第20話 表層終盤

 各々が二十階の俺を殺せる実力に育てるため、俺は四人に全力を出して半殺しにする訓練を続けた。


 向上心の塊みたいなタガが外れたアルデンと痛みを一切感じないエイフィの二人は辛うじてついてこられているが、アリアとジャンヌはどうしたものか。


「……」


 俺がそんなことを考えるとアーロンがじっとこちらを見つめてくる。


「……」


 それはもうじーっと見つめられている。


「どうした?」


「自分、あの二人に教えること、できる」


 アーロンがふんすと胸を張り、そう言った。


 うん。


 文脈がなさ過ぎてなんの話かさっぱり分からん。


「エルフの娘、それから騎士の娘。ロンの、居合を、避ける、訓練」


 なんとなく、分かったきたが、分からんな。


 そもそもアーロンとアリアたちって殆ど面識がないはずだ。


「それは良いが、一旦本気で攻撃してみてくれ。それで判断する」


 単純な速さなら龍人のアーロンの方が圧倒的に上だろう。


 そう思ってた矢先、刀が、抜かれた。


 まるで見えなかった……


 初期動作に気をちらつかせて、不意打ちを、しかも俺が見ているこの状況で放ってきやがった。


 意識を逸らされたせいで、まるで消えたかのように錯覚した。


 ありえない……ありえないのだが現に攻撃を喰らいかけた。


 まさに神業だ。


 単純に力量まかせでない、技量も交えた完璧な居合。


「これはまた、予想外だな……」


 強いとは思っていたが、実際にやってみると理不尽なまでに強い。


「でも、避けられた」


「まあそれは経験値が違いすぎるし、しょうがない」


「むー」


 見た目の割に子供みたいな奴だ。


 しかし、先のあの攻撃は俺には真似できない神髄の類にある。


「それで、ロンが、教えても、いい?」


 アーロンの素の速さを遥かに凌駕する意識外から放たれる剣閃は確かにアリアとジャンヌには良い刺激になるかもしれない。


「いいよ、アーロンの好きなように」


 俺がそう言うと、満面の笑みでこくりと頷くアーロン。


「それにしても、なんであいつらに教えよう

と思ったんだ?」


 そこだけが分からなかったので、俺はアーロンに聞いてみることにした。


「……死ぬから」


「……」


 こいつは本気で言ってる。


「なぜそう思った?」


「龍人の勘。死の色が、濃くなってる」


 勘、かあ……


 漠然として根拠も無いものだが、用心しとくことに異論はない。



俺はアリアとジャンヌを訓練所に呼び出した。





◆◇






「刀って、かっけえな……」


 前世の、いや前々世と言うべきか。


 記憶が全く無いが、刀というロマンに俺は目を輝かせた。


 アーロンのその所作も相まって、なんとも美しくかっこいいのだろう。


 ただいかんせん俺は片腕が無いから、抜刀なんてできるのだろうか?


 安定させられる気がしない。


「いいなぁ、かっけえな……」


 前々世の男子高校生だったころの自分がちょびっと戻った気がする。


 モラルと道徳は依然として皆無だが。


「はぁ、左腕治んねえかなあ」


 アーロン対アリア、ジャンヌの試合を見ながらそう呟く。


 とはいえ、逆に左腕治ったら弱くなりそう。


 左腕ない状態で、体を安定させることに慣れてるし、師匠に教わったあの技をそろそろ完成させないといけない。


 刀は、諦めよう。




 そろそろしっかりと試合を見るか。


 アリアは、やっぱり遮蔽物が無いから弓が生かしづらそう。


 森とかだったらその実力は発揮できるだろうけど、此処は訓練所である。


 平坦で遮蔽物も何も無いからやりづらいだろうな。


 特に相手が速すぎるから相性が相当悪い。


 詰められては、逃げて、弓を射るにも時間がかかるからまた詰められて、斬られる。


 精霊を召喚して足止めができたらいいが、やはり弓というのは凄まじい集中力が必要で、同時に行うのは難しそうだ。


 どちらにせよアリアにとって相当不利な勝負である。


______

____

__




「負けました……」


 何にもできなかった。

 

 弓を準備しようにも、いつのまにか目の前にアーロンさんが現れて、斬られていた。


 それも皮一枚、正確無比に。


 視力は良い方だと思っていたけど、攻撃の予備動作が全く見えず、構えることすら難しい。


 全く対策が思いつかない。


 精霊を召喚しようにも、その前に攻撃が迫ってきてそれどころではなかった。


 考える暇が、無い。



「何も考えずに、矢を放つのを心がけろ」


 アリアが落ち込んでいると、イヴがそう言ってきた。


 そんなことが出来るのか、そうアリアは疑問に思う


「反射的に無意識下で矢を撃てるようになれば、その分他のことを考えるのに時間が割ける」


 要は、経験則で無意識に状況を判断して矢を射れ。


 ということである。


 今まではアリアは己の動体視力という才能に頼ってきたが、こればかりは経験をひたすら積まなければいけない。


「これからアリアは、アーロンと毎日、食事と寝る時間意外、訓練しよっか」


「「……!?」」


 アリアはもちろん、アーロンも泣きそうな表情になる。


コフ、いるか?」


 イヴが架空にそう聞くと、銀髪の幼女、コフが現れる。


「います」


「じゃあお願いなんだが、ツァディーに伝えておいてくれないか?アリアとアーロンを同じパーティにしてくれって」


「了解しました」




 こうして、アリアは地獄のような一ヶ月を過ごした。


 ジャンヌはというと、イヴとアーロンと試合をしながら着々と実力をつけていき……







 アルデンとエイフィは、二十階をクリアした。



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