第6話 生きた証さえ残らない
荒れ果てた闘技場の中央に鬼王は静かに立ち上がる。
招かれざる客を、迎え討つために。
二本の大鉈を構え、敵を目で捉える。
そして大きな一歩を踏み出した。
その瞬間、闘技場全土に渡り衝撃波が発生する。
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「どういう、ことだ……」
アルデンはそう言葉を溢す。
聞いていた話と違う。
俺たちの役目はオーガたちの討伐だったはず。
しかし今いる場所は闘技場で、そんなオーガたちの姿は何処にもない。
その代わりに闘技場の奥には巨大な鬼が鎮座していて、アルデンはすぐさま警戒体制に入る。
「くそ、異例の事態だ、臨戦体制を解くなよ! 俺は前に出て応戦する」
アルデンはイヴに言われた通り、異例の事態に速やかに対応する。
しかし、アルデンもイヴほど周りがよく見えるわけでも無いし的確な指示を出すこともできないし、未知の敵に観察するなんて舐めた真似はできない。
だからこそ先手必勝。
アルデンはひたすら前に出て時間を稼ぐことにした。
そんなアルデンを視界に入れた鬼王はゆっくりと立ち上がり、大きな二対の鉈を手に持って静かに凝視する。
そして、一歩。
ーーーードゴォオオオオオン
先ほどとは打って変わって激しい音が響き渡り、それによって引き起こされた風圧が身体を通り過ぎていく。
「こりゃ、やべえな」
アルデンは冷や汗を流し震えた。
今まで戦ってきた魔物とは比べ物にならないくらいに強いと肌まで感じた。
しかしこれは武者震いだと、自分を納得させ地を抉るほどの勢いで蹴り突撃する。
これが、戦闘の合図だった。
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「精霊召喚!」
後方からアリアがノームを召喚し、石の弾丸を放つ。
しかし、鬼王は全くと言っていいほどに意を介していない。
----ガギイィィィィン!!
アルデンの大剣と鬼王の棍棒が交差し、甲高い金属音が響き渡る。
「おらぁ!!」
敵の攻撃に当たらないよう間合いを取りながらも、一気に地を蹴って近づき一撃を与える。
「よし!」
良いのが入った!
そう確信したアルデンは手で合図を送りジャンヌとイスラを攻撃に参加させようとしたが、鬼王の異変に気がつき、急遽手を抑えて警戒する。
何かが、何かが変わった……
その場にいた四人がそう感じた。
そう、これを表現するならば殺意だ。
明確な敵対意思を表ずるかの鬼王は、明確な殺意を向けてきた。
アルデンたちは生きてきた中で一度も殺意を感じたことはない。
殺意なんて普通は感じることがない。
しかし、理解してしまった。
これが、これが……殺意だ。
「グォオオオアアア!!!!!」
ありえない声量で叫ぶその鬼の王は何故か大鉈を捨てさり拳を突き出した。
そして真紅の蒸気が空気を歪ませ途轍もない熱量を放出しだす。
怒れる鬼の王が顕になった。
「ぅう……耳が、」
先ほどの怒号によりアリアの鼓膜は破れていて、耳から血がポタポタと垂れ音がわからない。
アリアは先ほどの鬼王の殺意と何も聞こえなくなったことにたいしての恐怖で鬼王が近づいてきていることに気が付かなかった。
「くそ、もたもたすんな!」
アルデンは、ふらふらと足を浮つかせるアリアをギリギリで担いで、攻撃を避ける。
「あ、ありがとうございます……」
「別にお礼を言う必要はねえ。それと、言ってなかったがこの前はすまなかったな」
機会がなかったから言えなかったが、これですっきりした。
アリアには聞こえていなかったが、表情と口の動かし方でなんとなく謝られたのだと理解した。
「ルグアアアオオオオ!!!」
くそ、さっきより断然、攻撃速度が上がっている。
それに不用意に近づくと皮膚が焼け爛れるんだが……
アレを倒す方法が、全く思いつかない。
「おいイスラ! こいつを死ぬ気で守れ!」
「うわっ!?」
アリアをイスラの元に放り投げて、鬼王に近づくアルデン。
「それからジャンヌ! 不用意に近づこうとするな、蒸し焼きになるぞ!」
「了解した!」
ジャンヌもなんとか食らいつこうとするが、鬼王の攻撃の余波を避けるばかりで全く攻撃に参加できずにいた。
「舐めやがって!」
大剣を振り払い、鬼王から放たれた音速にも等しい拳をどうにかいなす。
「チっ……強すぎんだろ」
その攻撃のせいで左手が全く動かなくなる。
あの巨大でどうしやったらこんな俊敏に動けるんだよ……
そう悪態を吐くが、そうも言ってられない。
魔法による援護も対して効果が見込めない。
ジャンヌは鬼王と相性が悪すぎる。
イスラはアリアのサポートで手一杯。
「強くなったと思ったんだが、なあ!」
イヴに鍛えられて、自分は強くなったと思っていた。
だがこの程度では、この様では駄目なのだ。
拳による衝撃波をアルデンは地面に転がりながら辛うじて避ける。
しかし……
その衝撃波はアリアに向かっていった。
「アリア!」
アリアは音のない世界で死期を悟り目を瞑った。
しかしその瞬間誰かに押し飛ばされて、助かった。
一体何が起きて……
アリアは恐る恐る目を開ける。
一体何が起きているのか確認するために……
だけど、それを見ないほうが幸せだったかもしれない。
アリアはその光景を見てしまった。
「あ、あぁ、ああああああああ!!!!!!、」
内臓が、破裂し、骨が砕け、地面にこびりつく肉塊。
それは、イスラだったものだ。
「い、イスラ、さん……?」
アリアは放心状態になり、最早何も出来なくなる。
何で、何で……
私、私のせいだ……
「うそ、だろ……」
ジャンヌもまた、今まで苦楽を共にした戦友が死んで、その場で立ち止まってしまった。
「お前ら気を取られるなぁあああああ!!」
しかし、アルデンはまるで咆哮のように叫んで呼びかける。
その声のお陰で鬼王からのヘイトを稼ぐことに成功した。
しかしもう先ほどの様には剣を振るうことが出来ない。
ならば……
アルデンは剣を正面に構え動かなくなった左手を少し添えて固定する。
そして、突撃した……
鬼王の熱地獄のような蒸気に触れ、目が焼けていく。
「おい! こっちだ木偶の坊!」
此方に向かってくる巨大な鬼。
圧力が、半端ない。
くそ熱いな!
拳を辛うじて躱す。
そうして、アルデンは渾身の突撃を鬼王の
しかし、その攻撃すら鬼王は意に介していないようで、アルデンの首を掴む。
「ぐぅああ!?」
焼ける、首が、焼けて、眼が、焼けていく。
くそ……眼が、見えない。
今どうなってる。
もう、だめなのか……?
ここで、おしまいなのか?
いや、まだだ!
正真正銘最後の力を使って、鬼王の手を握りつぶし拘束が緩まった。
熱い熱い熱い熱い痛い、キツイ……
くそ、まだ、まだ、死にたく、ない。
そんな光景を見てなんとかアルデンを助け出そうとするが、熱気で近づけないジャンヌとアリア。
全滅する。
そう覚悟した。
その瞬間、闘技場を囲んでいた結界が割れて誰かが侵入してきた。
その瞬間、鬼王は身震いをする。
最悪の敵意。
己の全てを否定されるような、紛うことなき最悪の気配。
鬼王の目に、隻腕の人間が現れ、その存在がこの敵意を発露しているのだと気づいた。
それと同時に、本能で発狂して逃げ出したくなる鬼王だが、声を出すことはおろか動くことさえ出来なかった。
「死ね」
そんな三人の耳に馴染んだ声が、微かに聴こえたその刹那。
鬼王の首はあっけなく地に落ち、そしてアルデンが首に感じていた熱気と圧力から解放され落下する。
それを見越したジャンヌがアルデンをキャッチした。
「遅くなった」
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アルデンは失明していて何が起きたのか目で見ることはできなかったが、おおよそ把握できた。
来て、くれたのか……
アルデンはそう口にしようとしたけど、喉が焼き爛れて声が出なかった。
「イスラは、どこだ?」
イヴは現状喋ることができるジャンヌにそう聞く。
「イスラ殿は、そこに……」
そのジャンヌの視線に釣られて、俺も同じように其方を見た。
「……っ!?」
原型が跡形もなくなっていた血肉。
肉を焼いた臭いが漂ってくる。
「イスラさん、私を、庇って…死んじゃった、、」
フラフラと此方に近づいてくるアリア。
顔が涙と血でぐしゃぐしゃで、イントネーションも
耳から血が出ているのを見て、鼓膜が破れていると分かる。
アリアはイヴに力いっぱい抱きついてきて、泣き喚いた。
やるせないな……
アルデンのお陰でこれだけで済んだと考えるしかないか……
「帰るぞ、ジャンヌはアルデンに肩を貸してやれ」
「わかった……」
アリアをおぶって闘技場から出ていく。
後ろを降り向くと、イスラだったものは消失していた。
死んだら、何も、残らないのか……
【クリア報酬:玉鋼×100,下等昇級魂×5,表層十一階への挑戦権】
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「お帰りなさい、あれイスラ氏はどこに……」
クロナが真っ先に声をかけてくる。
その問いかけに、ジャンヌは首を横に張った。
「そう……ですか」
何が起きたのか察したクロナ。
「今日は、ゆっくり休んでください」
震える声で、俺らにそう言った。
◆◇
俺は、農夫だった。
一人娘がいて、幸せに暮らしてた。
だがある日、いつものように家に帰ると娘が家にいなかった。
多分、森の中の秘密基地にでもいるのだろう。
俺は娘を迎えに行った。
「おーい、帰るぞー」
そう言うがどこにも娘の姿が無い。
ここじゃないなら一体どこにいったんだ?
俺はもう少し辺りを散策して泉に出て、唖然とした。
「ウルフ……何でこんなところに!?」
そのウルフの口元に血がついている。
なんだか嫌な予感がした。
そして……見つけてしまった。
「うそ、だろ……」
小さな女の子の遺体。
お腹を食い荒らされて、ハエが集っている。
「あ、ああ、あああ……」
それは、最愛の娘だった。
「そんな……」
ウルフに目もくれず真っ先に娘の元にかけ寄るイスラ。
守れなかった。
守れなかったんだ。
一番大切な存在を、一番の宝物を。
そして、俺はウルフに殺されてこの世界に来た。
そこには娘と同じくらいの歳の子が三人いて、俺は娘とその姿を重ねて守ろうとした。
そう、こんなのただの自己満足だ。
それでも、最後は助けることができた。
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『お父さんお帰り。あれ、どうしたのそんな固まって』
『あ、ああすまん。何か夢を見てた気がしてた』
『そっか……どんな夢か、聞かせて?』
『そう、だな、それはまた今度にしような』
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