『深泥丘奇談・続』 綾辻行人

《あらすじ 角川文庫より引用》


もうひとつの京都──「深泥丘」世界ワールドへ誘拐されてみませんか?妖しい目眩めまいとともに開く異界の扉。誰もいない神社の鈴が鳴り響き、甲殻類の怨念が臨界点に迫り、町では桜が狂い咲く。超音波検査で見つかる"心の闇"、霧の日に出現する謎の殺人鬼、夜に蠢く異形のモノたち……ありえざる「日常」が読者あなたを包み戦慄させ、時にはゆるし解放する。ほら、もう帰れない。帰りたくない──!名手が贈る変幻自在の奇想怪談集。解説・大森望


《評価》


総合    :★★★★★

キャラクター:★★★★★

ストーリー :★★★★★

構成    :★★★★☆

世界観   :★★★★★


《ネタバレ避け感想》


決して理由わけは語られず、だが確かに『深泥丘』に存在する日常に潜む怪異や怪奇事件。短編集であるが、どこかで話が繋がっているようで上手く繋がらない。そんなもどかしさを感じられる、気味の悪い作品です。



















《ネタバレ感想》


 読書記録をつけるにあたって、連作は一気に読んで一気に感想を書きたいという私の妙なこだわりにより、二つ目の読書記録も綾辻先生の『深泥丘奇談・続』に決めました。ご存知の方はお察しの通り、第三作として『深泥丘奇談・続々』が出版されておりますので、三つ目の読書記録は決まっているということです。


 さて、『深泥丘奇談』の続編となる本作でしたが、相変わらず記憶が朧げで自分の記憶に自信がない主人公の「私」は、妻を含む周囲のあらゆる人々の「当たり前」に戸惑いを感じながら生活しています。

 全体を通して読みますと、まるで認知症になった方が感じるような違和感や、記憶への自信のなさ、自分だけが知らない当たり前への恐怖がありありと描かれています。このシリーズは、ただ怪異が怖いだけじゃないのです。自分自身を疑うという、ある種もっとも恐ろしく死に近い恐怖を、しかし少々コミカルに描いているのです。

 そして、私が今作で一番面白いと思ったのは『心の闇』という題の短編です。


こんな夢を見た。──ような気がする。


という書き出しに始まる(あとがきによると云うまでもなく夏目漱石『夢十夜』からの借用、とのこと)。お馴染みの石倉(一)医師の属する深泥丘病院で定期検査を受けた主人公は、肝臓に異変があると宣告された。まさか肝炎?などと勘繰る主人公をよそに、医師からはすっとんきょうな答えが返ってくる。曰く、肝臓に〈心の闇〉があると。とんでも最新医学を話半分で聞く主人公だが、医師があまりに真剣に話すのと、簡単な手術でほぼ100%成功するとのことで、手術を受けることにした。そして摘出した〈心の闇〉、これは患者本人に返すきまりだとか。「箱の中身は見ない方がよろしいでしょう」と意味深な忠告を受けながらも、主人公はそれが入った箱を受け取る。やるな、と言われるとやるのが人間である。主人公は箱を開け、その中に入っていた〈心の闇〉がどうしても美味しそうに見えて喰らってしまった。という話である。


 ね、普通の怪談とは少し毛色が違うでしょう?そして次に掲載される短編『ホはホラー映画のホ』という作品では、次のような書き出しがされるのです。


こんな夢を見た。──ような気もする。


 こんな描かれ方をしては、もはや読者にも主人公にも、夢か現か分かりません。前作でも「──ような気がする」などの表現が多々使用されておりましたが、まんまと翻弄されました。

 その巧みさにミステリ作家としての本領を発揮している、と感じました。短編集それぞれの繋がりしかり、曖昧な主人公の語りしかり、読者の頭を悩ませながら読ませつつ、しかし答えを与えてくれない無慈悲。今回も原因の分からぬものへの恐怖を見事描いた綾辻先生に感服いたしました。

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