第10話

『無邪気の森』の奥の奥、帝国との国境の境目にある山腹で、冒険者ギルドから派遣された調査隊は息を潜めていた。


「ここからだと森全体が見渡せるな」


リーダーのアルバートが言うと、他のメンバーも頷いた。彼らの視線の先には広大な森が広がっていた。


「なんだあれは?」


帝国と繋がる森の先で、木と木の隙間からうごめく何かが見える。


「あれはっ!!」


その正体はモンスターの軍勢だった。それぞれが鋭い牙や爪を持ち、凶暴な表情を浮かべている。モンスターたちはまるで軍隊のように整然と並び、統率されているかのようだった。


「見ろ、あの先頭に立っている奴」


調査隊のリーダー、アルバートが指さした先には、巨大な黒いドラゴンがいた。ドラゴンの背には、紺色のローブにフードを目深く被った男が立っている。


「あれが指揮しているのか?」


「で、でもどうやって...?」


調査隊のメンバーは驚きと恐怖で声を上げた。


「静かにしろ、見つかったら終わりだぞ」


アルバートは低い声で指示を出し、仲間たちをなだめた。彼らは息を潜め、慎重に観察を続けた。


その時、黒いドラゴンに乗った人物が声を発した。


「命令だ!! これより、『無邪気の森』を越え、我々は進軍を開始する。目標はギランティア。全てを滅ぼせ!」


その言葉に応じて、モンスターたちは一斉に咆哮を上げ、前進を始めた。


森の地面が震え、空気が震動する。


「急いで戻るぞ。エドワードさんに知らせなければ!」


(ギランティアが危ない...!)


アルバートの心には焦りと恐怖が渦巻いていた。





「セリーヌさん。おはようございます!」


「おはようございます、ノノン様、ミヤ様。」


セリーヌとは、最初にノノンたちを受付けたお姉さんの名前だ。


「あ、昨日の初クエストはどうでしたか?」


「すっごく楽しかったです!」


「達成できて良かったです」


仮面の下から明るく答えるノノンにミヤが続く。


「ふふ、それは何よりです。今日もクエストですか?」


「はい!」


その時、ギルドの扉が勢いよく開き、調査隊のメンバーたちが駆け込んできた。


「セリーヌさん、大変です!」


「アルバートさん、どうしたんですか?」


息を切らしながら、アルバートが緊急の報告を始めた。


「モンスターの軍、スタンピートが『無邪気の森』を越えて、ギランティアに侵攻しようとしています。数時間後にはここに到達します!」


その報告にセリーヌの顔が青ざめた。


話を聞いていたギルドの冒険者達もざわざわとしだす。


「すぐにギルドマスターに伝えます!!」


セリーヌはギルドの奥に行くと、エドワードと一緒にやって来た。


「アルバート、モンスターの強さは!!」


「はい、E級のシャドウウルフやゴブリンがほとんどですが、中にはA級のハイオークやS級のテラドラゴンが数体いました。全体の数はおよそ1万ほどかと...」


エドワードの顔が険しくなった。


「1万だと...すぐに全冒険者に招集をかけろ!」


セリーヌは頷き、カウンターに戻ってベルを鳴らした。ギルド全体に緊急事態を知らせるベルの音が響き渡る。


「この場にいる冒険者の方々、緊急クエストです! モンスターの軍勢がギランティアに迫っています! ただちに集まってください!」


冒険者たちは次々と集まり、緊張感が高まっていく。


「皆さん、これは緊急クエストです!! モンスターの大軍が数時間後にはここに到達します。参加は任意ですが、都市の安全を守るために皆さんの協力が必要です!!」


セリーヌが冒険者達へと大きな声を飛ばす


「参加する方には都市からの報酬が支給されます。緊急クエストの報酬は通常の報酬の3倍です!!」


エドワードはその説明に頷き、冒険者たちはそれぞれの装備を整え始めた。


「私たちも手伝います! どうすればいいですか?」


ノノンはエドワードに尋ねる。


「ありがとうございます。緊急クエストはランクの高い冒険者が前線を張ることになります。ノノン様、ミヤ様、お二人の実力はステータスで証明されていますし、状況が状況ですので、緊急でランクアップさせていただきます。ノノン様をCランクに、ミヤ様をDランクに」


「ちょっと待ってください、それだとミヤちゃんが前線に出ることに...」


その時、ノノンの手をミヤがそっと取った。


「ノノン様、ミヤも戦います。モンスターの軍が到達すれば、この町は壊滅的被害を受けます。もうこれ以上、ミヤのように故郷を失う人が増えて欲しくないのです」


「そ、それなら私がモンスターの軍を――」


「助けられてばっかりはもう嫌なのです」


ミヤの真っ直ぐな眼差しに、ノノンは何も言えなくなる。


ノノンは深く息を吸い込み、頷いた。


「わかった。でも無理はしないでね」


「はい」


ミヤも力強く頷いた。


2人が決意を固めたその瞬間、エドワードがさらに詳細な作戦を説明し始めた。


「皆さん、今回のモンスターの軍は非常に組織的で統率がとれているようです。まず、前線で敵の進行を食い止める部隊と、後方で支援と治療を行う部隊に分かれます。ノノン様、ミヤ様、あなた方は前線に立ち、敵の進行を阻止する役割を担っていただきます」


エドワードの言葉に、ノノンとミヤは頷いた。


一方、セリーヌはギルド内の通信装置を使って、ギランティアをおさめるダリウス卿に緊急連絡を入れた。


「こちら冒険者ギルドのセリーヌ! 緊急事態です、モンスターの大軍が数時間後にはギランティアに到達します。都市防衛のために直ちに応援が必要です!」


通信装置からは緊張した声でダリウス卿が応答した。


「了解した。都市の兵を総動員し、冒険者ギルドと連携してギランティアの防衛にあたる」


セリーヌはその言葉を聞いて短く息をつくと、ギルド内の冒険者たちに報告を戻した。


「皆さん、都市の兵も我々と協力して防衛にあたることになりました。全員、直ちに準備を開始してください!」


「いこう、ミヤちゃん!!」


「はい!」


ノノンとミヤはギルドの扉を開けて外へと飛び出した。


街中には緊急事態を伝える鐘が鳴り響き、冒険者たちはそれぞれの持ち場へと急いでい走っていく。


2人は持ち場である前線、壁の外へと向かった。


街の外に出ると、冒険者や兵士が集まりだし、慌ただしく防衛ラインを構築し始めた。巨大なバリケードが設置され、弓兵たちが矢を番え、剣士たちは戦闘態勢を整えていた。


「おい、そこのお前ら、まさか前線で戦うつもりか?」


そんな戦闘前の緊張感が漂う中、ノノン達は突然後ろから声を掛けられた。


振り返ると、そこには黒髪を逆立て、大きな槍を背負った冒険者が立っていた。


彼のつり目は鋭く、口元に見える歯はギザギザと尖っている。


彼は動きやすそうな軽装に金属の肩当てを身に着けているが、他の冒険者と比べても装備は一段と良質だ。


その後ろには男とパーティーだと思われる女性が2人、男性が1人居た。


女性の1人は魔法の杖に紫色のローブ、緑の髪に眼鏡をかけ、気だるそうな表情をしている。


もう1人は正義感が強そうな女性だ。黒髪のロングヘアに銀の鎧、そして、高そうな銀色の剣を腰に下げている。


男性の方は熊のようなガッチリした体格に優しい表情、そして、大きくて立派な斧をその背中にしょっていた。


「はい! 私たちも前線で戦います!!」


ノノンが答えると、槍の冒険者は眉をひそめた。


「ここはガキが来るようなところじゃねぇぞ。とっとと失せろ」


男は鋭い目つきで2人を睨み、低い声でそう言い放った。


その雰囲気に、場の緊張感が一気に高まった。

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