第16話 対策案
それは恐怖だった。
初めて二十階に入った時、クエストと第してジャンヌはイヴに出会った。
しかし様子が何処かおかしい。
自分を見つめるその翡翠の瞳が、真っ黒に濁っているかのように見える。
そして、目の前のイヴであろう人物は、片腕から血がポタポタと垂れていて、無造作にそれを布で覆っている。
なんというか、どこか虚なのだ。
気迫も佇まいも、何もかもが自分が知っているイヴとは異なる。
そして何より、目の前のイヴから放たれているであろう凄まじい重圧をジャンヌは感じ取っていた。
まるで海の中に入れられたようなそんな感覚がした。
そして、目の前のイヴと思わしき少女は、静かに剣を構えて、何も言わずに、ただこちらを見つめてくる。
まるでこっちに来いといっているようで……
ジャンヌの意思関係なく、イヴの元へ足が進んでいった。
何をしているわけでも無いのに、汗が止めどなく溢れていて、心臓が跳ねる音、骨が軋む音が聞こえた。
あれは……本当にイヴ殿なのか、と。
そう、一緒に過ごしてきた今の彼女とは全く違うとジャンヌは思った。
段々と、勝手に進んでいく足。
イヴに近づいていくと、何をされているわけでも無いのに途轍もない苦痛が鮮明になっていく。
そしてジャンヌの足が、イヴの間合いに入るか入らないかの境界で止まる。
これ以上先へ進めば、その瞬間自分の首は斬られると肌で感じとった。
「お前が誰だかは分からんが、どうやらオレはお前を止める役割らしい」
ポツリと、目の前のイヴは静かに、されど耳にすんなりとはいっていく柔らかい言葉でそう言った。
ジャンヌを止める役割。
誰に言われたわけでもなく、いつのまにか芽生えたその使命感。
誰かに、何かに、強制されているようなものを感じとるイヴだったが、意外と不快感は無かった。
それが何故なのかは分からないが、とりあえず今はその使命の元、目の前にいる敵を降す事を考えよう。
そうイヴは思い、苦しそうに立ち蹲っているジャンヌに言う。
「その手に握っている槍を構えろ」
その言葉がジャンヌの耳を過った瞬間、以前味わった鬼王の殺意とはまた別の何かが放たれた。
身体が泥中に沈み鎖に繋がれたのかと錯覚するほどには全く動けなくなっていた。
何もできない。
何もさせてもらえない。
それは、ジャンヌにとってこの上ない恐怖だった。
しかしなんとか、口を動かして、ジャンヌは喋る。
「い、イヴ、どの……」
「ん、オレを知ってんのか?いや、まあいい……どうせ良い噂では無いだろうし」
目の前のイヴは苦笑する。
口角を上げているのに、イヴの顔が全く変化しないその様が、たまらなく不気味だった。
「さて、準備はいいか?」
ぞくりと震えた。
手足が痙攣し、唾液がまるで出てこない。
この巡る血潮さえ掌握されている理解の範疇を超えた何かを感じた。
自分は一体、何と対峙していると言うのだ……
誰、ではなく何、と使うあたり、ジャンヌには目の前の存在が人間かどうかすら判別がつかなくなっていた。
人では無い、獣でも無い、在るのはただ超常的な憎悪と憤怒のみ。
これこそが、本物のヒトデナシと言うべきものだ。
「あ、あぁ……」
反射的に生存本能である呻き声を吐露するジャンヌ。
わからない。
わからないわからないわらかない。
怖い、逃げ出したい……
なんだ、なんなのだ?
アレは、アレを語るとしたら何が当てはまるというのだ?
見た目は片腕しかない可愛らしい少女。
それなのに、心が、魂が、逃げろと叫びたがっている。
「なんだそのていたらくは?オレを倒さないと先へは進めないぞ」
隻腕の剣姫はそう言って嗤った。
◆◇
エスタという一つの世界だけに
その剣術の領域はスキルの熟練度では測れないものである。
そもそも熟練度はその者の限界値を相対的に測ったもののため、例え同じスキルが同じの熟練度だとしても、人によって変わるから絶対的な指標ではないが、イヴは明らかにその枠に収まっていない。
レベル四十差というものは途方も無く大きいものであり、一般的に例えるならば赤子と訓練を積んだ熟練の兵士を戦わせるようなものだ。
レベル十差ならば、覆す者も一定数いるが、四十以上という圧倒的な差を覆すことができる
______
____
__
「ん、逃げられた……か」
ジャンヌが生還石で逃げたのをわざとらしく言うイヴ。
本来イヴが逃さないと決めたら誰だろうが逃げることは叶わない。
しかし、今こうして逃げられてしまったわけだ。
何故かは分からないが、あの者は逃がすべき存在だと言われたような気がしたイヴは、その直感に従いジャンヌを殺すことはなかった。
「どんくらい強くなって帰ってくるかなあ」
また彼女がここに来ると確信めいたように言うイヴだった。
◆◇
「ひ、ひぃ!イヴどの……!?」
「どうしたんだジャンヌ?」
ダンジョンから帰ってきたらジャンヌは明らかに俺に怯えているように見える。
まるでいつの日か惨殺した貴族のように。
「……ダンジョンで、イヴ殿に、会ったんだ」
「あ……」
そういえば表層二十階のクエスト内容が自分が思う最も強い者との戦闘で勝つことだったか……
「どうだった?」
俺はそう聞くと、ジャンヌは怯えて目を伏せる。
いつも気丈に振る舞っていたものだから、こんな弱っているジャンヌを見るのは初めてだった。
しかしこの怯え具合からなんとなく想像がつく。
俺と対峙したのだろうけど、それは多分生前の俺なんじゃないだろうか。
「あれは、なんだったんだ……」
「まあ十中八九昔のオレだと思う」
「そう、だったのか」
漸くいつものジャンヌに戻ってきた。
それにしても生前の俺と戦ってよく五体満足だったな……
「とりあえず対策は後日考えるか、ジャンヌはもう休んどけ」
「わ、わかった」
そう返事をして自分の部屋に戻っていくジャンヌを横目に、俺は今後どうするかを考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます