第10話 人なんてそういうもん

 「なあ、イヴさんって本当に強いのか?」


 訓練所にて男は休憩時間、仲間にそのようなことを言った。


「というと?」


「いやだって戦ってる所見た事ねえし、ダンジョンから帰ってくる際もいつも砂埃一つついてないんだぞ?それに片腕無いし」


「まーたしかに」


 実際、彼らにとってイヴという存在について分かっていることは序列一位ということだけ。


 ただ怪しい点が幾つもあって本当に強いのかと疑問が湧いてくる。


「だから俺は思うわけよ、本当は手柄を横取りしてんじゃないかって」


「はいはい……」


 そんな彼の話を話半分で聞いて去っていく男。


 そもそもとしてこの監視された世界でどうやってそんな不正が出来るというのだろうか。


 それを知っているが故に男の話を信じるものは少なかったが、新しく入ってきた新人達はそんな事情をまだ知らない為、男はイヴへの不信感を着々と広めて回った。


「なあ、イヴさんって実は……」


 そんな根も葉もない言葉を広めて回る男。


 何故そんなことをする理由があるのかといえば、男にはどうにか皆にイヴへの不信感を募らせ、孤立させる、そうして孤立したイヴの元に俺が颯爽と現れて助けてあげ、あわよくば添い遂げるといった願望があったから。


「このまま広めればあわよくばイヴちゃんと……!」


 他人と話す時にはさんを付けているのに、一人になった瞬間ちゃん付けになる男。


 普段は真面目さを装っているが、裏はもう見ていられない。


 そんな取らぬ狸の皮算用をする男にイヴは呆れながら陰で見ていた。


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「ってことがあったんだがオレそんなチョロく見えるのか?」


 訓練所にて、俺はアルデンに剣術の稽古をしながらそんなことを聞いてみた。


「姐さん、それ俺に聞く?」


 アルデンは苦笑しながらそう言う。


「だって最初そんな感じじゃなかった?」


 今では俺が剣術稽古で性根を叩き直したから真人間になったけど、最初会った時なんて本当に印象最悪だったと思う。


「その節は、大変迷惑かけました」


「うむ、よろしい」


 あれ、俺何を話してたんだっけ?


 あ、自分がチョロく見えるのかどうかって話だったか……


「姐さんは自分から話しかけたりとかしないから、内気な女の子にしか見えんからすぐに取り入れると思ったんじゃね?」


 アルデンは俺に大剣を振りかぶりながらそう言う。


 つまるところ見た目が無垢(?)な美少女だから騙されるのだ。


「そんなもんか」


 まあそう言われてみれば確かに人に話しかけたことはあんまないな……


 誰かに話すとしたら目的のためにこの身を曝け出して情報を吐かせたり、時には無垢な少女を演じて騙して弱点を探ったりと、相当歪んでることは間違いない。


 前前世、つまり男子高校生だった時の倫理観なんてもうすっぽ抜けてるしなんなら、何をやっていたのかさえ殆ど覚えていない。


 あの時とはまるで別人だと思ってる。


 それが嫌というわけではないが、考えてみると不思議なものだ。


 そんなことを考えながら、アルデンの攻撃を避け反撃する。


「うおっ!?」


 アルデンは唐突に変化した剣の軌道に追いつけず、なんとか避けた。


「いいね」


 これを避けられるなんてアルデンも成長したなあ。


 人ってのは何かの拍子で変わるもんだ。


 アルデンも、アリアも……


 そして、サーニャも最後には変わった。


 

 俺も変わるのだろうか。


 いや、既に変わってるのかもしれない。


 それがどんな生き方であれ、俺は俺自身を肯定し続けたい。


 それが俺の在り方。


「なあアルデン、一つ聞きたいんだがいいか?」


「はあ、はあ……なんすか?」


 攻撃に耐え忍び、息切れしかけるも相槌を返すアルデンに俺は聞いた。


「お前の生きる理由はなんだ?」


「俺はそういう小難しい話は分からんから、敢えて言うとするなら、“やりたいことをやりたいようにやる”だけっすよ」


 至極当然として彼は言う。


 なるほど、それも一つの生き方か。


「お前、清々しい奴だな」

 

「それが俺の美徳なんで」


 理屈だとかしがらみだとか負目だとか、そんなものどうでもいいのだ。

 

 やりたいことをやりたいようにする。


 誰に何と言われようが、それを貫く。


「あははは!!」


 イヴは攻撃を辞め盛大に笑った。


「何急に笑ってんすか?」


「いやなに、良い生き方だと思っただけだ」


______

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 あれは酷く歪な存在だと思ってる。


 元々一般的な儒教に根差した日本人の感性を持つが故に、悪というものを理解していて、そんな道徳観念があるが故に、自分がやってきたことが悪だということを客観視できる。


 普通にその感性がなければ、もっと歯止めが効かなかったのはまず間違いないとだろう。


 まあそんな善性の防波堤がありながら国を滅亡させて、人をたくさん殺したんだ。


 一般的な日本人の感性だったら償うだとか、負い目を感じるとかそんな綺麗事を浮かべるかもしれない。


 正直許されないことをしているという客観的な自覚はあったし、俺を育てたくれた人たちに胸が張れるかと言われたら、あの時は多分答えられなかっただろけど、戦争が終わった時点でもう吹っ切れていた。


 悪というものが、倫理というものが、知識にはあるが俺には俺なりの正しさがあった。


 まあその正しいかもわからない正しさを持たなければ死ぬ世界なんだ。


 自分を肯定し続けなければ生きられない世界なんだ。


 殺すことが正義の世界。


 自分のこの行いは本当に正しいのかなんて、そんな葛藤した瞬間、隙を晒して殺される。


 正義だとか悪だとか道徳だとか倫理だとか。


 そんなものを語っている暇は微塵も無い。


 そんな時代のそんな世界。


 それゆえに俺を引き取った父や母、師匠などは稀な人間だ。


 そんな人たちに育てられたからこそ、ちょっとした罪悪感は持ち合わせているが、それでもなお俺は俺のあの非道な行いを肯定している。


 非道だと理解できているのに、肯定できるあたり相当歪んでるとは思うが……



 とはいえ別に殺すことが好きってわけでもないし、どれだけ貶されようが侮蔑されようがどうでもいい。


 俺は俺の役割を、やりたいことを、俺なりに決めて進む。


 俺はそう言った人間だ。


 

 



◆◇





「なあユウリー俺この先どうすればいいの?」


 パソコンでゲームをしている遊里に慎吾は聞く。


 彼は大学に留年し続け、自分の人生の行方がもうどこに行ったのか分からなくなっていた。


「そんなの人に聞かないで自分で決めなよ」


 遊里はなんだこんなのが友人なんだろうなんて思いながらそう突き放した。


「そう簡単にいうなよ。いいよなあ、フリーランスでお金稼げて」


「はあ、で、何しにきたの?」


 こうやってわざわざ通話せずに家に来たんだ。


 何か用があって来たのが丸わかりな遊里はため息をつき慎吾にジト目を向けながらそう聞いた。


「お金貸してください!」


 何でこんなのが以下略友達なんだろ


「もしくは家に泊めてくれたっていいんだぜ?」


 厚かましさ六法全書かな?


 殴っても捕まらないと思う。


「まあ泊めてもいいけど、その代わり家事全部やってよね」


「ありがとうございますユウリ様!」


 本当に調子がいい奴である。

 

 こんな生き方したら多分碌なことにならないんじゃないかなと思う遊里だった。


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