第18話 龍の少女

 鍛冶屋のクロナ=アーハイルは苦難していた。


 アーロンという龍人の女性に刀という武器の作成を依頼されたが、どうやったらこんな細い刀身で強度を出せるのか全く分からなかった。


 クロナは青と黒の瞳を動かして、固有スキルにもある天目一箇を使う。


 クロナにしか使えない唯一無二【天目一箇】は何かを作る時、炉の炎を完全掌握するというもの。


 これはクロナの鍛冶の経験と天性の才能があるから使いこなせているが、普通の者ならば持て余すスキルだ。



 因みにイヴの固有スキルである【断罪】はイヴが敵視した存在の耐性を貫通するものなのだが、そもそもイヴは何かを敵視すること自体稀なため、持て余している所がある。


 そんな余談は置いておいて……


 クロナは玉鋼を火を焚べたほどに入れて、取り出し叩いて不純物を取り除いていく。


 熱した玉鋼に溝を入れていき、丁寧に折り曲げて、何十という層を作って強度を上げていく。


「ふう」


 髪からぽたぽたと汗が吹き出して、目に染みる。


「クロナさん、汗拭きますね」


「ありがとうございます」


 弟子が一人増えたことで前よりも作業が進みやすくなったことに喜ぶクロナ。

 

「じゃあ、相槌しましょうか」


 カンカンと、作業場に金属音が響き渡る。


 刀身の形を作っていき、折れないよう細心にの注意を払うクロナ。


 水にいれて急冷し、


 再びほどに刀身を入れ焼き入れしていく。


______

____

__


「これでいいのかなあ、あとは溝を入れて軽くしてみますか」


 こうしてできあがった試作段階の刀。


 しかしアーロンが持っている刀のように波紋が思ったように浮かばず、なにをしたらいいのか分からなかった。


「多分、何らかしらの工程で表面の温度が変わるからあのような模様が浮かび上がるはず……」


 それから何振りか作って、土を敷いてみると自分の思った通りの波紋を出せるようになった。


 そうして魔物の肉を斬ってみる。


「うん!いい感じですね」


 しかしなるほど、何回も折り重ねて焼き上げ不純物を取り除くとここまで強度が上がるのかと納得するクロナ。


 最後に、劣化防止の魔法を付与してアーロンに完成品を預かっていた鞘とと共に渡した。


「アーロン嬢、これでどうでしょうか」


「……いい感じ、よく出来てる」


 小さい声で、彼女はそう伝えた。


「ありがと、クロナ」


 美しく流れるように納刀するそのアーロン。


 いつも無表情で、声も小さいため感情が表に出てこないが、この時ばかりはどこか喜んでいるように見えたクロナだった。

 




 ◆◇



 アーロン=デュラ


 龍人という、希少な種族の一員であり変わり者だった彼女は閉鎖的な里を抜け出して世界を旅したいといつも思っていた。


 しかしアーロンを溺愛する親が何度も、自分が旅に行くことを拒否するので、ぼこぼこに殴って里を抜け出したお転婆娘である。


 そんな彼女はある船に乗り、行き当たりばったりの旅が始まった。


 かに思われたが……


 船が嵐に呑まれて海に投げ出されたことがある。


 しかし奇跡的に異国の島国にたどり着き一命を取り留めた。



「起きたか」


 人間……


 アーロンの目の前には心配そうに自分を見つめる歳を食った爺がいた。


「……誰?」


「儂か?儂はそうだな隠居した侍のヤタベエっちゅうもんだ。おめえさんは?」


「アーロン=デュラ」


「むむ、聞いたこともねえ名前だのう、異国の人だとは思っちょったが」


 アーロンは布団から起き上がり、頭を下げる。


「助けて、いただいて、ありがと」


「おうおう、いい子だのう!」


 そうして、年老いた侍と異国の龍人の少女という奇妙な共同生活が始まった。



 アーロンはヤタベエを不思議な人だと思った。


 歩いているところを見るけれど、足音が全くしないし、その動きはどれも注視しなければ捉えきれないほどには奇妙で、作る料理はどれも見たこともないものばかりだけど、とても美味しいものばかりだし……


 アーロンの中では、ヤタベエが伝説の仙人ではないかとも思っていた。


 そんな中、ヤタベエに刀を渡された。


「のう、いきなりでわりぃが、儂の流派を継いでくれんか?」


 本当にいきなりのことだった。


「儂の後継者が合戦で殺されてしまってのう、儂の剣術流派が途絶えてしまうには惜しくての……良かったらアーロンに教えておきたい」


 いつもにこやかだったヤタベエなだけに、真剣な表情で迫られた時は何事かと思い、アーロンは彼の想いを受け入れた。

 


 そうして、アーロンは初めて彼が刀を抜いたのを見た。


 それはあまりにも美しく、あまりにも自然に。


 その所作は流麗の一言に尽きる。


「きれい……」


 何をしたいかなんて漠然としたものしか持っていなかったアーロンはとにかく旅に出て何かを見て、夢中になりたかった。


 出会ったのだ。


 夢中になれる何かに。


 旅に出た甲斐があったとアーロンは思った。


 幸いなことに剣術に途轍もない才能があったアーロンはメキメキと上達していく。


 その様を見てヤタベエは毎回驚かされた。


「お師さま、これで、いい?」


 納刀して抜刀。


 一切の乱れもなく、芸術品のようなアーロンのその所作は、誰が見ても一流のものだった。


「駄目だ。肩に妙な力が入って動きが硬くなってる」


 しかし、ヤタベエはアーロンをその先の超一流にするために誰も気づかないであろう点を厳しく指導した。


 アーロンは親身に教えてくれるヤタベエに感謝をしながら、更に自分の技術を研ぎ澄ましていく。


 そうしてアーロンは、ヤタベエと同じ領域に達した。



「お師さま、料理、できたよ」


 もう寿命が近いのか、寝床に伏すようになったヤタベエに慣れないお粥を作るアーロン。


「……ありがとな」


 アーロンは自分が作ったお粥の出来栄えが不安だったが、それはもう美味しそうに食べてくれてホッとした顔を浮かべる。


「なあアーロン……上出来じゃ」


 それが何を意味しているのかはわからない。


 このお粥なのか、剣術のことなのか、それともどちらもか。


「じゃあ、そろそろ稽古に……」


 ヤタベエは譫語うわごとを呟いて、事切れる。


「お師さま……今まで、ありがとう」



 そうして、アーロンの旅路は終わり、彼ヤタベエの後を継いだ。


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