第3話

森の奥から現れたのは、金髪に青い鎧で身を纏った若い男だった。


その鎧は金色のラインが美しい模様で装飾されており、先程の騎士達とは一線を画す質の高さだ。


彼の背中には立派な大剣が掛けられている。


「...女神?」


男は望を見ると、そう呟いた。


そして、次に少女に目をやると、その片眉を吊り上げる。


男と目が合った少女は顔を青くして小さく震え始めた。


やられた騎士達の様子を見て大体の状況を把握したのか、男は魔法唱えた。


「グレーター・ヒール」


すると、騎士達を緑色の光が包み込む。


気絶していた彼らは次々と目を覚まし、怪我に苦しむ様子もない。


すると、一人の騎士が男に謝罪する。


「申し訳ございませんでした!! ジランク様」


「いい。それよりも撤退するぞ」


「な!? ジランク様のお力があれば――」


「うるさい! いいから退くぞ」


「は、はい!!」


ジランクと呼ばれた男は望を一瞥した後、突如として空中に現れた青いモヤに腕を通す。


そこから透明な水晶を取り出し、それを天に掲げた。


「テレポーテーション」


ジランクがそう唱えると、周りにいる騎士達と共に光に包まれ、その場から一瞬にして消えてしまった。


(あれは転移クリスタル...?)


バタン。


その瞬間、少女が突然倒れた。


「お母...さん...」


「大丈夫!?」


望は慌てて駆け寄ると、うつ伏せに倒れる少女を仰向けにして頭を優しく支える。


少女は意識を失ってしまったようだ。


硬い地面に寝かせる訳にはいかないと思った望は、自分の膝を枕代わりにしようとする。しかし、更に硬い金色の腰鎧が邪魔だ。


(薄々気づいていたけど、今の私って完全にS W Oスターワールドオンラインのアバターの格好だよね。この女神の腰鎧外せないかな?)


望がそう思った時、腰の鎧が青く光り、光の粒子となって消滅した。


(勝手に鎧が外れた!? 装備解除のエフェクトはゲームと一緒だけど、念じるだけで外せるだなんて...)


(でも、これでこの子を寝かせてあげられる)


望は少女の小さな顔を、白い上質な生地でできたドレス上に優しく乗せる。


少女は最初こそ苦しそうな表情をしていたが、次第に穏やかな寝顔へと変わっていった。


(少し落ち着いたみたいね)


望は少女の髪を優しく撫でると、自分の現状を確認し始めた。


「ログアウト。GMコール」


試しに口に出してみるが、夜の森には何も起こらない。


(ログアウトできないし、GMコールもできない...そもそもウィンドウがでない...じゃあ次は...)


「ステータス」


望がそう唱えると、今度は視界に黄色い半透明のウィンドウが現れた。


名前:ノノン Lv.120

種族:女神

職業クラス魔剣神まけんしん


体力:4300

攻撃力:1340

防御力:1101

魔力:1308

速度:1424


(ステータスは出るみたい。ってあれ? 種族が女神? プレイヤーは全員ヒューマンなはず...それに、今まで名前の下にあった称号の欄がなくなってる...これって私の称号『女神』がそのまま種族に反映されたってこと?)


(種族以外はいつも通りのステータスね)


ちなみに、ノノンというのは彼女がゲーム内で使用していた名前だ。


次に、望はアイテムボックについて確かめる。


「アイテムボックス」


そう唱えるが、ゲームのようにアイテム名が並んだウィンドウは現れない。


(もしかして...)


望は取り出したいアイテムを頭に浮かべる。すると、目の前に青いモヤが渦を巻いて現れた。


恐る恐るモヤに手を伸ばすと、手はどんどん入り込んでいき、たちまち腕の半分が入ってしまった。


(あ、あった)


望は思い浮かべたアイテムに触れたと感じ、それを掴んで取り出す。


手に取ったのは激竜王の宝玉。


レベルカンストプレイヤーのみが入れる最難関ダンジョン。これは、そこのボスである激竜王のドロップアイテムだ。


七色に輝くその玉は、暗い夜でも異質な輝きを放っている。


(やっぱり念じるだけでアイテムが取り出せるのね)


望は宝玉をモヤの中に戻す。


(仕舞うこともできるみたい)


「はぁ...」


ログアウトはできず、GMコールもできない。念じるだけで出てくるアイテムボックス。肌で感じるここが現実だという感覚。


「これって、異世界転移ってやつなのかな...」


望は最近小説などで流行っている異世界転生を思い浮かべる。


そのフィクションが、その空想が、その非現実が、今まさに自分の身に起きているという事実、それが望の心をどうしようもなく不安な気持ちにさせた。


(私、1人で別の世界に来ちゃったんだ...)


暗い森に吹く冷たい風が、黒ではない銀色の髪を揺らす。


「こんなことって...本当にあるの?」


望の声は震えていた。肌に感じる冷たさや足元の地面の硬さが、ここが現実であり、夢や幻想ではないことを思い知らせる。


「もし、これが本当に現実なら...」


不安が胸に重くのしかかり、涙が溢れ出そうになる。


「私、どうすればいいの...?」


望の目から一粒の涙が落ちた。


耐えようとしたができなかった。


負の感情は更に負の感情を呼び、耐えがたい強大な闇となって心を覆いつくす。


(こわいよ...こわいよ...こわいよ...)


涙はどんどん溢れて、逃げ場を求める。


その時、左頬に温かい感覚が広がった。


望が下を向くと、目を覚ました少女が、左手を伸ばして望の頬に優しく触れていた。


「女神様......泣いてるの?」


少女が尋ねた。


望は驚きながらも、彼女の小さな手を包み込み、自分の頬に寄せた


(この手の温もりが、私を闇から連れ出してくれた...)


(そして、この手の温もりが、1人ではないと安心させてくれた...)


「泣いてないよ。心配してくれてありがとう」


夜の月を背に、望は少女の顔を覗き込むと、優しく微笑んで見せた。


「よかった......女神様、凄く悲しそうだったから...」


そう呟く少女を見て、望の不安はいつの間にか消え去っていた。

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