……


 信頼から愛へ……


 愛から崇拝へ……



 何かに心酔し、崇拝することこそが、エイフィの生き方なのだ。


 自分が信じた人に、己の全てを捧げる。


 自分を成長させてくれるのは、このしがらみを解放させてくれるのは、イヴだと信じて。


 しかし皮肉なことに彼女は何も変わっていない。


 神という崇拝対象から、イヴに変わっただけだ。


 何かを、誰かを指針にして生きてきた彼女は、どうしても誰かに、何かに支配されることを望まないと、生きていけない。


 縛られ続ける、しがらみに生きる、それが彼女の生き方だった。


 

「はあ、お前、変な奴だな……」


「えへへ、そうですか?」


 エイフィは嬉しそうに照れながら、メイスをとんでもない速度で振るう。


 そうして、戦闘は数日に渡って続いた。



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 レベル差五十という数字は途轍もなく大きい。


 レベル一のイヴでは、レベル五十のエイフィに体力で負けるのは必然だった。


 しかしイヴと体力勝負をするとなると、その敵意と凄まじい攻撃を凌ぎ切らなければならない。


 痛みを感じず、絶えず回復魔法で再生するエイフィはこの上なく有利なのだ。


「ちっ……」


 イヴは思わず舌打ちをした。


 こんな訳のわからない奴に負けるのが、少し苛立たしくなっていた。


「はあ、くそが……」


 疲弊してその場に倒れるイヴ。


 打撃による内蔵の破裂と骨の歪みで、六日間拮抗し続けてはいたが、流石にこれ以上戦闘を続けることは不可能だった。


「はあ、はあ、はあ……」


 それと同時にエイフィもまたその場に倒れる。




 こうして、エイフィは百回以上に渡る攻防で、漸くイヴに勝利を掴み取った。





◆◇






「また来たのか」


 静かに呟く隻腕の少女。


 表層二十階。

 その闘技場にはいつも通り彼女が立っていた。


「今回が最後っすよ」


 アルデンは目の前の少女、イヴにそう豪語する。


「ああ、そうかよ」


 吐き捨てるようにイヴはそう言い、虚な翡翠の瞳がアルデンを覗く。



 戦争を終わらせるために、自らが核兵器になることを望んだ最悪の憎悪。


 ここに来て、イヴは、自分の愛剣である

【失楽園】を持って、アルデンと退治した。



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「レベル50離れてる筈なのに、強過ぎない……?」


 アルデンの現在のレベルは五十とカンスト済み。


 それなのに対し、敵として現れた過去のイヴはレベル一の状態。


 本来レベル差が十あれば圧倒できるはず。

 それほどまでにレベル差と言うものは絶対的なものでこれまでもそうだった。


 だから今では表層十階にいる、レベルが二十五の鬼王でさえも雑魚狩りのように経験値装置として使える。


 しかしイヴは違った。


 素の能力が桁違いで高いのだ。


 魔力量がとてつもなく多いレベル五十のエイフィがゴリゴリにポーションで強化した状態で更に回復魔法で持久戦をして、疲弊してきたところに致命傷を入れて、それでも一週間、素の力だけでイヴは拮抗してみせた。


 その過程には百回を悠に超える敗北。


 遊里はどうにかしてレベル差と、鍛えに鍛えた技術でイヴを攻略しようとしたが幾度となく敗れ、その都度生還石を使用させられた。


 強いなんてもんじゃ無い。



 レベル一の状態でコレならば、現在レベルが五十三もあるイヴは、一体どれほど強いと言うのか……


 ただの一度さえ、彼女の全力を見たことはない。


 強いて言うのならば、イヴが表層二十階で戦った、師匠ミハイルとの戦いだろうが、全力を出しているようには感じなかった。


 しかし、そんなイヴがいても一人ではこのゲームは攻略できないという事実に遊里は戦慄するのだった。





◆◇





 理不尽への憎悪。


 奪われて、必要最低限の生き方すらイヴはできなかった。


 生きるために、奴隷になった。


 生きるために人を殺した。


 生きるために戦争を憎悪した。


 生きるために理不尽に抗った。


 

 それが罪というのなら、結構。


 それでも生きた証を残したかった。



 そこまでイヴが生きることに固執したのは、とある理由があった。


 


 イヴの前世は、いつだって病室だった。


 その窓から見える景色が、彼の全てだった。

 

 毎日のように暗い病室で点滴で生きながらえる毎日。


 何かを自分で成し得たこたなど一つもない。


 植物人間という、およそ人としての生き方を真っ向から否定された状態で、何も成せずに難病と戦ってきた。


 それがさも美談のように語られるのが、イヴは嫌いだった。


 なにもできない自分がたまらなく嫌だった。


 停滞、生きているのに死んでいるような感覚。


 だから二度目の人生。


 イヴとして、生きたかったのだ。

 何かを為せずして死ぬつもりは毛頭無い。


 そうして生きた環境も相まって理不尽に抗い戦争を崩壊させる、それが自分の生き様であり本懐であると本気で信じて生きてきた。


 それが例え神に否定されたとしても、だ。


 孤独な少女が抗う術など、自分を肯定する道しか残されないのだから。




______

____

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「お前、名前はなんだったか?」


 イヴは、額から血を流しながら、目の前の男に聞く。


「アルデン、苗字は無い」


 自分が知っているイヴとは違う彼女に、アルデンはそう言った。


「は、そうか……強えなお前」


 

 レベル差五十。


 これでようやく互角という訳もわからない強さを誇るイヴ。


「じゃあ、これからは全力でやろうか」


 そう言ってわらう彼女に、全身の血の気が引いていくような、そんな感覚が身体を駆け巡るアルデン。


「超えてみろ、凌駕してみろよ!なあ!」


 誰かに強制されて、笑って殺そうとするこの自分を、どうか止めてくれることを願って……


 イヴはそう言うのだった。




 イヴの愛剣である失楽園が、アルデンに飛来する。


 それを受け流そうとするとと、手のひらを通り越して、背中から突き刺されるかのような衝撃が身体中を駆け巡るのだ。


「っ!?」


 先ほどまでアルデンは互角だと思っていた。

 

 でも、これは……


 同じ人間とは思えない。


 まして片腕の少女などとは、余りにも認め難いのだ。


 

「臆するな」


 繊維喪失の間近で、アルデンはそのような独り言を呟く。


「臆するな、臆するな、臆するな、臆するな!」


 闘技場の地面を力強く踏み締め、前へ進む。


 その足跡は黒く染まった血溜まりが出来ていて、致命傷にほど近い。


「俺は、強い!」


 自分にそう言い聞かせるアルデン。


 剣戟は激しさを増し、アルデンのツヴァイハンダーが轟音を響かせ弓矢の如き速度で無尽にイヴに迫る。


 人間技を遥かに凌駕したそれは、イヴですら凌ぐのに苦労した。

 

 

 血と汗が、この戦場を染め上げていき、二人の戦闘の軌跡を作り上げていく。


 思う存分、死闘を繰り広げ、それは失速することなく徐々に徐々に加速していく。


 片や解き放たれるため、片や先に進むため。


 笑いながら殺し合うのだ。


 心臓の号哭を、憂うのだ。


 たった二人だけの世界を、剣で形どる。


 そこに他の出番の余地などありはしない。



 笑いながら殺して、泣きながら生きる少女を……どうか救ってくれと。




「姐さん、これで終わりだ!」


「馬鹿を言うなアルデン!まだ始まったばかりだろうが!」


 死でわかつこの宿命。


 されど、イヴはこの状況に少し愛着が湧いてしまった。


 心臓を貫かれてなお、肋が折れ内臓が刺さり、口から血が垂れてなお、語り足りない。


 アルデンから敬意と愛を、孤独な少女はこの戦いを剣を通して感じ取ってしまったから。


 だから少女は、ようやく己の意思でアルデンを殺そうとして……



「これで、本当に、終わり、だ……姐さん」


 満身創痍のアルデンがそう言った。



 孤独な少女は最期に口を動かして、それが声になることは無かった。




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