第4話 理由と意思と覚悟と

 私はサーニャ。


 この世界に来て結構な月日が経って来る日も来る日も剣術の訓練をやらされてて、どうしようもなく嫌で仮病してみるけど、この世界では怪我も病気も直ぐに治ってしまうため嘘だとイヴちゃんにバレてしまう。


 でも、戦いたくなかった。


 怖いし、痛いのは嫌だし。


 それでもみんなダンジョンを攻略するために、日々訓練している。


 分からない。


 なんでみんな危険を冒してまでダンジョンに行くのか理解できない。


 最後まで攻略できたら願いを叶えてくれるなんて神様が言ってたけど、命が無くなったらそれでおしまいなんだから……


 そう思ったけどみんなは文字通り命をかけてダンジョンに挑んでいる。


 同じくらいの歳のイヴちゃんも、それよりももっと幼いアリアちゃんも。


 私だけ、何もしないでこの疎外感と自分への惨めさが、酷く恨めしかった。


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「おいサーニャ、剣を構えろ」


 イヴちゃんはそんなどうしようもない私を指導してくれる。


 きっと私なんかに時間を割くより他にやるべきことがあるはずなのに。


 嫌だ嫌だと駄々を兼ねる私をなんとか炎天下の元に引っ張り出してくれる。


 最初はそれはもう迷惑だった。


 それに的外れな嫉妬もしていた。


 しかし、ある日こう言われたんだ。


 死ぬ気でやれ、この世界で自分を守れるのは自分しかいない。


 イヴちゃんの翡翠の瞳が私を見つめてきて、ハッとなった。


 それから私はその言葉を思い出してその言葉を身体の中にこだまさせて骨身に鞭を打った。


 以前のような醜い感情は出なくなっていた。


 目標という目標も何も無かったけど、イヴちゃんなら私を導いてくれると本気で信じた。


 でも長くは続かなかった。


 ダンジョンに初めて入った時、最初は大丈夫だったがゴブリンと対峙した時、足がガタガタと震えて私は逃げ出した。


 怖い。


 気持ち悪い。


 その一心だった。


 そんな魔物たちをイスラさんとアリアちゃんが倒していて、私はお荷物だった。


 きっと一人だったら死んでいた。


 そんな日々が続いて、自分自身に嫌気がさした。


 私は意気地なしで、根本の部分はどうしても変わらない。


 変わりたい。


 イヴちゃんみたいに自分を貫き通せる人になりたい……


 でも、だけど、それでも……

私は私を変えることが出来なかった。


 ねえ、私は、どうすればいいの?


 堕落した私は他人に選択肢を委ねた。


 イヴちゃんみたいに自分を貫けるなんて思っていながらこの様だ。


 自分に落胆して自分を軽蔑して、もう何が何だか分からない。


 そんな日々に終止符を打ちたかった。


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「命令ですサーニャ。一人で四階層に入ってください」


 コフがサーニャの目の前に現れにそう言った。


「え……?」


 そんなコフの命令はサーニャにとっては死刑宣告に等しかった。


「待ってくれコフさん! サーニャを一人で行かせるというのか?」


 サーニャと一緒にいたイスラはコフに激しく反発する。


 しかしこれは命令である。


「命令は絶対です。反発は死を意味します。それでも私の邪魔をしますか?」


 淡々と抑揚のない言葉でそう言うコフ


「…っ!」


 イスラは歯を食いしばって俯き、ただただ無念に打ち震えるばかりであった。


 しかしそんなイスラとは対照的に、その場面を見ていたイヴはサーニャに近づき辛辣に言う。


「サーニャ、ここで死ぬか、ダンジョンで死ぬか、早く決めろ」


 いつも親身に剣術を教える姿とは打って変わってあまりにも冷たい一言だった。


「イヴさん……」


「そんな言い方ないだ…むぐ」


 イスラが何か言おうとするがイヴが無理やり口を抑えて口を封じた。


「お前は黙ってろ、それで、どうなんだサーニャ」


「……行きます」


 サーニャは覚悟を決める。


 ここで克服するんだと、

 何もできない人生は、負んぶに抱っこな人生は、嫌なんだと……


 サーニャは自分にそう言い聞かせて奮い立たせて、震える足を抑え歯を食いしばりながら決意した。


「そっか……」


 そんな内情を見透かしたのかイヴはサーニャに優しく微笑んだ。


「じゃあ……行ってきます」


 今いるイヴとイスラの二人にそう言って、ダンジョンに入っていく。


 死んだらそれまで。


 絶対生きて帰って、イヴちゃんに感謝を伝えるんだ。


 これは私の決明。

 誰でもない、私だけの意思。


 進め……


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 鬱蒼とした樹海が広がり嫌に日差しが暑くて、汗が目に入り染みる。


 周りを見ないと、どこから襲ってくるか分からない。


 とめどない不安と緊張で、体力と精神が削られていくような気分。


 怖いし逃げ出したい。


 でも逃げたら私はクエストを完遂できなくて死ぬ。


 唇を噛んで、イヴちゃんの稽古を思い出し自分を鼓舞した。


 そして遂にゴブリンと対面する。


 ニタニタと笑っているようで気持ち悪い。


 私は慌てて剣を構えて……


「え……」


 なんか足が痛いような気がする。


 痛い、痛い。


 足がべっとりした何かに浸かっているようなそんな感覚。


 私は思わず痛みがする足を見てしまい、矢が、左足を貫通していたのを理解した。


「あ"あああ"あ"あ"!!!???」


 目の前のゴブリンに気を囚われ過ぎていて伏兵がいることに気が付かず、何処からともなく飛んできた矢に対処することができなかった。


 まさか横から矢が飛んでくるなど、考えていなかった。


「い、いたぃよおおお……!!!」


 あまりの痛みで何も考えられない。


 それゆえに、あろうことか私は敵の目の前で足を触ろうとして……


「あ、ああ……」


 ゴブリンが奇襲してきたことに全く気が付かず、腹部に槍が刺さっていた。


 そして、私が弱ったのを確認したゴブリンたちは、私をとり囲む。


 血が、とめどなく垂れて、意識が朦朧とする。


 それと同時に耐え難い痛みが自分の意識を取り留めていた。


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 あれ、


 ここは一体どこだったっけ……


 私は何を、、


 ああそっか……


 私は、私は、、


 覚悟を決めたんだ。


 生きて戻って、イヴちゃんに感謝を伝えるんだって心に、誓ったんだ。


 でも、もう無理だった。


「ごめん、なざい"……」


 喉に溜まった血を吐き出しながらサーニャは涙を流す。


 イヴちゃんにありがとうって、最期に言いたかった。


 こんな、惨めで愚かだった私だけど……

知り合ってまだ少ししか経っていないけど、ずうっと私に時間を割いて教えてくれた。


 私が生き残れる道を、教えてくれた。



“ごめんなさい……”


 そう口にしようとしたけど、声が出ない。


 ああ、もう口が、回らないや…


 最後くらい、ありがとうって言いたかったな。




 愚者アレフはそうして死に絶えた。





◆◇





「うーん、やっぱまだ一人は厳しかったかぁ」


 遊里ゆうりにとっては初めてのキャラクターの死。


「まあでも弱かったしもっかいガチャ引けばいっかなぁ……」


 もうちょっと時間をかけて育成すれば良かったのと思いながらも、終わったことは仕方ないからと思考を切り替えていく。


 だってこれはゲームだから。


 お金がある限り幾らでも換えが効くから。


「うーん、でもやっぱ仲間の死は結構攻略に影響するっぽいな……なるべく死なないように攻略しろって掲示板の皆が言ってた理由はこれもあるのか」


 愚者アレフ達の士気が著しく落ちている。


 特にイスラとアリアはそれが顕著に現れている。


 アサルト・アーツというゲームは本当に細部に至るまで現実的だと感心する遊里。


「とりあえず編成はジャンヌをアリアとイスラの三人とイヴとアルデンの二人に分けて攻略させるかな」


 これならまあ滅多な事は起こらないだろうと信じて編成を変える。


 それから遊里は溜まっていたガチャチケットで新たに生産職の十連ガチャを引いた。


 そこから出てきたのは、ARアートレアの鍛冶職人と、Pプレシャスの仕立て屋。


 他にも料理人や建築家、革職人など。


 とりあえず食堂に料理人をセットして、素材換金してから鍛冶工房と洋服屋を建てる。


「宿舎をもうちょっと大きくしてと」


 それから余ったお金でこの世界を大きくして、訓練所も土台を土からコンクリートに変えて、藁人形から達成のアーマーに変える。


「よし」


 表層十階の攻略もそろそろ準備しよう。


 サーバーによってどんなクエストが出るかも未知だから、誰か一人生贄を入れてクエストを把握してから攻略しよう。





◆◇





 サーニャが死んだ。


「くそ! 何だってこんなことに……まだ十五にもなってない子供だぞ!」


 イスラは拳を机に叩きつける。


 じんわりとした痛みがよぎるが、それよりも幼い少女を守れなかったという事実の方が何倍も辛かった。


 食事も喉を通らない。


「おいイスラ、訓練するぞ」


「こんな時に訓練なんて……」


 イスラはそんな気では無かった。


「まあそう気負うなよ、全てはオレの責任だ」


 淡々と言うイヴに、行き場のない怒りの矛先が向いた。


「そんな、そんな簡単にいうな!」


 イスラはイヴに怒号を上げた。


 イヴのせいでは無いことは知っているはずなのに。


「……すまん、頭を冷やしてくる」


 そんなイスラを尻目に、イヴは思案する。


 忘れていた。


 生きるということは過酷なものだって……

この中で誰よりも知っていたはずだ。


「どうすれば、良かったんだろうな」


 いつもよりも重い足取りで訓練場に向かうと、前のような簡素なものではなくしっかりと整備された訓練所になっていた。


 いろいろな場所が新たに建て替えられていて、コフに聞いてみるとツァディーという仲介者アルカナがこれをやったらしい。


 俺は訓練所の真ん中に足を運び、目を瞑り、バスタードソードを構える。


 その瞬間、目の前には足がすくんでガクガクと震えるサーニャがいた。


……ような気がした。


「そんなへっぴり腰で構えるとすぐ死ぬぞ……」


俺は静かに、そう言う。


「……って、もういないんだよな」


 たった一ヶ月の仲だった。


 教えても教えても逃げ出すような子だったけどそれでも、教えるのは楽しかった。


 本当に、いい思い出だった。


 だから。

 これは、決別だ。


 俺はサーニャの幻影の頭を撫で、抱きしめる。


 これで本当に、さよなら。


 そうして俺の目からサーニャの幻影は消えていく。


その刹那。


“今までありがとうございました”


 そんなサーニャの声が聞こえた気がした。


「ああ、こちらこそ」

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