第11話 罪

 エイフィ=コーラン。


 彼女は敬虔な牧師の家系に生まれ、そんな彼女の将来の夢は、人を救い幸せにする聖女になることだった。


 しかし彼女が属していた宗教の本質は己が教義に属さない人々を迫害し、愛というものを広め、神を信じるものは救われるというもの。


 少しおかしいなんて思いつつも、これが正しいのだと疑いもしない彼女は、その宗教の敬虔な信徒になり最終的には異端審問官となる。


 隣人を愛し、愛を教えよ……と。


 神に祈れ、さすれば幸福は与えられん……と。


 それに仇なすものは迫害せよ……と。


 愛を説いておきながら、その押し付けがましい愛とは一体何のことなのだろう。


 信じて裏切られて行った彼らは一体何だったのだろう。


 

 しかしまだ若かった彼女は本気で愛で人を救えると信じていた。


 神を信じれば救われると信じていた。


 彼女は幼いながらに誰よりも人に寄り添い、彼らを救う役目を果たそうと決意した。


 しかし、日に日に増していく貧困と犯罪。


 一向に高くなっていくお布施。


 腐敗していく偉い方。


 豪華になっていく教会のすぐそばではボロボロの村や街並みがある。


 それがなんともいえない違和感になっていく。


 拭えない違和感にエイフィは果たして自分は本当に正しいのかと疑問を思うようになっていった。


 違う考えを持つ者達を迫害する行為のどこに愛があると言うのだろう。


 矛盾していく教義内容。


 エイフィは心の奥底で、懐疑の目を向け始め、自分が信仰する第一宗教に歪さを感じながらも、何かの圧力と救わねばならないという使命感によってによって司祭といった高い地位に登り詰めた。


 しかし彼女を疎んだ者達が、彼女を異端審問官に昇進という形で厄介払いをしたのだ。



 それからというもの、エイフィは何の罪もない数多の異端者を救済するといった名目で人を殺す日々。


 おかしい。


 だけど、隣人はそれを正しい行いだと捲し立てる。


 自分が一体何をしているのか……


 分からなくなっていた。

 

 その瞬間、無垢な彼女が信じていたかったものが砕け散り失意の淵に溺れゆく。




 私は、私はこんなことがしたかった訳ではなかった。


 本気で人々を救う為に……


 救う、ため……


 誰を、何を?


 何で私は誰かを救おうなんて……



 エイフィは自分自身の根底にあった絶対的な指針を失っていた。


 それと同時に、この過酷な世界で彼女はどれほど祈れど人は救われないことに気がついた。


 私は一体何だったのか。


 この形容し難い負の感情は一体何なのか。


 誰かを救いたいと願うのに、誰かを殺す私は正しいのか?


 分からない。


 だけど、気がついたこともあった。


 生きる指針を失った自分自身すら救えたいなどいないこの事実に。


 皮肉なことに、自分を含む誰一人として救うことができなかったのだと理解してしまった。


 

 嗚呼、私は……罪人なのだ。



 エイフィは自分自身を否定した。


 そして彼女は最期には、異端とされている側に加担し火刑によって死んだ。


 自分も、彼らも、最後の最後まで神とやらに救われることはなかった。


 祈りで、愛で、救えやしない。


______

____

__


 

「あの、イヴさん……」


 エイフィは、イヴに声をかける。


「なんだ?」


「その、えーと……」


 何かともじもじしていてよく分からん。


 とりあえずエイフィが話し出すまで歩くのを辞めて待つイヴ。


「私は、生きていてよろしいのでしょうか」


 ポツリと、彼女はそう言った。



 エイフィはこの世界に来てから、自分には生きる価値がないと思っていた。


 しかし、そんなことを思うものの、コフに命令されてイヴと一緒にダンジョンに行く日々を過ごしている。


 惰性と、罪悪感と、裏切られた信仰と……


 何を持ってすれば、自分は生きていけるのか分からなかった。


 しかし彼女は、イヴという自分を貫いて生きていく人に出会って、情けなさと恥ずかしさを感じていた。


 だからこそ聞いてしまったのだ。


 自分が生きていてもいいのかと。


「あー」


 そんなエイフィに向かって他人に生き方を委ねるなよ、と言いかけたが辞めるイヴ。

 

 そういえば一応自分にもそんな時期があったなと思ったので、相談に乗る為エイフィを食堂に連れていった。


「あの、イヴさん?」


「とりあえずそこに座って」


 イヴは椅子を履いて、エイフィにそこに触るよう促し、水を持ってくる。


「じゃあ、聞くけどエイフィの生きる指針は何?」


「……ありません」


「こりゃ思ったり重症だな……」


 どうしたもんかと考えるイヴ。


 こういう類のものは自分で考え出さないといけないんだけどな。


「やりたかったことは?」


「……人を救いたかったんです」


「大層な願いじゃんか」


 それが叶うかはさておき……


「でも私なんかが人を救おうだなんてとても……」


 そうしてエイフィはイヴに自分の過去を語った。

 


「まあそれじゃ人なんて救えやしねえよ」


 その過去を聞いて、イヴは突き放した。


「……っ!」


 神を信じりゃ救われるとか馬鹿げている。

 どん底にいたイヴだからこそ至った結論だ。


 人生はとにかく自分で何とか正解を探して生きていくしか無い。

 

 他人を参考にしてもいいが、決して他人に委ねてはいけない。


 だから、そんなありもしない偶像に自分を委ねるなんて怖すぎて自分には出来ない芸当だとイヴは思った。


「人を救いたいのなら現実的な手段と救える数を決めろ。全員救おうなんて決めて結局救えきゃ本末転倒だ。それから、まずお前か救われてないんだからそこから始めろ。人を救いたいと考える前に自分を救えよ」


 それさえできないのなら、その言葉にはなんら説得力が無い。


「……はい」


「それと、自分は生きていていいのか、だっけ?先ずは自分を救ってから考えろ。話はそれからだ」


 まあ自分を救うなんて当分は無理だろうなと思うイヴ。


 これは難しい課題だ。


 だからこそ、生きていいのかなんて考える余裕も無くなるだろうと考えるイヴだった。


「……分かりました、それと、話を聞いてくれて、ありがとう、ございます……」


 涙をボロボロと流しながら、そう言うエイフィ。


「大丈夫か?」


「だい、じょぶです……」


「そっか」

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