第13話 マダム・クジャキナ


 目覚めるとロベリアが隣で眠っていた。ルークたちは、《恋座目屋》で一晩を明かし、しばらくは滞在することにした。張り込みだ。ドモンジョが戻ってくるとは思えないが、奴にも仲間がいて、二人の動向を知らせたり、命令が下されれば攻撃を仕掛けてくるかもしれない。


 それに、パンクラトフには昨日着いたばかりで、二人は根なし草だった。


 妹と朝食を食べた。昨日の少女が膳を運んできたので、ルークは宿の主人に会わせてほしいと願った。


「こちらへ」


 若い女中の後をついて階段を下りると炊事場に案内された。この宿の切り盛りしている女主人が忙しく働いている。宿の食事だけでなく、酒場の仕込みもしているのだろう。


「ご新規さんだね」マダム・クジャキナは邪魔をした二人に鷹揚な笑みを返した。


「夕べ爆発音がしませんでしたか?」


 彼女は首をかしげた。「そうだったかしら。聞こえてきたのは、喧嘩になった酔っ払いたちの怒鳴り声と、尻を触られたニコーの可愛い悲鳴だけね」


「それはよかった。実は昨日、召喚した火猫ファイアキャットが駄々をこねましてね。息吹ブレスを吐かれたのです」ルークは息を吐くように嘘を並べた。「僕たちは新米の召喚士ですが、低級魔獣が懐くのは、大抵妹のロベリアだけで。彼女は僕より魔方陣を描くのが下手なのに、兄さんには才能がないっていうのです」女中の少女が持ち場に戻るように手振りで指示されるまでは。


 マダムはそれに気づいていた。「うちの宿でも火猫ファイアキャットを二尾飼っているよ。鍋を火に描けるためにね。あの子達は契約者にはめったに攻撃しない」火猫ファイアキャットの尻尾は二又なので一匹を二尾と数える。「それに、炎を吐かれたのに火傷ひとつ負っていないように見えるよ」


「実はすべて嘘です」ルークは観念して、自分たちはギルドの新米だと話した。この街でギルドといえば、《イングリッドの涙》を指す。他の所帯は大手に配慮してギルド名で言う決まりだった。「お宅に宿泊しているニコラ・ド・ドモンジョは手配書に載っているのはご存じですね、マダム」


「それがどうしたい?」マダム・クジャキナは険しい顔になる。「サラサ、早く仕事に戻りな!」

 柱の影から先ほどの女中の姿がさっと消え、すぐに空気は弛緩した。

「都市憲兵から捜査されていないのですか。それから我々の組員が二人、この宿を訪れた筈だ。そのとき二階での戦闘で、人死にが出ている」

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