第8話

「バーン...あなただけでも逃げて...」


「お前達をおいて逃げれるかよ!!」


Eランク冒険者パーティー『荒野の剣』。


幼馴染3人で構成されている彼らは、剣使いのバーン、盾使いのジービス、魔法使いのイリスから成り立っていた。


バーンは茶髪で皮鎧に身を纏い、腰に下げた銅の剣を揺らす。


ジービスは黒い髪を短く整え、その体格にふさわしい大きな盾を背負っている。


唯一の女性であるイリスは、優しいクリーム色の髪と瞳を持ち、白いローブに魔法の杖、そして灰色のロングスカートを履いている。


幼い頃から冒険者に憧れていたバーンがリーダーとなり、結成したパーティーだ。


彼らは今日も通常通り、簡単な任務に向かっていた。ギランティアの近くに位置する『無邪気の森』で、低レベルの角兎ホーンラビットを狩る予定だった。


しかし、彼らの平穏な日常は突然終わりを告げることになる。森を進み、少し開けた場所に出た時、大きな木の陰から異常なほど大きなモンスターが現れた。


「あれは何だ!?」


バーンが叫ぶと、ジービスは盾を構え、イリスは杖を握り締めた。


彼らの前に立ちはだかったのは、まるでティラノサウルスのような姿をした巨大なモンスターだった。その体はマグマのように赤く光り、頭部には尖った角が生え、真っ赤な目が怒りを示しているかのように輝いていた。


「あれは...テラドラゴンッ!!」


ジービスの叫びに2人が反応する。


「テラドラゴン!? うそでしょ...」


「な、なぜこの森にS級モンスターがいるんだ!!」


テラドラゴンは熟練の冒険者パーティーでも苦戦するモンスターだ。最近やっとの思いでEランクに到達した彼らでは太刀打ちできないだろう。


「引き返そう。そして、このことを急いでギルドに報告――」


バーンが指示を出そうとしたその時、テラドラゴンが空気を震わすような大きな咆哮を放つ。


そして、口をガバッと開き、キュイーンという不気味な音を立てながら魔力を溜め始めた。


その魔力は口の中で一瞬にして真っ赤な炎となり、形を成した。


そして、テラドラゴンは目をぎょっと動かし、杖を構えるイリスを捉えた。


「まずい! イリスッ!!」


その挙動を瞬時に察知したジービスが、盾構えてイリスの前に滑り込む。


「え?」


イリスがそれに反応したその瞬間、2人を真っ赤なブレスが包み込んだ。


「イリス! ジービス!」


凄まじい轟音と共に地面がえぐれ、眩しい光が目に突き刺さる。


そして、その凄まじい猛攻が止んだその先、そこには真っ黒に焦げて倒れ込み、かろうじて息をするジービスと、手や足が焼けただれ、杖を支えに地面にへ垂れ込むイリスがいた。


「イリス! ジービス!」


「バーン...あなただけでも逃げて...」


「お前達をおいて逃げれるかよ!!」


その目に涙を浮かべ、弱弱しく言葉を吐いたイリスは、その場にばたりと倒れてしまった。


その首元からは、バーンがプレゼントした銀のネックレスが姿をみせる。


倒れた二人を一瞥すると、テラドラゴンは次にバーンへと視線を向けた。


「よくも...よくも2人をッ!!」


絶望と怒りとの渦に巻き込まれながらも、2人を襲ったそのドラゴンと目が合った時、バーンの心は怒りの感情で膨れ上がった。


バーンはテラドラゴンに対して目を鋭く光らせると、全身全霊をかけて踏み込み、テラドラゴンに向かって走り出した。


「くらいやがれッッ!!!!」


それはまさに渾身の一撃、持てる力のすべてを出した、彼史上もっとも重い一撃だった。


しかし、その剣はテラドラゴンにかすり傷すらつけられず、無慈悲にも弾かれてしまう。


「なにっ!?」


剣が弾かれ体勢を崩したバーンに、テラドラゴンは体を回転させ、尻尾を鞭のようにしてバーンを吹き飛ばした。


バーンは森の木に叩きつけられる。


(...身体が動かねぇ)


たったの一撃で、バーンの身体は言うことを聞かなくなってしまった。


かすむ視界に映る赤いドラゴンが、ゆっくりと近づいてくる。


その奥では幼い頃から苦楽を共にした2人が、ピクリともせず倒れている。


(なぜ...なぜこんなことに...)


バーンの心の中は、目の前に迫る死への恐怖よりも、後悔の渦がぐるぐると回り続けていた。


(俺が今朝...この森のクエストを選んでいなければ...)


目の前に迫ったドラゴンが口を開き、また魔力を蓄え始めた。


(俺が...もっと...もっと強ければ...)


不気味な音を立て、その口から赤い光が漏れ広がる。


(俺が...俺があの時...2人に冒険者になろうだなんて誘わなければ...)


バーンは心から願った。


(ああ、俺のことは良い...誰か、誰かイリスとジービスだけでも助けてくれ...)


その時、まるで雷が鳴り響くような轟音と共に、バーンの目の前を何かが通り過ぎた。


そして、次の瞬間、テラドラゴンの首がボトリと地面に落ちた。


(な、なんだ!?)


バーンは周囲を見渡す。


すると、そこには見知らぬ冒険者(?)が立っていた。


月の仮面で顔を隠し、綺麗な長い銀髪をなびかせている。


装備はバーンと同じような皮の鎧に、赤いミニスカートに茶色いブーツ、そして、茶色いマントを羽織っていた。


仮面で顔を隠した謎の冒険者は、銅の剣を鞘に納めると、バーンの前に立った。


その姿は木漏れ日を背負い、綺麗な髪が輝いて見える。


「大丈夫ですか?」


透き通った優しい声が、バーンに安心感を与える。


「あ、ああ...」


「今、回復魔法を掛けますね」


「お、俺より先に...2人を...」


彼女が回復魔法を使えることを知り、バーンはイリスとジービスを指さす。


「た、大変! すぐに治します!!」


2人に気づいた仮面の冒険者は、2人に駆け寄り両手を翳した。


バーンはわかっていた、あれだけの重傷を回復魔法なんかでどうこうできるはずがないと。それでも、2人が死なない可能性がちょっとでもあるのならと、彼女に回復魔法を頼んだ。


「ホーリー・ノヴァ」


彼女がそう唱えると、イリスとジービスの下に大きな魔法陣が浮かび上がり、白い光が2人を包み込むと、みるみるうちにその傷を治していった。


そして、2人は穏やかな表情になった。


(し、信じられねぇ...)


彼女はバーンにも回復魔法を掛けた。


「助けてくれて、ありがとうございます」


「いえ。皆さん無事で良かったです」


バーンは仮面の冒険者を真っ直ぐに見つめる。


「あ、あの。治療代は一生をかけてでも必ずお返します!!」


回復魔法は本来、かすり傷や軽い怪我を癒すのに用いられる。しかし、それが重症なら、かなり腕のいい魔法使いに大金を払って治してもらう必要がある。


しかし、今回のような重症は、国中の魔法使いを探したとしても、治せる者は見つからないだろう。


つまり、自分達の怪我を治した彼女の回復魔法は、計り知れない程価値があるだろうとバーンは考えた。


「治療代? そ、そんなの結構ですよ!」


しかし、彼女の返事は意外なものだった。


あのレベルの回復魔法を使い、金銭は取らないという。


「え? で、でも...」


すると、森の方から1人の少女の声が聞こえてきた。


「もぉ~。ノノン様、何も言わず突然走り出さないでください〜!!」


「ご、ごめんね、ミヤちゃん。 急がないといけなかったから」


「びっくりしましたよぉ、って何ですかそのモンスター!?」


「大きくてかっこいいね!」


「いやこわいですよ!!」


現れたのはピンクの髪の可愛らしい少女だった。


そして、ノノン様と呼ばれた仮面の冒険者は、少女の方へと駆け寄り、2人は楽しそうに喋り始める。


「あ、私達は薬草採取のクエストがあるので、この辺で失礼しますね」


「ちょっと待ってくれ!!」


立ち去ろうとしたノノンをバーンは呼び止めた。


「どうかしましたか?」


「あ、あの。本当にありがとうございました!! この恩は絶対に忘れません!!」


「そ、そんな。気にしないでください」


彼女の反応は、心の底から見返りを求めていないように見えた。


「一つ、聞いてもいいですか?」


「な、なんですか?」


「どうして、俺達を助けてくれたんですか?」


これは、実力主義の冒険者として生きてきたバーンが抱いた、純粋な疑問だった。


すると、彼女は仮面に人差し指を当て、小首を傾げて少し考えると、当然だと言わんばかりにこう答えた。


「あなたが困って見えたから、ですね」


「それだけ...ですか...?」


「それだけです」


そう言い残し、彼女達は森の中へと消えて行った。


「あれ? 私生きてる...?」


「い、一体何が...?」


「イリス! ジービス!」


やがて目を覚ました2人を抱きしめ、その温かな体温を感じたバーンは、ノノンに心の底から感謝をしたのだった。

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